光のかけら−22

「すまん大将。お前ンちに連絡とれなくてさ。んッと申し訳無い!」
撮影所に着いたとたん、千秋に謝られて高耶は目を丸くした。
「は?…どうなってんだ?」
目の前で、千秋が頭を下げている。
珍しすぎる光景に、思わずマジマジと眺めてしまった。
「今日の撮影、中止になった。」
真面目な顔で言うと、
「お前さぁ。いいかげん携帯持てよ。事務所の連中も困ってたぞ。」
ぽすん。とディレクターズチェアに腰を下ろして、千秋は煙草に火を着けた。

「いらねえよ。特に話したいこともねえし。」
そっけなく言って隣に座り、煙草を一本貰った。ついでに火も移して、
「で、なんでお前はここにいるんだ? まさか俺のこと、待ってたわけじゃねえだろ?」
キツイの吸ってんなあ。と顔をしかめながら、薄く広がる煙を払う。
「たまには今まで撮ったのを、じっくり見直すのもいいかと思ってさ。」
千秋はふうっと煙を吐いて、しばらく目で追った。

「聞かねえのか? 中止になった理由。」
ぽつりとつぶやいた千秋に、
「言いたきゃ言うだろ?」
とさらりと答えて、高耶は千秋の顔を見ながら、ふわりと笑った。
「…ま、そだな。」
ふっと肩の力が抜けた。
柄にも無く迷っていた自分が、なんだか可笑しくて笑えてくる。


撮影を中止にしたのは、脚本家からの電話があったからだ。
このドラマの台本は、元々最終回まで完成していた。
それを、話の流れとセリフさえ変えなければ、あとは監督におまかせする。という約束で、アドリブ入れ放題のやりたい放題。
次はどんな演技を見せてくれるかと、千秋までワクワクするようなドラマができあがってきた。
それなのに、いきなり脚本家が、あるシーンを変えたいと電話してきたのだ。

「なんで今更…。あとは全てまかせると、おっしゃってたじゃないですか!」
「ええ。確かにそう言いました。でも、この場面だけは、このまま撮って欲しくないんです。お願いします。少し時間を下さい。」
今まで一度もそんなことを言わなかった。出来上がったドラマを見るたびに、まるで視聴者のひとりであるかのように、『素晴らしいですね!』と喜んでいた人が、どうしてこんなに言い張るのかわからなかった。


「脚本家が、シーンを変えたいって言ってきやがった。」
あいつ、何考えてんだよ! オレにまかせるって言ったくせに、今更だと思わねえ?
不満バリバリに言い放った千秋だったが、高耶の反応は落ち着いたものだった。
「へえ。どこのシーンだ?」
「はぁ? どこもへったくれもあるかよ! ったくオレの楽しみをアイツは…!」
感情の捌け口を見つけて、たちまち溢れ出した不満は、そう簡単に止まらない。それを、
「まあ落ち着けって。シーンを変えたいって言われただけだろ? 新しくなったシーンを、お前の思うようにやりゃぁいいんじゃねえか。」
そう言うと、高耶は楽しそうに笑いながら、もういちど聞いた。
「な。どのシーン変えたいって?」

千秋は、呆れたように高耶を見つめた。
「お前って…。現実的っつうか、なんっつうか…。」
どうやったら、そんな簡単に考えられるんだ? オレの計画が丸潰れなんだぞ?
ちったぁオレの気持ちってもんを考えてだなあ…・・・。

心の中で叫んだものの、高耶の言うように、アイツはシーンを変えたいと言っただけだ。
今までのオレを否定したわけでも、これからのオレを否定するわけでもない。
ハア・・・と溜息をついた。
そういえば、あの脚本家もコイツと同じO型だっけ。
もしかしたら、コイツと同じように、オレの気持ちなんてわかっちゃいねえのかもしれない。
そう思うと、ひとりでモンモンとしていた自分が、かわいそうになってくる。

「なあ千秋。きっとあの人、新しいシーンをお前がどんなドラマにするか、楽しみにしてんじゃねえかな。…俺も楽しみだけど。」
最後のほうを早口で言って、高耶は照れくさそうに煙草をふかした。
一瞬、千秋が目を瞠った。

「お前に慰められるようになっちゃ、オレも終わりだ。」
そういうと、大袈裟に天を仰ぐ。
「なあに言ってんだ。いっつも慰めてやってるだろが。」
「ぁんにぃ?いつもは反対だろーが。たまぁに感謝すっと、すぐ調子に乗りやがる。」
言い合っているうちに、どちらからともなく笑いだした。
ふたりの笑い声が、誰も居ない撮影所に響いて木霊していた。

そのとき、突然メロディが流れた。
千秋の携帯だ。
『直江』の文字が眼に入り、高耶は思わず耳を澄ませた。

 

 

続きを見る

小説に戻る

TOPに戻る