光のかけら−2

俯いてじっと考え込んでいた直江は、目の前に誰かが佇んでいることにやっと気付いた。
顔をあげると、そこにいたのは高耶だった。
「…大丈夫か?」
心配そうに尋ねる表情が小さな子供のようで、直江は思わず微笑んだ。
「大丈夫ですよ。心配させてしまいましたね。」
ほっと安堵して嬉しそうな顔をしたかと思うと、すぐに下を向いてしまった高耶は、演技をしている時とも昨日とも違って見えた。
もう一度、今の嬉しげな笑顔が見たくて、いつのまにか直江は手を伸ばしていた。
彼に触れようとした瞬間、はっと我にかえって手を引っ込めた。
自分は一体なにをしようとしたのか。こんなわけのわからない衝動にかられるなんて。
今までどんな女に対しても感じた事の無かったリアルな胸の鼓動に、直江は激しく動揺していた。

高耶は何も気付かず隣の椅子に腰掛けると、気遣うように話しかけた。
「具合、悪かったんだな。文句言ってごめん。」
「いや気にしないで下さい。大丈夫ですから。ははは、あれだけNGが続いたら誰だって文句のひとつやふたつ…。」
そう言って笑う直江の顔をみて、高耶はさっきの笑顔になった。それだけで胸が高鳴った。
甘い痺れが体中に満ちる。なんとか平静を装い、直江は黙って高耶を見つめた。

「昨日のことだけど・・。急に変な事聞いて悪かったな。おれ、白井のこと、なんか尊敬できなくってさ。
あんたの言葉を聞いたら、ちょっとはわかるかなって思ったんだ。」
無造作に足の上で組んだ手を見ながら、ぽつりぽつりと話す。
時折こちらを見る表情が、話していても迷惑じゃないか?と尋ねているのがわかる。
そのたびに大丈夫だよと反応を返してやると、彼は安心してまた話す。
それが楽しくてずっと話を聞いていたくなる。

千秋と偶然知り合ったことからこの業界に入ってしまったけれど、本当は別の仕事をしようと思っていた事や、今はやる限りは真剣にやらなければと思っていることなどを話す彼は、迷いと不安を抱えた普通の人間で、とてもカリスマと言われるようには見えない。
なのに何故か惹きつけられる。
高耶の内面で揺れている暖かい光を包み込んで守ってやりたいと思う。
直江の中にいつのまにか不思議な熱い気持ちが生まれていた。

今回のドラマの話をしているうちに、ふと高耶が問いかけた。
「白井って本当に光のこと愛してると思うか?」
「なぜそう思うんです?」
「相手を思って…なんて言ったって、結局あいつは光を捨てたんだ。
いくら綺麗な小説書いても、そんなの奴の想い出にある理想の光だ。
本物の光を見てんじゃねえだろう?」
真剣に語る高耶に、直江はすぐには答えられなかった。
確かにその通りだろう。
けれど白井という人間をもっと深く知らなければ、彼の真摯な思いに応えられない気がした。

そんな直江を見て、高耶は誤解したらしい。
「悪りぃ。また変なこと聞いちまった。」
しまった!という顔をして唐突に立ち上がると、
「あんたって不思議だ。ついいろんなこと話しちまう。」
こんなこと今までなかったのに…とつぶやいて困ったように目を伏せた。

なぜこんな熱く語ってしまったのか。
昨日もそうだった。言えば直江が気にするとわかっていて口にした。
直江にはなぜか自分の心をぶつけたくなる。
ほんの数日、一緒に仕事をしているだけの相手なのに、どうして自分を抑えられなくなるのだろう。
(また気にさせてしまった…)
そう思うだけで苦しくなる。言わなければよかったと後悔してるなんて、自分で自分がわからない。

開かれていた心の扉が閉じられる気配を感じて、直江はとっさに声を掛けた。
「高耶さん。今の答え、もう少し待ってくれませんか。」
ハッと顔をあげた高耶に、
「私の白井を見ていてください。きっとそこに答えがあるはずだから。」
澄んだ琥珀色の瞳で、まっすぐに見つめて言った。
本当はまだ白井を掴めていないくせに、きっぱりと言いきる自分が不思議だった。
高耶が直江の白井を知りたがっている。
それが直江を驚くほど強く力づけていた。

 

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