光のかけら−19

高耶は自分の口から出た声の、あまりの強さに驚いて立ち止まった。
今のセリフを言ったのは、洋二なのか自分なのか。
こんなにまで強い口調で言うなんて…。
洋二は、白井の苦悩が痛ましくて、この言葉を言ったはずだった。
なのに今、俺は何を思って叫んだ?
なぐさめなんかじゃなかった。今の叫びは…。

「どうしたんですか? 高耶さん?」
直江の声に、高耶はハッとして顔を上げた。
そうだ。これは演技なんだ。直江は白井を演じているんだ。
わかっているのに、今までもずっとそうだったのに、
なぜ叫んでしまったんだろう。

苦悩する白井が哀しかった。
別れていなければ、光は病気にならなかったかもしれない。
だがそれは今だから思うことで、あの頃の白井にそれがわかるはずもない。
未来なんて誰にもわからないのだ。
だからこのセリフは、白井をいたわる気持ちで言わなければならなかった。
洋二なら、きっとそうだ。なのに俺は…。

たまらなかったんだ。
光を思って苦しむおまえを見ていたくなかった。
おまえは白井を演じていたのに、俺は…。
叫んだ時、心にあったのは、いたわる気持ちなんかじゃなかった。
「悪りぃ、直江。千秋、もう一回やり直しさせてくれ。」
次に演じたときは、もう高耶ではなく洋二になっていた。

声の強さと、そこに秘められた想い。
たった一言だったが、それは決定的な違いだった。
直江にはわからなかったかもしれない。けれど千秋にはわかった。
高耶の小さな変化のきざしが。

(お前を変えるのは…直江…なのか…?)

誰のものでもない、誰も心の内側には触れさせない、
高耶にはそんな硬質の壁があった。
その壁を越えてみたいと思った。
いくつかは越えたと思う。そういう自負があった。
それでも、もっと奥に踏み込むのは躊躇われた。
高耶が望んでいない気がしたのだ。

(直江なら…いいのか?)

思った以上にキツイ痛みを胸に感じて、千秋は俯くと額に手をやり苦笑した。
らしくねえな。…ったく。
こんなの、とっくにわかってたのに。
直江なら…。あの炎なら…。不思議じゃねえ。
千秋は顔を上げると、並んで立っている二人を見つめた。

こうして二人でいるだけで、そこに流れる空気が微妙に違う。
高耶を守るように立つ直江と、自分の気持ちに戸惑っているらしい高耶に、
「直江もまだまだ苦労しそうだな。」
にやりと笑うと、
「はやく素直になれよ、大将。」
心の中で呟いた。

見ていたい。このふたりを。
胸に満ちてくる暖かさが心地いい。

痛みをも包み込む、こそばゆい温もりに肩を竦めて、
「さあ、次のシーン行くか!」
手を上げた千秋に、スタッフが一斉に応えた。
「はいっ!スタンバイOKっす!!」
日暮れまで、まだ1時間はある。
気合の入った撮影は、夕焼けが終わるまで続いた。

 

 

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