光のかけら−18

さっき撮ったテープを大事そうにバッグに仕舞うと、千秋は天に目をやった。
明るい空に鳥が飛んでいる。
ゆっくり流れていく白い雲を、心地よい風が追い越した。
「さあて。始めっか。」
がしっと拳を脇に当て、自分自身に気合をいれると、
「大将、直江! 用意はいいか。んじゃ、その場所からこっちの端まで。止まるなよ。」
ふたりを見つめる目は、もう鋭い監督のまなざしになっていた。

次のシーンは、病棟に向かって歩きながら、白井が洋二に昔のエピソードを語る場面だった。

大学のサークルで知り合った二人は、やがて交際するようになり、
そうして初めて迎えたクリスマスには、雪が降っていた。
「ホワイトクリスマスだわ。素敵ね〜。」
小さく歌いながら、街路樹に積もった雪をそっと手にとって、
「すぐ溶けちゃうね」
とがっかりしている光に、白井は十字架のペンダントを差し出した。

「いつか…指輪を贈るまで、これを持ってて欲しいんだ。」
結婚したいと思っていた。ずっと一緒にいたいと思っていた。
十字架のペンダントは、白井の誓いのしるしだったのだ。
光はペンダントと白井の顔を、交互に見つめてにっこり笑って後ろを向いた。
「つけてちょうだい。絶対とれないようにしてね。」
長い髪をくるんと纏め上げて、まるで首を差し出すように俯いた。

白井がつけてやると、光は振りかえって
「似合う?」
と嬉しそうに微笑んでから、白井の頬に両手を当てて、
「私、絶対はずさない。どんなときでも。だから鎖が切れないうちに指輪をちょうだいね。」
泣きそうな瞳で見つめた。
すぐに手を離して笑ったけれど、光はあのとき、未来に待つものを見ていたのかも知れない。
「そんなに長く待たせないよ。」
そう言ったのに、指輪を贈る日は来なかった。
その2年後、親から結婚を勧められていると相談した光に、白井は静かに別れを告げた。

「なぜ別れたんです。愛していたんでしょう?」
思わず問い詰めた洋二に、白井はしばらく答えなかった。
空を見上げた白井の視線を追うと、翼を大きく広げたとんびが気持ち良さそうに飛んでいた。
「自由に…なりたかったんですか?」
ためらいがちに声をかけた。
その頃には、もう作家として有名になりつつあった白井である。
そういう気持ちがあったとしても不思議ではない。
もしそうだったなら、自分には白井を責める事などできない。
洋二自身、まだ結婚という枷に縛られたくはなかった。

責められるべきは、そんなときに光に結婚を申し込んだ兄かもしれない。
いや、そうなってしまった運命を、責めるべきなのか…。
そんなことを考えていた時、白井がぽつりと呟いた。
「間違えたんだ。」
え?と見返す洋二の顔を見て、白井は小さく微笑んだ。
「あのころ、光はいつも悲しそうだった。一緒にいても笑うことが少なくなって…。
あんなに無邪気だった彼女が、どんどん暗く沈んでいった。光はオレと一緒にいたらダメになる。
そう思ったんだよ。」

光の夢は、作家になることだった。彼女の描く世界は、純粋で透明で本当に綺麗だった。
けれど職業となれば、商品として売れるものを書かねばならない。
彼女は白井の姿を通して、そういう現実を知ってしまった。
「私きっと作家になれない。でも…諦めきれない。あなたといると辛いの。あなたが好きよ。
大好きなの。私が弱いから…私がいけないの…あなたのせいじゃない。ごめんなさい。」
そういって泣く光を、見ているのが辛かった。

「オレの傍にいなければ、元の光に戻れるだろうと思っていた。オレは取り返しのつかない間違いをしてしまったんだ。」
淡々と語る姿に、白井の苦悩の深さを感じて胸が痛んだ。
「あなたのせいじゃない!」
思いがけない強さで、洋二が叫ぶように言った。

 

 

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