光のかけら−17

「おお〜い。そろそろお前達の出番だぞ!」
監督自らがこうして声をかけるのも、千秋ならではの撮影方針だ。
エキストラから主演俳優まで、もちろんスタッフも含めて気軽に声を掛け合い、和気藹々と撮影が進められる。
それでいて馴れ合いはしない。厳しいダメ出しでも有名なのだ。
そんな千秋が見つけた逸材。それが高耶だった。

高耶の才能は天性のものだ。
人を見抜く目と鋭い感受性で、役の深い部分まで掴んで自分のものにしてしまう。
努力してもなかなか得ることのできない感覚を、彼は元から手にしていた。
その上恵まれた容姿と声を兼ね備え、なにより人を惹きつけて離さないあの瞳はどうだ。

(マジで反則だよな…。余程の奴じゃねえと、こいつと張り合えないぜ。)

高耶が演じている洋二は、重要な役とはいえ本来は脇役だった。
なのに今では、視聴者はもちろん共演者でさえ、白井と洋二の二人が主役だと思っている。
直江にとっては、今までで一番の強敵だったろう。いや、今でもそうに違いない。
脇役に食われて喜ぶ主役など、どこの世界にいるものか。
だがそれさえも些細なことに思えるほど、直江の何かが大きく変わった。

役をどう演じるか、とか、感情をどう表現しようか、とか。
役者なら誰もが考えることだが、いつからか彼は、それだけではなく、その役の奥に隠れた思いまで演じようとしていた。
高耶が直感で役を掴むなら、直江は台本を深く掘り下げることで掴もうとする。
セリフひとつでも、なぜそこでその言葉が出たのか、その理由が必ずある。
何を考えどう行動するにしても、それには理由があるのだ。たとえ無意識であっても。
直江はそれを考えて演じるようになった。と千秋は感じていた。

なぜ?と考えるとき、答えの基準になるのは自分自身だ。
だからそこに、直江でなければ演じられない、直江だけの白井が生まれる。
それは予想を遥かに超えた魅力に満ちていた。
元からいい役者だった。けれど、これほどとは思っても見なかった。
(引き出したのは、あいつだったのか。)
見られているとも知らず、無防備に見せたあの表情が全てを物語っていた。

千秋からみた直江は、俗にいう優等生だった。
演技は上手いし、運動神経も抜群。頭が良くて嫌になるくらい女にもてる。
それでいて本当に暖かい誠実な人柄なので、やっかみ半分な悪口でさえ、消えてしまったほどだ。
なのに。いや、だからかもしれない。千秋は直江に、どこか熱が足りない気がしていた。
直江だって、努力なしにここまで来たんじゃない。演技に対する熱心さは、人一倍だった。
けれど根本のなにかが足りない。欲しいと渇望する熱。欲望とでも言えばいいのか。それが少ない気がした。
こいつは淡白なヤツなんだな、と千秋は思っていた。

だが、それは大きな間違いだった。
直江は出会っていなかっただけだったのだ。
何を捨てても欲しいと思えるものを、見つけていなかっただけなのだ。

(直江の熱が、こんなにも熱くて激しいものだったとはな…)

高耶を見つめるまなざしには、抑えても抑えきれない想いが今にも溢れそうに震えていた。
千秋は今まで、これほど綺麗な表情を見たことが無かった。
恋も愛も、映像の世界と現実の両方で数えきれないほど見てきた千秋だったが、
直江の瞳はそのどれとも違って見えた。
綺麗だと思った瞬間、なにも考えずに撮っていた。

魂の炎が、見えた気がした。

 

 

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