光のかけら−14

言葉の端々に愛情が滲み出ている。
両親が離婚したあと、荒れる父親のかわりに、幼い妹を必死に守って生きてきたのだろう。
とりとめのない話の断片から知った高耶の過去。それは直江の心を苦しいほどに閉めつけた。
過去の彼にしてあげられることなど何もない。
もしもそこにいたとしても、きっと何もできなかっただろう。
それでも、そこに行って小さな彼を抱きしめたいと願う。せめて側にいたかったと。

ふっと高耶が黙り込んだ。
どうしたのかと気遣って見つめていると、高耶は直江を見上げて小さく笑った。
「俺は美弥を置き去りにして来たんだ。」
声に出せない哀しみを瞳に宿して、ぽつりと呟いた。
「守ってやるって約束したのに。俺は…。
俺も同じだ。母さんや親父と。…いや違う。俺のほうがずっと狡い。
あいつは信じてるんだ。俺が戻って来るって言ったから。なのに俺は。」
苦しげに目を伏せた表情に、あの居酒屋での高耶が重なって見えた。
そのまま、何も言わずじっと壁の写真を見つめる横顔に、知るはずの無い子供の頃の高耶を感じて、直江は思わず手を伸ばした。

高耶の手を握ってぐっと引き寄せ、テーブル越しに抱きしめた。
ひっくり返った湯呑から茶がこぼれる。
息を呑んだ高耶の喉が、ひゅぅと鳴った。
「狡くなんか無い。あなたは戻るつもりだったんでしょう?」
耳元で囁いた直江の言葉に、高耶は目をみはった。

「あなたは、今はまだ帰れないだけだ。置き去りにしたんじゃない。もしこのまま戻らなかったとしても、
あなたが美弥さんを思う気持ちは嘘じゃない。だから…。」
直江の温もりが伝わってくる。
ただの慰めではない。これは直江の心からの言葉なのだ。
高耶はそっと目を閉じた。
今だけ…この酔いが醒めるまで…この腕をほどかずにいてもいいだろうか。
ほんの数秒、そんな思いが頭を掠めた。

「離せ。直江。」
冷たく言ったつもりだったのに、情けないほど弱い声しか出せなかった。
高耶は手を伸ばして直江の胸を押し戻した。
「俺の気持ちなんて関係ないさ。美弥が待ってるのに俺は帰らない。辛いときにいないなら、何の役にも立たねえだろ。」
そう言って腕を突っぱったまま俯いた。直江の腕がまだ脇に触れている。
このまま離れてしまえばいいのだ。おやすみと言って帰ってもらえばいい。
それなのに、どうして動けないんだろう。

直江がゆっくりと腕を戻した。離れてゆく手を、心がずっと追っている。
突っ張っていた手が力を失って、すとんと落ちた。
顔を上げておやすみを言おうと思うのに、言葉が出なかった。
直江の声が耳から離れない。
抱きしめられていたのは、ほんの少しの時間だったのに。
この暖かさは危険だ。信じてしまいそうになる。
愛なんて不確かなものを、求めてしまいそうになる。

「寂しいんですか。」
すぐ隣で聞こえた声に、心臓が跳ねた。
「なんで俺が! んなこと言ってねえだろ。早く帰れよ!」
いつのまにか直江が隣に立っていた。
強がってもだめですよ。と微笑む顔が憎らしい。
怒って睨みつけた高耶の瞳を、直江は真正面から見つめ返した。

「何の役にも立たないなんて思いません。」
直江が、力を込めて言った。
「たとえ傍にいなくても、あなたの思いは、きっと美弥さんに届いています。私でさえ、あなたがどんなに美弥さんを大切に思っているかわかるんです。美弥さんが、わからないはずはない。手が届かなくても心は届くんです。守っているんですよ、あなたが美弥さんを。」
真剣な直江の言葉を、高耶は大きく目を見開いて聴いていた。

「そんなこと…わかんねえよ。そんなの…。」
かぶりを振る高耶を、柔らかく抱きしめて直江はもう一度言った。
「あなたはちゃんと美弥さんを守っているんですよ。」
信じたいと、初めて思った。
おまえが信じるなら、信じられる気がする。
おまえを…信じたい。

 

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