光のかけら−13

タクシーに乗っても、高耶は眠りかけてはハッと起きる、を繰り返していた。
「眠ってもいいんですよ。行き先はわかりましたから。」
住所を聞いてすぐに場所はわかった。
セキュリティのしっかりしていることで有名なマンションで、黙っていてもタクシーの運転手が連れて行ってくれる。
それでもやはりどこか安心できないのか、高耶は眉をしかめて窓の外を見ていた。

彼ほどの俳優が、仕事以外では一切マネージャーと行動しないとは、思いもしなかった。
直江自身も、マネージャーとは、仕事場で会って仕事場で別れるのだから同じと言える。
だが新人で、しかも超がつく人気なのだ。
たった一人で行動させるなんて、事務所も随分無謀なことをするものだ。
もし何かあったらどうするんだ。と腹が立ってくる。
おかげでこうして送っていけるのだから、感謝すべきなのかもしれないが。

タクシーを降りると、高耶は自分でロックを外して中に入った。
時々ふらついてはいるが、自分の部屋までくらいなら、ひとりでも行けるだろう。
わかっていて、直江は高耶を放さなかった。
部屋に入るまで見届けたい。せめてそこまで。このままで。
玄関の鍵を開け、高耶が部屋に入ってゆく。
彼が自分の腕から離れていくのを、直江は静かに見送った。

ついに最後の指の先が届かなくなってしまうと、その手に残る感触を抱きしめるようにして、そっと左手で包み込んだ。
「おやすみなさい。」
と告げようとしたとたん、
「直江」
と高耶が振り向いた。開きかけた口を閉じることも忘れて、直江は驚いて高耶を見つめた。
「上がってかないのか?」
背でドアを押し開けたまま、高耶は直江を待っていた。
「いいんですか? 上がっても。」
思わず言った。
まさか彼からそんな言葉が出るとは思わなかっただけに、嬉しさが隠せない。
「茶しか出せねえけどな。」
照れくさそうに高耶が微笑んだ。

酔っ払った人を送っていって、そのまま家に上がり込む。まるで陳腐な送り狼だ。
無理に誘いこもうとする女に閉口したことはあっても、自分からそうしたいなどと思ったことなど今まで一度もなかった。
けれど。こうして高耶の部屋に入ってしまうと、あれほど抑えようと心に誓ったのに、送り狼になってしまいたい欲求すら生まれてくるのだ。
自分の知らなかった自分が、見えてくる。ただの馬鹿な男に過ぎないと知らされる。
それなのに、いっそそんな自分でいたいと思ってしまう。
この思いを胸の奥だけに閉じ込めるのは、予想以上に苦しかった。
耐えるしかないとわかっていても。

「すまなかったな、送らせちまって…。」
熱いお茶をすすりながら、高耶が言った。
お茶をいれようとする高耶を無理やり座らせて、二人分の茶をいれたのは直江だった。
大小の鍋や使いこまれたフライパン、まな板に包丁まで揃ったキッチンは、初めて来た直江でも迷わず茶をいれられるくらい綺麗に片付けられ、自分よりずっときちんとした生活をしている様子がうかがえた。
そっけないほど飾り気のない部屋。なのにどこか暖かく思えるのは、ベッドの枕元に広げられたままの台本や、鉢植えのサクラソウの横に置かれた半分ほど水の残ったグラス、椅子の背に無造作に掛けられたタオルに、高耶の体温が感じられる気がするからだろうか。
向かい合って座ってお茶を飲んでいるだけで心が和む。
すこしでも長くこうしていたくて、直江は会話の糸口を探した。

「自分で料理してるんですね。」
高耶のお礼の言葉には応えず、にっこり微笑んで問いかけた。
唖然として直江の顔を眺めたあと、
「ああ。昔からしてたからな。別に特別なことじゃねえだろ。」
そう言って視線を外した。その瞳がそっと横の壁に向けられたのに気付いた直江は、そこに、高耶に良く似た可愛らしい女の子の写真を見つけた。

「妹なんだ。」
酔いのせいか、訊かれもしないのに話していた。変だと思うのに止まらない。
「ずっと二人で暮らしてるようなもんだったから。料理だってあいつが喜ぶから覚えたんだ。
…今日のメシ、美味かったよな。あれ、どうやって作ってんのかな。食べさせてやりてえな。」
優しく微笑んでいる直江を頭の隅で感じながら、高耶は呟くように話し続けた。

 

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