『直高の鉢かつぎ』-2

 

抱きしめたい
甘い口づけを交わして、優しく愛を囁いて、
ふたりひとつになれたなら…

日を追うごとに想いは募り、深く胸を抉り、焦がれる心は深く胸を抉ります。

高耶もまた、直江のことを好いてくれているようで、
手を握っても嫌がらず、そっと肌に触れたり、
傍に寄り添って眠ったり、二人の距離は順調に縮まっていきましたが、
それでも高耶が直江の前で鉢を外すことはありませんでした。

無防備な肌を間近にしながら、硬くて大きな鉢に阻まれ、
何も出来ないまま朝を迎えるのでは、狂おしさは増すばかり。

肩を抱くことすら難しく、直江は遂に力づくで鉢を取ろうと試みました。

「ダメだ! やめろ、直江。」
「許して下さい。高耶さん…私は…あなたを愛しているんです。」

愛しい高耶を押し倒し、身体の下に組み敷いて、直江は悲痛な表情で鉢に手をかけました。

「直江…」

高耶は抵抗をやめ、苦しげに息をしながら、直江の為すがまま、耐えるように拳を握っています。

「好きにしろよ。…いい、から…おまえのしたいように、すればいい。」

グッと息を詰め、直江は高耶の首にかかった紐を解き、思い切って鉢を持ち上げました。
ところが、鉢はビクともしません。
押しても引いても拝んでも、鉢を外すことは出来ませんでした。

力尽き、ガックリと肩を落とした直江の目から、ぽつりと涙が落ちました。

「すまない…やっぱりこれは呪いなんだ…母上がオレに遺した呪い…」

   可愛い高耶。いい子だから、この鉢を被っていてね。
   これはね、おまえが本当の幸せを見つけるための鉢なの。
   いつかきっと、わかる時が来ます。
   高耶…おまえの幸せを願っていますよ…

「鉢を被っていて、良かったことなんて、あるわけない。
 あるとしたら、おまえと出会えたことだけだ。
 なのに、こんな…」

鉢を外した自分の顔が、どんな顔なのか高耶は知りませんでした。
生みの母が鉢を被せたくらいです。
もしも直江に嫌われるような顔だったら…
見なかった方がマシだと思うかも…
そんな不安を、心の底に抱えていました。

優しかった母の形見でありながら、誰もいない時にしか外れない呪いの鉢。
本当に呪いなのか、それとも母の愛なのか、わからないまま生きてきたのです。
この鉢のせいで、屋敷に閉じ込められて一生を送るか、家を出るかの選択を迫られた時から、
ずっと一人で生きてきました。

誰かと愛し合う…そんなこと有り得ないと思っていましたし、期待もしていませんでした。
なのに…

高耶は直江の身体をそっと押し退け、黙って身を起こすと、渾身の力を込めて自分で鉢を押し上げました。

「どうして…なんで外れてくれないんだ…
 オレがいいって言ってるのに、本気で願ってるのに、どうして…!」

絶望に満ちた声が、高耶の喉から漏れました。
そうしてあろうことか、自分の頭もろとも壊す勢いで、鉢ごと崖っぷちの大岩にぶつかっていったのです。

「高耶さん!!!」

なんとしたことでしょう。
何より大事な高耶の身を危険に晒してまで、鉢を外したいと望んだわけではありません。
しかも、ここまでしたのに鉢は壊れず、割れたのは大岩のほうです。
高耶は鉢を被ったまま、真っ逆さまに崖下の川へと落ちていきました。

迷わず直江は、川に飛び込みました。
ぐったりと気を失って流される高耶の身体を抱きとめ、必死に泳いで岸へと這い上がりました。

「高耶さんッ!高耶さん、起きて!息をして下さい!」

呼びかけても揺さぶっても、反応がありません。
直江は自分を呪い、天に向かって叫びました。

「あなたを喪うくらいなら…鉢など外れなくても良かったんだッ!
 天よ、私を呪え! 望むまま、この身を滅ぼすがいい。
 だからこの人を…高耶さんの命を返してくれ!」

血を吐く叫びが、天に届いたのでしょうか。
高耶の身体を、淡い光が包みました。
光は次第に強さを増し、あまりの眩しさに思わず目を瞑った直江の耳に、
やがて微かな息遣いが聞こえてきました。

「直江…泣くなよ…」

まだ力の無い声と、頬を撫でる冷たい指先。
その指を、宝物のように両手で包み、直江は万感の思いを込めて唇を押しあてました。

「高耶さん…高耶さん…私はもう、鉢を外してくれなどと思いません。
 あなたがいてくれるだけで…それだけで…」

「…外れた…」

「え?」

「外れたんだ、直江。」

目を開け、高耶を見つめた直江は、そのまま暫く息が出来ませんでした。
これほど美しいものを、見たことがないと思ったのは、愛ゆえの錯覚でしょうか?
夜空に輝く星のように冴えた光を放つ澄んだ瞳。
すっきりした鼻筋、そっと撫でてみたくなる輪郭、
口づけずにいられない唇…

 
さて、それから二人がどうなったかというと、それはもちろん、昔話の決まり文句の通りですとも。
二人は末永く幸せに暮らしました。
うふふ。二人なら、きっと何があっても、幸せだって言うに違いありません。

そうそう、直江は呪われませんでした。
高耶を救ったのは、言ってみれば母の愛。
鉢のおかげで溺れずに済んだのです。つまり気を失ってただけという…(笑)
お母さんは本当に心から高耶を愛していたのです。
顔じゃなく、高耶自身を愛してくれる人を見つけられるように、ね。

終わりよければ全て良し。
めでたし、めでたし。

 
         2010年12月12日

 
 

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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