優しい雨−9

  崖が崩れる。そのほんの数分前。
 もうだめだと泣く長岡を叱咤しながら、潮は何か方法はないかと考えていた。
 道が崩れるのを止められないなら、せめて命を守らねばならない。
「長岡!次に爆発するのはどこだ。正確に教えろ!」
 潮は村松の持っていたインカムを借りて装着しながら叫んだ。
「こ…この手前2メートルの草むらと、この先8メートルの木の後ろです。
 もう爆発まで後3分切ってます!」
「げっ!後2分ちょっとか?」
 怪我をしている村松は動けない。潮は覚悟を決めてインカムで岡村に呼びかけた。

「岡村、聞こえるか!お前と高井はそのまま全力で走れ。何があっても絶対止まるなよ!」
 そう言いながら、谷口と一緒に村岡を抱えて大急ぎで道を戻った。
 長岡も協力してなんとか被害が少ないはずの場所まで運んだが、そこにいたのでは兵頭班に負けてしまう。
 潮はなんとしても先に進みたかった。
「俺は走る!お前達はここで岩にしがみついてろ!」
 叫ぶと同時に走り出した。
 オリンピック選手なら100mも10秒だ。こんな坂ぐらい、俺だって1分もかからず走ってやる!
 砦で仰木が待ってる。こんなところでじっとしてられっか!

 疲労で足が上がらない。息が苦しくて頭がガンガンする。それでも潮は走った。
 その後を長岡が走っていた。
 あのままじっとしていた方が助かる確率は高い。
 自分が行かなくても、仲間はきっと勝てるだろう。なのに体は走り出していた。
 目の前に武藤の背中があった。
 この人について行きたい。たとえ今は紅白戦の敵であっても。

 ずっと先を走っていた岡村と高井が谷を通り越し、潮と長岡がトラップを通り過ぎようとした時、ついに時間が来た。
「ああ〜っもうだめじゃ!武藤さん!」
 長岡が悲痛な叫びをあげた。
 ほとんど同時に爆音と爆風がやってきた。
 吹き飛ばされて転がりながらも、必死に立ち上がって走った。喘ぐ暇もなく走り続けた。

 恐ろしい地響きをたてて地面が滑り始める。それは勢いを増し、どんどん幅を広げていく。
 走る早さよりも崩れていく土砂の広がるほうが速いのだ。
 捲き込まれる!恐怖が心臓を締めつけた。
 足が動いているのかいないのか、それすらわからないままに、ひたすら前をみて走った。

 地面を蹴ったはずの足が空を切った。
「うわああぁ」
土砂に流されるように滑り落ちる。
落ちながら長岡は、土砂崩れが広がらないよう必死で念を放っていた。
武藤さんを砦に行かせる!
長岡の頭にはその一念しかなかった。
「長岡!」
叫び声に振り向いて、落ちていく長岡を見た瞬間、潮は流れる土砂に飛び込んでいた。

「なんで・・」
「ばっかやろう。放っとけっか!」
長岡を抱えてもう一方の手で念を打つ。
二人で念を連射しながら重力に逆らって駆け上る。
まるでハイスピードで降りるエスカレーターを登るようだ。足を止めたら谷底に落ちる。
(だれか助けてくれ!)
神様でも仏様でもなんでもいい。この土砂を止めてくれ!

突然ふわりと体が軽くなった。なにかが潮を引っ張っていた。
「おまえか!」
それは見なれた黒豹だった。小太郎が潮の服をくわえて走っていたのだ。

どうにか谷に落ちるのを免れて、固い地面に足がついたとたん、もう動けなくなってしまった。
ぺたんとその場に座り込んで
「助かったぜ。」
と小太郎の頭を撫でようとすると、豹はするりとかわして少し離れ、二人を眺めた。
大丈夫だと判断したのか、そのままさっさと山を登ってゆく。
「相変わらずそっけない奴だな。」
潮はそういいながら嬉しそうに笑うと
「さあ、おれたちも行くか。」
長岡の顔を見て言った。

「はい!」
やっとのことで立ち上がると、ふらつく足で坂を登った。
紅白戦でも寝返りってありなんだろうか? ふとそんなことを思った。
許されなくても、もう気持ちは変えられない。
長岡は潮と共に歩き始めた。

 

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