優しい雨−10

崖が崩れてから、既に半時間が過ぎていた。
もう一度ロープで降りて探してみたが、やはり武藤たちの姿はない。
谷に落ちたのだろうか。
諦めて戻りかけた兵頭は、崩れた土砂の上に落ちているインカムを見つけた。
もしかしたら、このあたりにいるのか?
だが足を乗せただけで、まだ地面は滑っていく。
こんな状態でどうやって探せばいいのか。

注意深く辺りを探るうちに、湿った部分に靴の跡を見つけた。
足跡は上に向っている。
まさか! この難関をやり過ごしたのか? 本当に!
心臓が大きく鼓動し始める。
全く、信じられない奴だ。
いつのまにか兵頭は声をあげて笑っていた。

急いで崖の上に戻ると、
「これから砦に向う。おんしらは好きにしろ!」
そう言い捨てて、驚く平田達をそのままにさっさと歩き出した。
少し行ってふいに振り向くと寺内を見て、
「武藤は生きちょる。他の奴らもきっと無事じゃ!」
それだけ言って走り出した。

後に残された寺内は、呆然と見送った。
「兵頭さんが、笑うちょった…。」
彼が笑った顔など、見たことがなかった。
せいぜい皮肉な微笑を浮かべるくらいが関の山だった男が、今の一瞬、確かに嬉しそうに笑っていた。

「ほんまに生きちょるんじゃ! みんな生きちょるんじゃ!」
ふつふつと元気が湧いて来ていた。
「行く! わしは行くぞ! すまん、谷口。村松を頼む。」
走り出した寺内を、永井が追いかけた。
「行くんなら、おんしは敵じゃ! このまま行かせてなるか。」
みんなが生きている。
姿は見ていなくても、それが信じられる。
そこからもういちど始まるのだ。
訓練という名の、自分を試す戦いが。

平田は、谷口と村松を振り返ったまま、しばらく動かなかった。
この二人を捕虜にするのは簡単だ。
戦いが再び始まった今、そうするのが当たり前だろう。
だがそんな気持ちにはなれなかった。
たった今まで、彼らを助けることだけに集中してきたのだ。
永井のように、すぐに気持ちを切り替えることなどできなかった。

二人を助けたときの感激が忘れられない。
戦うよりも数倍充実していた。
こんな気持ちでは戦えない。俺はきっとこの訓練に合格できない。
けれど、もういい。俺は戦うより助けるほうに廻りたい。
「肩を貸してやるけえ、山を降りて救護班のとこまで行くか。」
二人に声をかけた平田の顔は、すっきりと晴れやかだった。

 

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