優しい雨−6

「どうなってるんだ!」
 間近で起きた爆発に、潮たちは混乱していた。
もうもうと上がる爆炎で前も後も見えない。熱風が肌を焼く。
「岡村!村松!谷口!高井! みんな無事か!」
こうなっては手を出さずに見てなどいられない。
潮は水を操り、爆炎を消そうとしながら叫んだ。
「おーい!誰か返事しろ! 声出せよ!」
煙を掻き分けるようにして進んでいく。
「武藤さん!」
高井の声がした。煤で汚れているが、大きな怪我はないようだ。
「無事みたいだな。他の連中は?」
「俺は大丈夫。けど村松が…。」
谷口がそう言って、村松を抱きかかえた。村松の頭から血が流れている。
「わしのせいじゃ。ちゃんと全部爆発させられんかったから!」
振り絞るような岡村の声が聞こえた。

寺内の情報だと、この先にはまだあと3ヶ所火薬が仕掛けられているはずだ。
うおぉと喚きながら、岡村が走った。
「待て、岡村! 先走るな!」
潮の叫びも岡村には届かない。そのとき頭上から、長岡の叫び声がした。
「これ以上爆発させるな!道が崩れるぞ!」
体中傷だらけになって、ぼろぼろの姿で長岡が現れた。
「こん阿呆が!おんしが仕掛けた罠のせいじゃろうが!」
谷口が睨みつけた。ぐったりした村松を見て、長岡は苦しげに顔を歪めると、
「これは戦じゃ。わしは謝りはせん。けど、これ以上同時に爆発したら道がもたん。この先の爆発は、前と後でいっぺんに爆発するんじゃ。今までとは規模が違う。下手したらみんな死んじまうんじゃ!」

青ざめて必死に言う長岡の言葉に、高井が岡村を追って走った。
「岡村!待ってくれ!爆発させんといてくれ!」
長岡は自分が仕掛けた罠が爆発しないように、爆弾を繋ぐ線を切ろうとよろけながら走った。
潮も後を追って走る。だが間に合わず、またひとつ爆発してしまった。
「ああぁぁ。もう止められん…。」
地面に突っ伏した長岡に、潮が叫んだ。
「諦めんなよ!まだなんか方法があるはずだ!」

崖の上で隠れて様子を伺っていた寺内は、いてもたってもいられず中田に連絡をとっていた。
捕虜を連れたままで何が出来るかわからないが、とにかく助けが欲しかった。
 誘爆させる事で道が崩れたらと、誰もが始めから不安に思っていた。
だが少しくらいなら大丈夫だろうと思ったのだ。
長岡の仕掛けた罠を正確に読めなかった自分のミスだ。
まさか何重にも時差で爆発させる仕組みだったとは思ってもみなかった。

 下を見ながら青くなっているのは、兵頭班の平田と永井も同じだった。
煙でよく見えないが、長岡の声が聞こえて安心したのも束の間、爆発がまた起きて二人は途方に暮れた。
紅白戦の敵方と言っても、同じ赤鯨衆の仲間だ。しかも命を最優先させることは訓練の初日から厳しく言い渡されている。
「どうすればええんじゃ。なんかええ方法はないがか。」
「道が崩れる前に、綱で引き上げたらどうじゃ?」
さっそく綱を探してみたが、そんなものが都合よくあるはずもなく、うろうろするうちにバッタリ寺内と鉢合わせた。
「お前は!こんなところで何しとるんじゃ!」
お互い睨み合って身構えたが、すぐにそんな場合ではないと気付いた。
「そうじゃ、兵頭さんに連絡とってくれんか。あん人じゃったらええ方法を見つけてくれるかもしれん。」
寺内の言葉にハッとしてふたりは対岸を見た。そうだ、彼らがもうすぐここを通るはずだ。
 永井はインカムで呼びかけた。
「広瀬!頼む。兵頭さんに替っとうせ。」

 連絡を受けて、兵頭達は大急ぎで走った。
曲がり角をまがったとたん、目の前に現れた対岸の光景に四人は息を呑んだ。
赤い炎をはらんで爆炎が上がっている。バラバラと土や石が崖を落ちていくのが見えた。
ところどころ不自然に煙が消えているのは、潮の放つ水カッターの効果だろう。
崖に生えた木々が傾き、道が土砂崩れを起こしかけているのがわかる。
白く霞む土煙の中にいくつかの人影が見えた。

「ここからじゃ何にもできん。はよう向う側に行くしかない!」
捕鯨のモリでもあれば向う岸まで飛ばしてロープを張るという手もあるが・・。
兵頭のつぶやきを聞いた宮路が、背負っていたリュックを開けた。
「これを使うて下さい!」
出してきたのはカギ縄だ。それに兵頭が持っていたロープを足して対岸に投げる。
渾身の力を込めて兵頭が投げたカギ縄は、みごとに対岸の崖の上に届き、平田たちの手で大木の根元にしっかりと括り付けられた。

「兵頭さん!俺達が行ってちゃあ間に合わんです。このロープで武藤さん達を引き上げた方が早い!」
もういつ地崩れが起きてもおかしくない。
「ああぁーっもうだめじゃぁっ」
長岡の叫びが上がると同時に、大きな爆発が起きた。
悲鳴をかき消す轟音と地響きをたてて、兵頭たちの目の前で道が崩落した。

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