優しい雨−4

「いつまでも迷うてたってしかたないがじゃ!頭ン中整理して、できることせにゃあ。」
武藤班の谷口がインカムに向ってどなった。
相手は敵のルートに罠を仕掛けに行った村松だ。
村松がせっかく仕掛けたニの谷近くの罠は、ルートを変えられて役に立たなかった。
すぐに違う道で罠を張っていた高井の応援に走ったが、やっとのことで一人を捕らえただけで逃がしてしまい、後を追うか他に向うか、それとも頂上を目指すか迷ってしまっていた。

「整理するって、どうすればいいんじゃ?」
「阿呆!それを自分で考えるんじゃ。」
しばらく沈黙した後で答えが返ってきた。
「わしらはここから頂上を目指す。敵のおる三の谷は避けて通れんから、まずトラップをなんとかせんと。なんか方法あるか?」
落ち着いた声だ。やっと頭が働き始めたらしい。
「どんなトラップかわからんか?それか仕掛けた奴の名前は?」
なんといっても相手は同じ赤鯨衆だ。知った相手なら得意技から予想できるかもしれない。
「仕掛けたのは長岡らしい。火薬系かもしれんな。」
長岡は火薬の扱いが抜群なのだ。はっきり言って手強い。

「火薬だったら、こっちも火薬で、通る前に爆発させちまえば?」
そう言ったのは同じく火薬扱いが得意な岡村だった。谷口の隣でやりとりを聴いていたのだ。
「できるのか?そんなことが。道が崩れんか?」
「大丈夫じゃ。量を加減して誘爆させてやればええ。場所さえわかってればいける。」
谷口と岡村は顔を見合わせて頷いた。
「ようし、三の谷まで突っ走るぞ!」
はらはらしながら見守っていた潮は、やっと胸を撫で下ろした。
「はあ…ったく自分で動くほうが何倍も楽だぜ。」
つぶやいて山頂を見上げた。高耶のいる砦は、まだまだ遠い。

 その頃兵頭の陣営でも、隊員たちは落ち着きを取り戻して来ていた。
山の中腹付近で一人捕まり、長岡と偵察から戻った2名が三の谷で待ち伏せしている。
敵のルートに潜入した2名はそのまま戻らず、兵頭と広瀬、宮路の3名は、別れ道で立ち往生している残り2名と合流しようとしていた。
「結界の無効化は無理じゃ。左は通れん。」
広瀬が言った。兵頭は黙って腕組みしたままだ。
「右の道を進んだ先には、霊縛の地雷が仕掛けられてるらしい。」
偵察隊の報告をメモしていた宮路が声をかけた。
「霊縛?だったら踏んでから効き目が出るまで、ちょっと時間がかかるぞ。」
広瀬の目が輝いた。すぐさまインカムで何か指図すると、
「兵頭さん、お願いがあります。」
出来たばかりの計画を聞いた兵頭は、にやりと微笑んで頷いた。
「宮路、急ごう。右の道じゃ!」
三人は仲間の待つ別れ道に向って走った。

 紅白戦は山の東から頂上を目指す兵頭の班と、反対の西側から登る潮の班の、どちらが先に頂上の砦に着くかで、勝敗が大きく左右される。
砦を落とすことが最終目的なので、先に着いただけでは勝利できないのだが、早く着いた方が有利に決まっている。
だから両者とも山のあちこちに、足止めのトラップを仕掛けていた。
あらかじめ相手の通る道が予想できるから、それに応じて罠は張れる。
偵察隊の活躍のおかげで、自分達のルートに仕掛けられたトラップもほとんどわかった。
こうなると後は登るだけのはずだが、実際は偵察隊や待ち伏せ組、罠を仕掛けに行って戻ってきていない者もいるので、まっすぐ頂上を目指して登っているのは、わずかな人数になってしまう。
たった3、4人でトラップを回避したり戦ったりしながら登るのは、思った以上に大変だった。

 兵頭班の三人が別れ道に辿り着いたのは、インカムでのやりとりからおよそ1時間後。
待っていたのは、どこからか調達してきたランドクルーザーと、江田と西野のふたりだった。
「兵頭さん、俺達じゃハイスピードでこの山道を走れんがです。運転お願いします!」
 広瀬の計画とは、地雷を踏んでから効き目が出るまでのわずかな時間に、この車で地雷のないところまで走り抜けようというものだった。
トラップの区間は、およそでしかわからない。
危険な賭けだが、ここを通らないと三倍は遠回りになってしまう。
勝つ為には選択の余地は無かった。

運転席に座った兵頭は、全員が乗り込んだのを確認すると、
「よし、行くぞ!」
掛け声と同時に発進した。
曲がりくねった上り坂である。それをフルスピードで走る。
地雷は踏んでも音もしないし目にも見えない。
ただ引っ張られるような感覚が、後ろから迫ってくる。
加速に伴なって体を押し付けてくる重力に逆らい、5人は必死に前の方に寄っていた。

ガクン!と突然車が止まった。ついに霊縛が車体を捕らえたのだ。
キュルキューッとスピンした車のドアから、投げ出されるようにして転がり出ると、5人は全力で坂道を走った。
霊縛の効力が後ろから迫ってくる。ついに西野の足が動かなくなった。
「西野!」
思わず立ち止まった広瀬の左足に霊縛が絡み付く。
「ばか!止まるな!」
必死に前に伸ばした広瀬の手を掴んで、兵頭が引き摺るようにして走った。
「すまん、行ってくれ。」
泣きながら叫ぶ西野の声が聞こえた。振り向く事も出来ず、坂を這いずりながら登リ続ける。
やっとの思いで霊縛から逃れた4人は、西野を残したまま山頂を目指して歩き始めた。

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