優しい雨−2

 参加者は公募で集められたが、20名の募集に対し、なんと100人以上もの希望者が押し寄せた。
 高耶、兵頭、武藤という憧れの人物たちと直接訓練できるという、めったにないチャンスに皆が夢中になるのも無理はない。
 しかし、まず行われたトレーニングの過酷さに、一日で四分の一が脱落し、愚痴を言ったり手を抜いたら即失格という条件に、次々と失格者が増えていった。
 紅白戦開始までの三日間で、およそ半数に減ったのち、無差別格闘の勝ち抜き戦が行われて20人に絞られた。
 ここにいるのは、それに勝ち残った精鋭ばかりである。
 10人ずつの2チームに分かれると、紅白戦の開始が宣言され、兵頭班は山の東側、武藤班は西側に分かれて移動した後、早速作戦会議が始まった。

 メンバーは実戦でリーダーになったことがないものがほとんどだ。力はあるが人に指図することに慣れていない者が集まっている。
そのせいか作戦の計画を立てるだけでも、話がまとまらず、なかなか進まない。
兵頭も武藤も、それぞれの陣営で見守ったものの、イライラが募って何度口を出しかけたかわからなかった。

「こがいなこともわからんとか」
思わず叫びそうになって、兵頭はぐっと拳を握り締めてこらえた。
 班のひとりが提案した作戦は、崖下の道にトラップを仕掛けておき、敵が罠に嵌ったところを、崖の上から攻撃をかけるというもので、トラップそのものは良く出来た物だったが、あまりにも安易な考えで、そんな場所で罠にかかるようなバカがいるか!と呆れてしまった。
「ほんまにそこに仕掛けるがか。それでいいと思うちょるんじゃな?」
なんとか冷静な態度を保ったものの、兵頭の怒りを含んだ目に射竦められ、隊員たちは震え上がった。
必死になって兵頭に怒られない作戦を探している間に、だんだん真剣さが増していき、いつのまにか白熱した作戦会議になっていった。
それを見ながら、兵頭はいつかの高耶との会話を思い出していた。

『責任のある仕事をまかせて、達成感を得させることで人を育てるんだ。』
高耶の言葉だ。そのときはそんな時間が惜しいと批判したが、仕事を任せられる人員を育てておかなければ、いざ必要となったときに人手不足で動けなくなってしまう。
 『こんな時だからこそ、やらなければならないんだ。』
その通りだと、認めるしかない。
あのときの真剣な目を思い出した。
彼は本当に人を育てようとしている。
それは、ただ必要だからというだけではない。
今、こうして育ちつつある彼らを前にして、高耶の赤鯨衆への思いが見える気がした。
(隊長は自分がいなくなった後のことを考えて、備えようとしている)
焦燥感が、ちりりと胸を焼いた。苦悶を消すように白紐束に手をやって、兵頭は目を閉じた。

「いいか、お前ら。まず自分のできることを、考えりゃいいんだ。難しいことばっか考えたって、できなきゃしょうがねえだろ?そっからもう一回考えてみろよ。」
どうにも先に進まない作戦会議に、とうとう口を出してしまった潮である。
(これくらいだったら、口出しって言わないよな?)
ちょっと心配にはなったが、待つにも限度があるというものだ。
もうかれこれ3時間も不毛な会議が続いていた。
潮の言葉のおかげか、隊員たちの顔に活気が戻ってきた。
「俺は火薬の扱いには自信あるちゃ。ここんとこに発破しかけて、この岩だけ砕いたらどうかいのう?」
「ほんじゃあ、こっちの道は俺が霊具で結界張っとくっちゅうのは?」
「おう、それはええのう。あっちの班はきっとこの道を通ってくるはずじゃけえ…。」
和気藹々となって話が進んでいく。さっきまでの重苦しさがうそのようだ。
「武藤さん、こういうのはどうじゃろうか。」
彼らがまとめた作戦は、細部の詰めがまだまだ甘いが、面白いものになっていた。
「ほう〜、なかなかいいじゃねえか。で、ここんとこは、誰が担当するんだ?」
「あ!こりゃいかん。ちょっと待っとうせ。」
慌てて作戦を練り直すのを見ながら、思わず笑いが出そうになって、潮は下を向いた。
(こいつらはきっとやれる。待ってろよ、仰木。お前の砦を奪うのは俺達だからな。)
たくましく成長した隊員たちを見たら、仰木はきっと安心する。
最近の高耶の落ち着いた静けさの中に、潮は切ないほどの哀しみを感じていた。
お前は苦しいんじゃないのか?どうすればお前を喜ばせてやれる?
この訓練を成功させることで、少しでも楽にしてやれるかもしれない。
「よおし、頑張ろうぜ!」
気合をいれて、拳を上げた。やってやる!待ってろよ、仰木!

 

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