優しい雨−14

ふいにざわめきが起きた。はっと見ると、兵頭が潮と取っ組み合っている。
「ばっ・・ばかやろう。何やってんだ!」
思わず止めようとしてやめた。
二人がとても楽しそうに戦っているのがわかったからだ。
これは私怨じゃない。お互いを認めた者同志の、力くらべなのだ。
気が済むまでやってみればいい。
そういう理解の仕方もあるのだと、高耶は思った。

それは嶺次郎たちの戦いでも同じだった。
敵も味方も、晴れ晴れとした顔で戦っている。
紅白戦の勝敗など、もう誰の頭にもなかった。
ただ力の限りに旗へ手を伸ばす。
そこに求める全てがあるかのように。

「ん? おんしは兵頭の班やなかったか?」
長岡が小太郎から高井を助け出したのをみて、不思議そうに嶺次郎が尋ねた。
「はい。けど、わしは武藤さんの味方になりたいんです。」
処分も覚悟していると、長岡はきっぱり言った。
驚いて目を丸くした嶺次郎は、やがて声を上げて笑い出した。
そうだ。俺たちは他の誰でもない、自分の意志で戦っているのだ。
誰のいいなりにもならない。
それが赤鯨衆なのだ。
「処分を決めるのは兵頭班じゃ。赤鯨衆としては処分なんぞする気はないぜよ。」
旗を守って戦いながら、嶺次郎はそう言って笑った。

力いっぱいの戦いが続き、全員がもうへとへとになってきた頃、
遅れてきた中田たちが到着した。
怪我をした者たちは、平田が一手に引き受けて救護班に向い、谷口や西野も含めて動ける者は全て、この砦に来ていた。
どうしても戦いの行く末を見ないではいられなかったのだ。
そして仲間たちの戦う姿を見た。
嶺次郎や直江、高耶が、自分たちと本気で戦ってくれる姿を見た。
熱い気持ちが胸の奥から湧きあがる。
「俺たちも行くぞおぉぉ!」
「仰木隊長から旗をとるんだあぁ」
潮や兵頭まで、みんなが一斉に高耶の元に押し寄せた。

直江が阻止しようと動くのを、高耶が止めた。
「いい。手を出すな、橘。」
高耶は全員を受け止めるかのように手を広げた。
壷毒薬を飲んでいるので力は使えない。
高耶の思いを汲んだ直江が張った護身壁は、クッションの役目しか果たさなかった。
もみくちゃになって、ついに旗が高耶の手を離れた。

果たして誰が旗を取ったのか。どこからも声が上がらない。
「誰が持ってるんだ!」
叫びに答えるように声が上がった。
「ここです。」
旗を手にしていたのは、なんと中川だった。
「飛んできたので、つい…。もう一度戻しましょうか?」
困った顔で言う中川に、すっかり毒気を抜かれて、しばらく言葉も出なかった。
ようやく嶺次郎がせきばらいをして言った。
「ようし、みんな、ようやった。おんしらの立派な戦いぶり、ようくわかった。
 この紅白戦は、引き分けとする。」
誰ひとり異議を唱えるものはなかった。
戦いを終えた充足感が、それぞれの胸を満たしていた。

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