優しい雨−15

いつのまにか、とっくに日が暮れ、月明かりがぼんやり照らしている。
こんな暗い中で戦っていたことにさえ、気付きもしなかった。
砦の周りには、かがり火がいくつも焚かれていた。
夜に備えて準備されていたものに、中川が火をともしてくれたのだ。
これから下山するのは到底無理なので、とりあえず砦の中で夜を過ごすことになった。

さすがに全員が入ると、座るのがやっとだ。
ゼリー状の栄養食品を夕食がわりにして、スポーツドリンクを飲む。
くたくたに疲れた体で倒れるように座り込むと、毛布をかぶって眠った。
嶺次郎も中川も兵頭も潮も、みんな同じように雑魚寝している。
やがて砦の中は、いびきや寝言以外なにも聞こえなくなった。

高耶は、そっとひとりで砦の外に出た。
薬を飲んでいても、彼らの体が心配だった。
大きな木の下に座って空を見上げた。
こうして空を見ても、厚い雲に覆われて星はほとんど見えない。
四国から夜空さえ奪ってしまった。
重苦しい罪の意識が、どんなときも頭を離れない。
高耶は空を見上げたまま目を閉じた。

ふいに暖かい腕に包まれ、高耶はハッと目を開けた。
知らないうちに眠っていたらしい。
「そのまま眠っていればいいんですよ。」
直江がささやいた。
後からすっぽりと包み込むように抱きしめられて、
「ばかっ。こんなとこ誰かに見られたらどうするんだ。」
声を押し殺して叱った。
「大丈夫。誰も起きて来ませんよ。」
「なんでわかる。」
「眠り薬を入れておきましたから。」
ギョッとして振り向いた高耶に、直江は冗談か本気かわからない笑顔で応えた。

「ここにいるから。だから眠っていて下さい。」
直江の大きな腕に抱かれて、背中に鼓動を感じていると、それだけで不思議なほど心が温かくなった。
こうしているときだけは、ただの男でいられる気がした。
全身の力を抜いて、直江にもたれた。抱きしめる腕にわずかに力が増した。
「本当に眠っていていいのか。」
高耶がささやいた。
「さあ、どうでしょう。」
直江の声が甘く耳をくすぐる。
夜が静かに更けていった。

翌朝は雨だった。
雨が止んでから下山することになった。たぶん昼には止むだろう。
霧のような細かい雨が、空中の土埃を水滴に捕らえて地面に降り注ぐ。
大気がどんどん澄んでゆくのがわかる。
清々しい空気が香り立つ。
戦いに生きる男達に束の間の休息を与えて、雨が優しく山を包んでいった。

やっと完結。こんなに長いお話におつきあい頂いて、ありがとうございました。
深山に静かに降る「優しい雨」を感じてもらえたら嬉しいのですが・・(^^)

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