優しい雨−13

 砦に一番最初に着いたのは、兵頭班の江田だった。
続いて宮路、そして武藤班の高井が広瀬を追い抜いて走ってきた。
はあはあ息を弾ませて走りこんできた彼らは、目の前の嶺次郎たちを見て息を呑んだ。
「ようここまで来たのう。おんしらの意気、わしがこの手で迎え打っちゃる!」
ぎらぎらと目を輝かせて嶺次郎が叫んだ。
「なんだあ? わしは見てるだけじゃとか言ってたのはどこの誰だよ!」
潮が驚いて声を上げた。
「こっちの方が性に合うちょるんじゃ。さあ来い!」
言うが早いか、突進してきた岡村の腕を掴んで転がした。

なんといっても今や嶺次郎は、一般隊員にとって雲の上の人みたいなものだ。
それが直接自分たちと戦ってくれる。
異様なまでに高揚した気分が、ここに来るまでの疲れを吹き飛ばした。
戦っている本人すら驚くほどの白熱した攻防が始まっていた。
「広瀬!今のうちに旗をっ!」
江田と宮路が、ふたりがかりで嶺次郎を抑えこんだ。
既に旗の側に走り込んでいた広瀬が手を伸ばす。
しかしその体は、直江が放った一撃で後ろに吹っ飛ばされた。

その間に高井が旗に手をかける。今度は小太郎が飛びかかった。
長岡が放った念を直江が払い、嶺次郎が江田と宮路を振り落とす。
立ちあがった広瀬の前に立ち塞がったのは岡村だ。
高井は小太郎に横倒しにされてのしかかられている。
潮は戦いたい気持ちを懸命に抑えてゲキを飛ばした。
敵も味方も入り乱れての混戦の最中、砦の戸が開いて高耶が姿を現した。

「仰木!」
その瞬間、全員の目が一斉に彼を見た。
白のTシャツの上に、よくある迷彩服を着ているだけだ。
今も隊員のほとんどは同じような服を着ている。
だが彼には、目を引かずにおかない不思議なオーラがあった。
高耶は何も言わずに旗の前に立った。
「俺から旗を取ってみろ」と体全体で挑発している。
赤い瞳が、ひとりひとりの顔を見つめた。
目が合った一瞬、潮は確かに高耶の笑顔を見た。

暮れていく太陽が、厚い重苦しい雲をわずかに茜色に染めて沈んだ。
青空をなくした空にも、闇は変わらず訪れる。
その時間までに旗を奪う!
新たな闘志を湧き立たせ、潮は叫んだ。
「行っけええぇ!」
答えたのは全員だった。
「うおおおぉ」
腹の底から叫びをあげて渾身の力で戦う。
さすがに嶺次郎も押され気味になり、隙をついて高耶から旗を奪おうとした江田を、直江が弾き飛ばした。

「あなたには指一本触れさせません。」
そう言うと、高耶の横にぴったりと貼りついた。
「何言ってる。それじゃ訓練にならないだろうが。」
呆れる高耶の耳元で直江が素早く囁いた。
「あなたの体に触れていいのは俺だけです。」
そのまま顔色ひとつ変えずに、向って来た岡村を護身壁で遮って高耶の前に立った。
見慣れた広い背中は、まるでどんなものからも高耶を守ろうとしているようだ。
「お前の方こそ、傷なんか作ったら許さない。」
高耶は小さくつぶやいた。

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