優しい雨−12

びくんと高耶が動いた。
「来たな。」
嶺次郎が腕を組んだ。自分は手を出さずに見守る。無言で示してにやりと笑った。
高耶は黙って頷くと外に出た。砦の横には赤鯨衆の旗が翻っている。
夕暮れが始まった空を背に、高耶はまもなく来る戦いに静かな闘志を湧き立たせた。
小太郎がすっと傍らに来ると、何か言いたげに見上げた。
「お前も来たのか。」
柔らかく微笑んで小太郎の頭を撫でると、近づいてくる人の気配に油断なく身構えた。

最初に現れたのは、黒のミリタリーに身を包んだ背の高い…?
「直・・橘!」
どうしてお前が?と言おうとすると、すぐ後から中川が現れた。
「よかった。なんとか間に合いましたね!」
嬉しそうに笑うと、中川は息をきらせて走ってきた。
てきぱきと脈や顔色を確認して、有無を言わせずに砦に戻らせると、注射を一本打った。
「いいですか、今から十分後にこの薬を飲んでください。それまでは動かないで。」
「中川。もうすぐ紅白戦の決戦が・・」
「わかってます。でも十分間は動いちゃいけません。」
そう言うと、直江と嶺次郎を呼んで外で見張るように言った。

「いいですね、仰木さんが動けるようになるまでは、二人で旗を守ってください。」
「そんなのダメだ。訓練の予定と違う…」
慌てて言いかけた高耶に、
「これは実戦と同じなんでしょう? 予定は未定。臨機応変に戦えなくてどうするんです。」
中川がきっぱりと言い放つと、嶺次郎が笑い出した。
「その通りじゃ。全くおんしにはかなわんのう。仰木、観念してじっとしとれ。」
助けを求めて高耶の視線が直江に向けられた。直江は宥めるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。旗はしっかり守ります。」
高耶は溜息をつくと、天を仰いで目を閉じた。

たった十分の休憩時間。
けれどその間に、勢い込んでやってくる彼らを弱らせておけば、
高耶の体にかかる負担を大幅に減らす事ができる。
高耶の体調を見てとっさに考えた中川の作戦は、
やがて思いがけない戦いへと繋がっていくことになるのだった。

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