優しい雨−11

 ガラスもない木の窓に手をかけて、嶺次郎はじっと山の木々を見つめていた。
あの崖崩れから一時間以上が過ぎていた。
高耶はベンチに腰掛け、組んだ手に額を預けて目を閉じた。
(無事でいてくれ。)
こんなことが起きることぐらい、予想できたはずだった。
崖崩れは予想外でも、実戦形式で訓練すれば、怪我も事故もあって当たり前だ。
命を最優先と言っても、守れない場合だってある。
それでもこの訓練は必要だったと言い切れるのか。
訓練で命を落とすなど、犬死ではないか。
自分自身を責める言葉などいくらでも浮かぶ。
ならば訓練をしなければいいのか?
答えはNOだ。必要だからやったのだ。そしてまだ訓練は終わっていない。
素肌に冷たい氷の塊を押し当てられたような突き刺さる痛みを、ぐっと胸の奥に抱え込んで、
ようやく高耶は顔を上げた。振り返った嶺次郎と目が合った。
共に苦しみを宿した瞳ではあったが、そこにもう迷いはなかった。

 山の日暮れは早い。夕闇が少しずつ近づいてきていた。
道の先から人の声が聞こえた。
「よし。もう少し行ったら藪が多くなるけえ、そこで仕掛けるぞ。」
「けんどそんなことより、早く上に行った方がええんちゃうか。」
「阿呆か。戦ってる最中に後ろから来られちゃ困るじゃろう。」
「う〜んそりゃまあそうじゃけど…。」
広瀬、宮路、江田の三人が歩きながらせっせと何かを作っている。
気付かれないように、潮たちはそっと様子を伺った。

小太郎に助けられたあと、岡村と高井に合流して砦に急いでいる途中だったが、
彼らを見ているうちに潮はどうしようもなくイライラしてきた。
(ここまで来て何ぐずぐずしてんだよ。おまえら目的を忘れてんじゃないのか?)
この戦いの最終目標は、砦に行って仰木に勝つことだ。
トラップを仕掛けるのもいい。けれど、どちらの班もここまで人数が減ってしまった今、
何より大事なのは、敵より早く仰木から旗を奪うことではないのか。

そのとき高井が小声でささやいた。
「なあ、あいつらを追い立てちゃろうや。」
自分が言いたかったことを先に言われてしまって、潮は目をぱちくりさせた。
「長岡。ほんまに裏切るんか? 今やったら、おんしがあっちに戻っても、文句は言わんぞ。」
岡村が真剣な顔で言った。もちろん高井と一緒に追い立てる気だ。
ひと呼吸の間をおいて、長岡は頷いた。
「武藤さんの敵には成れん。おんしらと行く。」
「よおし。ほんじゃあ行くか!」
こいつらは、いつの間にこんなに積極的に動くようになったのだろう。
自分で考え行動する。
それがいつのまにか自然に身についている。
(これがお前の狙いだったんだな、仰木。)
「うおおおぉ」
雄叫びを上げて走り出した高井の後について走りながら、潮は楽しそうに笑った。

広瀬たちは仰天した。
「な、なんだあ?」
「急げ! 先を越されてなるか!」
大慌てで走り出した。
7人がマラソンのラストスパートのように砦を目指して。

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