『雪灯り』

バレンタインって、今日だったんだ…。
夕飯の買い物に入ったスーパーで、大きく書かれた文字をみて気づいた。
どうしよう。買おうかやめようか。
好きな人にチョコをあげる日、なんて誰が決めたんだか。
いつもなら気軽に買えるチョコが、今日だけはとてつもなく買いにくい。
だけど…。

こんなの女だけがするもんだろ?
そう思ってたのに、あいつは毎年チョコをくれる。
あんな大きな図体で、どんな顔して買ったんだろう?
恥ずかしかったはずだ…いくらあいつでも…。
だったら…。

お菓子の棚に並んだチョコのうちから、ひとつを手にとってカゴに入れた。
綺麗にラッピングされたのは、恥ずかしくって買えやしないが、これならなんとか…。
他の食材と一緒にレジを済ませると、俯いたまま大急ぎで袋に入れて店を出た。
「子供騙し…だな。」
家に帰ってあらためてみると、とても直江に贈れるようなシロモノではない。
はあ…と溜息をついてチョコをテーブルに置くと、高耶は夕飯のしたくを始めた。

 
「高耶さん。ただいま。」
「お帰り、直江。寒かったろ? コタツ入ってろよ。すぐメシにすっから。」
冷たい風に凍えそうになった体も、声を聴くだけで一気に緩む。
直江はコタツに入らず、台所に行った。
「っんだよ。そっち座ってろ。おまえデカイから狭い。」
邪険に扱われても、めげる直江ではない。
ハンバーグを盛り付けようとしている高耶を、後ろから抱きしめると耳に唇を寄せた。

「いい匂いがする。」
「だろ? 赤ワイン入れたんだ。」
「…ええ。美味しそうだ。」
とろけるような囁きに、直江の言葉に含まれたもうひとつの意味を悟って、頬が火照った。
「と、とにかく! 邪魔なんだから、おまえはあっちに座ってろ!」
慌てて直江の腕から逃れると、有無をいわせず追いやって、高耶は目を瞑った。

うるさく鳴る胸の鼓動をやっと鎮め、残りの料理をそれぞれ器に盛りつける。
ちょっとしたごちそうが並んだ食卓に、直江は感嘆の声をあげた。
「すごいですね! 本当に美味しそうだ。」
手放しで誉める直江を見て、高耶がくすっと笑った。
「味わってみるか? “本当に”美味しそうな料理を。」
誘うようなまなざしで妖艶に微笑んでみせる。
思わず息をとめた直江が、そっと手を伸ばそうとしたとたん、パッと高耶が立ちあがった。

「今のは俺の勝ちだな。アハハハ。ちょっとドキドキしたろ?」
楽しそうに声を上げて笑うと、台所から直江のとっておきの赤ワインを出して、
ソムリエのように隣に立ってグラスに注いで差し出す。
「いけない人だ。」
ワインのグラスごと高耶の手を掴んで引寄せた。
戸惑った瞳をじっと見つめたまま、ゆっくり唇を重ねる。
甘い吐息がもれた。

「ワインがこぼれる。」
「大丈夫。俺が支えているから、そうっと手を離して。」
「料理が…冷めちまう…。」
そう言いながらも、高耶は直江から離れられなかった。
甘いくちづけが、熱く絡む舌が、全ての思考を奪っていく。
カタン!と何かが床に落ちた音で、ビクンと我に返った。

「なんだ? 今の…。」
苦い顔で直江が拾い上げたのは、高耶が買ったチョコレートだった。
「あっ! それ今日買った…。」
思わず言いかけて困ったように俯いてしまった高耶を、
「これ、高耶さんが買ったんですか? 今日?」
直江は驚いて見つめた。

それはウイスキーボンボンだった。
贈り物のラッピングもなにもない、スーパーで買ったチョコレート。
けれど今日これを買うのに、どれほど勇気がいっただろう。
「俺に下さい。いいですよね? 頂いても。」
嬉しそうな声に、高耶は顔を上げた。
直江が満面の笑みを浮かべて、高耶を見つめていた。

「ああ。もちろん。…おまえに…買ったんだから。」
聞こえないくらい小さな声で言うと、直江は嬉しそうにチョコを抱きしめた。
「ありがとうございます! 高耶さん。」
本気で喜んでくれてるんだ。こんなチョコなのに。こんなにも…。
「ごめん。直江。俺、来年もやるから。もっと早くやればよかった。俺…。」
おまえがこんなに喜ぶなら…。俺は…。

「さあ、食おう! 冷めちまったかな。あっためなおそうか?」
皿に手を伸ばした高耶を、直江が遮った。
「いえ。大丈夫です。冷めないうちに早く食べましょう!」
せっかくの料理を、一番美味しい状態で食べないのは申し訳ない。
でも今ならちょっと冷めただけだ。美味しそうな香りも湯気も、まだ消えてはいない。

ワインで乾杯して、煮込みハンバーグを頬張った。
「これ…私のワイン使いましたね?」
「あ、やっぱわかるんだ。いいの使うとコクが違うよな。」
楽しそうな笑顔に、アレの値段を知ったらどんな顔をするだろう…と考えて、
直江は一瞬心を掠めた苦情をのみこんだ。
いいのだ。どうせ二人で楽しむために買ったのだから。

外の寒さや天気の話。
なにげない毎日も、ふたりでいると話が尽きない。
柔らかい春菊のサラダも、ホクホクしたじゃがいものマヨネーズ和えも、
コンソメが効いたジュリアンスープも、どれも本当に美味しかった。
「ごちそうさま。」
食器類をさっさと流しに運ぶと、洗おうとする高耶をいきなり抱き上げた。

「こら! 何すんだ。降ろせよ!」
「降ろしません。これから一緒にお風呂に入るんです。」
「ばか。なに言ってんだっ! ヤダ。離せ〜っ!!」
高耶が怒っても、直江はこういう命令は聞かないことにしていた。
聞いていたら毎日なんにもできないじゃないか。
「あなたも“本当に”美味しいもの、もっと味わいたいでしょう?」
真っ赤になった高耶を見つめて、直江はにっこり微笑んだ。
 

やがて部屋の明かりを消すと、窓の外が白く輝いていた。
「雪が…。月に輝いてる…。」
裸のまま窓を開けて、高耶がささやいた。
直江はチョコレートボンボンをひとつ口に入れると、
雪灯りに照らされた高耶を抱きしめて、そのまま唇を重ねた。
奥歯で少し噛むと、カシンと砂糖の膜が潰れて、
口の中にウィスキーとチョコレートの甘いハーモニーが広がる。

酔いしれる。
長いようで短い冬の夜を、ゆっくりと味わう。
あなたと…。こころゆくまで…。

 

           mitakoさまへ 感謝を込めて…   (桜木の種 11000キリリク)

 

これは、11000のキリリクとmitakoさんのサイト「Everlasting」の1周年記念のお祝いを兼ねたものです。
甘甘なバレンタインネタというご希望で、頑張って書いてみたんだけど、贈り物にしては長いよなあ・・・ってことで、
もうひとつの「スイート・スイート」を貰って頂きました。(でも結局そっちも長かったという・・滝汗)

「スイート・スイート」はでUPして頂いてます〜
素敵なイラストを頂きました〜(^0^)→こちら
mitakoさん、ありがとう!!

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