旧制第一高等学校寮歌解説
春繚爛の |
明治38年第15回紀念祭寮歌 西寮
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1、春繚爛の花霞 彌生が岡の岡の上に 自治の女神が 塵寰低く眺めたる 六つの甍のたたずまひ 2、花に生れて花にほひ 碎けて水の白銀や 萬里の浪に浸りては 潮滿ち來る我力 光を注ぐ月なれば |
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1段3小節3音は、原譜は8分音符であるが、付点8分音符に訂正した。昭和10年寮歌集以降、1段2小節の音符下歌詞の「はながすみ」は、「はるがすみ」となっているが、これは誤り。 ハ長調・4分の4拍子はそのまま、譜はとんど変わらないが、昭和10年寮歌集で、次の箇所の連続した8分音符が、付点8分音符と16分音符に改められた。これで、全てのタタのリズムがタータに改められた。 1、「はながすみ」(1段2小節)の「はな」、 2、「ゆめふけて」(3段3小節)の「ゆめ」 3、「ぢんくわんひくく」(4段1小節)の「ぢん」と「くわん」 4、「むつのいらかの」(5段1小節)の「むつ」と「のい |
語句の説明・解釈
語句 | 箇所 | 説明・解釈 |
春繚爛の花霞 彌生が岡の岡の上に 自治の女神が |
1番歌詞 | 春、彌生が岡の岡の上に霞のように桜が群って咲き乱れている。寄宿寮には、自治の女神が育てた猛々しい虎のような一高生が将来の夢に備えて修業に励んでいる。六つの棟の一高寄宿寮の甍が汚れた俗世間を低く眺めながら、彌生が岡の岡の上に聳え立っている。 「繚爛の花霞」 遠くに群って咲く桜の花が、一面に白く霞のかかったように見えるさま。 「自治の女神が 自治の女神が育てた。「水飼う」は馬等に水をやること。 「伏すや猛虎」 将来ある日にそなえ伏している虎。籠城し修業する一高生を喩える。 「塵寰低く眺めたる 六つの甍のたたずまひ」 「榮華の巷低く見て 向ヶ岡にそゝりたつ」(明治35年「嗚呼玉杯に」1番)と同じ意。 「塵寰」は汚れた世界。俗世間。 「六つの甍」は、明治37年9月8日、朶寮が落成し、一高寄宿寮は六寮となった。 |
花に生れて花にほひ 碎けて水の白銀や 萬里の浪に浸りては 潮滿ち來る我力 光を注ぐ月なれば |
2番歌詞 | 桜に生まれて桜は色美しく咲き、水は砕けて水しぶきとなって銀のように白く輝く。我が力は、万里の波濤を越えて寄せてくる潮の如く猛々しく荒い。今日誕生日を迎えた寄宿寮は15歳、夜空を照らす月に喩えれば真ん丸の十五夜の満月である。 「にほひ」 色美しく映える。「花にほひ」とは、花が美しく咲くこと。 「水の白銀」 銀のうように白く輝く水しぶき。 「萬里の浪」 どこまでも続く浪、すなわち海。波濤万里。 |
西碧落の空遠く 王師一度旗振れば 嵐を起す鷲の羽も 吹雪にみだる血の香や 鐡嶺落ちて梓弓 ハルピン遠く今ぞ引く | 3番歌詞 | 青空の西の果て、満洲の地で、我軍が一たび戦闘に入れば、一搏翺翔嵐を起すという鷲のように猛々しいロシア軍の赤い血が白雪に飛び散って、腥風が漂う。満洲・遼寧省北東部の拠点鐡嶺が落ち、ロシア軍はハルピンから遠く撤退した。 「西碧落の空遠く」 西の空、遠く大陸(満洲)ではの意。「碧落」は、あおぞら。はて。明治37年2月8日、陸軍部隊仁川に上陸、連合艦隊、旅順港外の露艦隊を攻撃して日露戦争は火蓋を切った。 「王師」 皇軍。帝国陸海軍。 「嵐を起す鷲の羽も」 ロシア軍のこと。 「鐵嶺落ちて梓弓」 奉天会戦は3月1日から10日、鐵嶺は落ちたのは3月16日のことであり、紀念祭(3月1日)の後のことである(東大・森下先輩)。希望的見通しで、この歌詞を書いた。「梓弓」は、ハルピンにの「ハル」にかかる枕詞。また、「今ぞ引く」の「引く」の縁語となっている。 |
うたげ半の草筵 劔を取りて我舞へば 健兒の風に花ぞ散る 武香が岡の夕まぐれ 王師百萬偲ぶにも 偲ぶに餘る花の雪 | 4番歌詞 | 紀念祭の半ばの宴席で、剣をとって剣舞を舞えば、向ヶ丘の夕まぐれ、勇ましい一高健児の舞の風に桜の花が吹雪となって散る。満洲で戦っている我軍の戦果は、この花吹雪の花びらの数のように余りに多いので、全ての戦果を偲ぶことは出来ない。 「花の雪」 剣舞の風に舞う桜花の花びら。我軍の戦果に喩える。 |
紫匂ふ朝霧に こもる秋津の島がくれ 青黛わかつ練絹の 萬朶の薔薇富士が嶺や 銀箭走る諸襞に 自治の歩みの裾さばき | 5番歌詞 | 紫に映える朝霧がすっぽりと日本列島を蔽い、島影を隠している。青い黛で美しい眉を練り絹に書いたように八面玲瓏とした富士の峯が朝日に照り輝き萬朶のバラが咲いたように真っ赤だ。富士に積った万年雪が頂上から矢を放ったように裾野方向に襞を作っているが、各襞は、絡み合うことも乱れることもない。一高寄宿寮の自治の歩みにそっくりだ。 「秋津の島」 日本国の異称。 「靑黛」 あおいまゆずみ。また、青い黛で書いた美しい眉。「靑黛わかつ」とは、富士の山形をいうか。 「練絹」 練って柔らかくした絹布。 「萬朶の薔薇」 各枝にびっしり咲いた真っ赤なバラ。朝日に赤く映える富士の形容。晩夏から初秋に多く見える。葛飾北斎の富嶽三十六景の一つとして有名な所謂赤富士。 「銀箭走る諸襞」 「銀箭」は銀の矢。富士に積もった万年雪が尾を引き白く輝く様をいうか。「諸襞」は、襞のように波打って見えるところ。頂上から万年雪が銀の矢が走るように見える富士山の山襞。 「裾さばき」 着物の裾が乱れたり、からんだりしないような足のこなし。富士山の山襞が絡んだり乱れたりしないように、自治の歩みも、諸問題が絡んだり乱れたりしないように先人が上手く処理してきたの意か。 「前句『富士が嶺』が呼び起こす白雪におおわれた銀嶺のイメージに合わせて、舞を舞う若者がはいている練り絹の袴の裾が、銀の矢のように輝いて見える、という意だろう。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」) |
かざす橄欖旗の威に 紫竹を焼ける火は搖れて 薄紅させる櫻花 酒の水泡のほのぼのと どよめく春の夜は白う 柏に開く我運命 | 6番歌詞 | 難解。不十分を覚悟に、敢えて解釈すれば、次のとおり。賢明なる諸兄のコメントをお願いしたい。 一高生が帽章にかざす橄欖を讃えるように、紀念祭を祝う爆竹の竹は大きな音を発し、日露戦争で昂揚した一高生の意気のように燃え上がった。その火に映えて桜の花びらは薄紅を引いたように紅く、酒は発酵して泡を生じ、かすかに香りを放つ。大声で寮歌を歌った紀念祭の春の夜は、早や白々と明ける。国運をかけてロシアと戦争をしている時、我らの使命は、尚武の心を発揮し国を守ることにあるのだ。 「橄欖旗の威に」 「橄欖」は一高の文の象徴。しかし「橄欖旗」という旗はなく、橄欖旗という表現は一高寮歌ではきわめて珍しい。ここでは橄欖柏葉の一高の徽章をいうと解す。 「かざす」は、草木の花や枝、造花などを、髪や冠り物に挿す。また手に持って掲げる。ここでは、帽子を頭にかぶるの意と解す。 従って、「かざす橄欖旗の威に」とは、「一高生が帽章にいただく橄欖を讃えて」と訳した。 「紫竹を焼ける」 「紫竹」は真竹の一種。高さ15m程度で、往々内部が充実。二年目から黒紫色になる。防風用として人家の周囲に植える。舜の死を悲しんだ二人の妃の涙によって黒紫色に染まったものという伝説がある。次の「焼ける」は自動詞であるので、「を」は目的格でなく、間投助詞。 「焼ける」は下一段活用の自動詞。終止形、または連体形。燃える。「火」にかかる連体形とする。竹が燃えると、大きな音を立てる。紀念祭に爆竹を鳴らしたか? 紫竹は内部が充実していて、爆竹には不向きのように思われる。爆竹と考える場合の「紫」は、爆竹用のめでたい竹と解したい。 「薄紅させる櫻花」 本郷・一高の桜は、「櫻眞白く咲きいでて」(大正6年「櫻眞白く」1番)とあるように、吉野の山桜系統の白い桜。それが、「紫竹を焼ける火」に映えて、薄紅を引いたような色に輝いているの意。 「酒の水泡のほのぼのと」 発酵し泡を生じいい香を放っている。 「柏に開く我が運命」 柏の「柏葉」は一高の武の象徴。また、柏木には 葉守の神が宿るという伝説から皇居を守る「兵衛」と「衛門」を指す。露と国運をかけて戦っている時、一高生の使命は、尚武の心を発揮して国を守ることにある。 |