旧制第一高等学校寮歌解説
王師の金鼓 |
明治38年第15回紀念祭寮歌 東寮
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1、王師の金鼓地を揺れば 敵軍の旗 朦艟海を覆ひては 敵片隻の影もなし 野花繚亂の自治の城 健兒 2、歴史の 魔軍一度 自治の子つるぎ鞘拂ひ かの外敵を屠らずや 3、平和の風のそよぎては 人沈滞の色を見る 個人の聲の揚る時 共同の色旗いづこ 自治の子汝の筆とりて かの内冦を誅せずや 5、緋縅しるき若武者の そびらの梅に風ぞ吹く 長夜の眠今さめて 起つべき時は來りたり 鐵馬の蹄音高く 魔の陣破れ理想の兒 |
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昭和10年寮歌集で、ハ長調から同主調のハ短調に移調した。その他、譜の変更は、昭和10年寮歌集を中心に概要次のとおりである。なお、譜はハ長調読み。下線はタイ・スラー 1、「ちをゆれば」(1段3小節)の「を」 レ 2、「てきぐん のーはた やにみだ る」(2段) ラーソラド ソーソミド レーレミレ ドーー(このうち「ん」のドは大正14年寮歌集の変更。 3、「おほひて」(3段3小節) ドーレドラ 4、「てきへんせ」(4段1・2小節) ラーソラド ソーソ 5、「らーん」(5段2小節) ラーラ 6、「けーんじけらくの」(6段1・2小節)の「けーん」にスラーを付け、「じけ」をラ ソーに変更。 7、大正14年寮歌集で、「きーんこ」(2段2小節)の「んこ」がソラ、「かげもな」(4段3小節)の「げ」がド、「ときなり」(6段3小節)の「き」がドに変更されたが、すべて昭和10年寮歌集で元に戻った。誤植であったかもしれぬが、昭和3年寮歌集でも、この変更を踏襲している。 三部形式の歌曲。第1大楽節(1・2段の8小節)と第2大楽節(3・四段)はほぼ同じメロディー(A)、第3大楽節(5・6段)のみメロディーは異なる(B)。メロディー構成は、A-A-Bで、最後がクライマックスとなって高音となるが、最終の小節は「ときなりや」と低く収めている。 |
語句の説明・解釈
語句 | 箇所 | 説明・解釈 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
王師の金鼓地を揺れば 敵軍の旗 |
1番歌詞 | 帝国陸軍の進軍を告げる陣太鼓が地を揺るがせて鳴り響けば、敵ロシア軍は逃げ惑い、ロシア軍旗は野に乱れる。帝国海軍連合艦隊が海を蔽うように展開すれば、敵太平洋艦隊は退散し、その影もない。ひるがえって向ヶ丘の寄宿寮はといえば、春爛漫、野の花が咲き乱れている。一高健児は、花に浮かれて、うつつを抜かす時であろうか。いや、そうではない。 「王師の金鼓」 帝国陸軍の陣鉦と陣太鼓。このうち進軍は太鼓の音である。 「王師」は皇軍、ここでは帝国陸軍。「金鼓」は
「艨艟」 いくさぶね。軍艦。三笠を旗艦とする帝国海軍の連合艦隊。
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歴史の |
2番歌詞 | この14年間、一高野球部は無敵で、覇者の名を恣にしてきたが、一高が勝ち誇っている間に、早稲田・慶応野球部が台頭し、ついに彼等に敗れ、覇権を失った。自治寮の寮生よ、寮生・選手一体となって、猛練習を重ね、捲土重来、早稲田・慶應野球部に復讐し、栄えある覇権を奪還しよう。 「魔軍一度荒びては 覇者の礎動きあり」 明治37年6月1日の対早稲田大学(6-9A)、翌2日の慶應義塾(10-11A)の野球戦に破れ、14年間の王座を早慶に讓った。「魔軍」は早稲田・慶應野球部のこと。 「自治の子つるぎ鞘拂ひ かの外敵を屠らずや」 選手・寮生一体となって、猛練習を重ね、早稲田・慶應野球部に勝利して、覇権を奪還しよう。「外敵」は「魔軍」に同じ。「つるぎ鞘拂ひ」は、覇権奪還に燃える一高健児の意気をいう。 |
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平和の風のそよぎては 人沈滞の色を見る 個人の聲の揚る時 共同の色旗いづこ 自治の子汝の筆とりて かの内冦を誅せずや | 3番歌詞 | 日々を安穏に過ごせば、人は進歩がなくなって活気をなくしてしまう。寮内に個人主義の声があがる時、一高伝統の自治共同の主義や精神はなくなってしまう。自治を守る一高健児よ、校友会雑誌に寄稿するために筆をとって個人主義を主張する内敵を論破しなければならない。 「個人の聲 共同の色旗」 自治共同・勤儉尚武・籠城主義の一高伝統に対し、これを偽豪傑主義などと批判した個人主義の聲が出てきたこと。この寮歌は、こういった新思想の台頭を「校風の衰微」と嘆き、籠城主義と質実剛健を護持すべきと強く主張する。 「明治35年6月から12月、荒井恒雄は3回にわたり、校友会雑誌に「酒をを論ず」、「校風とは何ぞや」、「再び禁酒主義を論ず」を発表して、向陵に瀰漫した醉歌乱舞、飲酒の弊風と偽豪傑主義からの脱却を説いた。この頃、校風問題が盛んになり、これが後の魚住影雄の「個人主義の見地に立ちて方今の校風問題を解決し進んで皆寄宿制度の廃止に言及す」(明治38年10月の校友会雑誌)へと続いた。「籠城主義を保守反動思想と決めつけ、個人主義を尊重して自由寄宿制にせよと正面切って主張した魚住論文は、向陵始まって以来の一大波紋をまき起こした。」(「一高自治寮60年史」) 「内寇」 内敵。自治共同・質実剛健・籠城主義に反対する寮内の個人主義者。 |
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籠城十五の今日の春 春や昔の月影に 過ぎにし事を尋ぬれば 月は雲間にかくれけり 自覺の鐘は破れしを 耳 |
4番歌詞 | 向ヶ丘に籠城してから、この春で15年経った。昔と同じように寮を照らしている月影に、過去のことを尋ねたが、月は雲間に隠れてしまって、何も答えてくれない。個人主義派の寮生に、自覚を促す鐘が破れるほど、自治共同の大切なことを説いたが、分かってくれない。耳が聞こえなくなっているのだろうか。 「春や昔の月影に」 寮内には新思想が台頭しているが、月は昔のままである。その月に、「過ぎにし事を尋」ねるというもの。ただし、「月は雲間にかくれけり」とある。 古今747 「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つはもとの身にして」 「昔ながらの月影に 歌ふ今宵の紀念祭」(明治40年「仇浪騒ぐ」5番) 「自覺の鐘は破れしを 耳 個人主義派に対し、「自覺の鐘」が破れるほど自治共同の大切さを説いたのに、全然、説を改めようとしない。聞く耳を持たないのであろうか。「森の人」は個人主義思想の一高生。 |
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緋縅しるき若武者の そびらの梅に風ぞ吹く 長夜の眠今さめて 起つべき時は來りたり 鐵馬の蹄音高く 魔の陣破れ理想の兒 | 5番歌詞 | 華やかな緋色の縅の目立つ若武者の背中の梅に風が吹く。長い眠りから今覚めて、起つべき時が来た。自治の子一高生よ。武装した愛馬に鞭をあてて、足音も高く、外は早稲田・慶応の野球部を、内は個人主義の主張を蹴破ってやれ。 「 はなやかな緋色にそめた革・綾・糸組みの緒でおどしたもの。「しるき」は「著し」。明瞭で紛れることのない。「若武者」は一高生。 「緋縅着けし若武者は 鎧に花の香をのせて」(明治42年「緋縅着けし」1番) 「そびらの梅」 背中の梅。「そびら」は、背平(セビラ)の意。せなか。「梅」は自治の梅花。生田の森の源平の合戦で、梶原源太景李が梅の枝を箙に挿して奮戦した「えびらの梅」の故事を踏まえるか。 「自治の梅花に東風吹かば」(明治45年「筑紫の富士に」5番) 「鐵馬」 武装した馬。また、勢いの強い騎馬の喩え。 「魔の陣」 外では早稲田・慶應の野球部、内では寮内の個人主義思想の台頭のこと。両方をいう。 「理想の兒」 理想の自治を目指す一高生。 |
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風橄欖の花をのせ 護國の旗を翻す 籬落の外の春の色 未來の光榮に |
6番歌詞 | 橄欖の花が風に飛び散って、護国の旗を翻している。垣根の外の春の景色は、宵闇の中、夜が明けて朝日を受けて輝きたいと憧れる。すなわち、夜が明ければ、垣根の外の春の景色は、太陽の光に光り輝くことであろう。一千の一高健児が今宵の紀念祭に集って、寮の誕生を祝う。 「籬落の外」 垣根の外。 「未來の光榮に憧憬るゝ」 今宵の紀念祭とあるので、時は夜である。そのため「春の色」は暗闇の中、見ることが出来ない。「未来の光榮」とは、夜が明けて朝日が輝いて、春の景色が色美しく明らかになることと解す。「憧憬るゝ」とは、そうなればいいと待つこと。 「健兒一千向陵に」 1年生から3年生までの一高生の全校生徒数。 |