旧制第一高等学校寮歌解説

春は來ぬ

明治45年第22回紀念祭寄贈歌 東大

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1、春は來ぬ、都の眺め面白し。
  重たげに黙せる雲の動かざる
  冷たき影にとざされし、ものうき冬は過ぎ行きぬ。
  萌え出づる若草の芽の匂やかに、
  霞立つ大路に落つる日の光、
  晴れやかの大青空のおもてには
  薔薇色の雲こそうかべ輕らかに、
  眺め見よ、ふるへるばかり美しき。
  歌へ、われらの春はきぬ。

2、春は來ぬ、我等の若き心にも。
  あふるるや生の歡び、生の力。
  男の子此世に生れ出づ、などて空しく朽ちはてむ。
  いざさらば起てや、我等の途遙か、
  もろともに努力の鞭をふりかざし、
  試みん、我等の腕も力とを。
  聞ゆるよ、わが同胞の足踏みの音。
  心地よや、心にひびくその足ぶみ。
  歌へ力の充てる歌

*「あふるる」は昭和50年寮歌集で「あふるゝ」に変更。
*「腕も」は昭和10年寮歌集で「腕と」に変更。
*「歌へ」は昭和50年寮歌集で「歌へ、」に変更。
*各番歌詞の句読点は大正14年寮歌集で削除。
最初と最後の小節が不完全小節の弱起(アウフタクト)の曲となっている。音符下歌詞2箇所(第6段3・4小節「くもこそかかれ」、第7段最後「はるきたる」)は間違い。正しくは、「くもこそうかべ」、「はるはきぬ」だが、そのままとした。

この原譜は、現譜とまったく同じである(昭和10年寮歌集でスラー・タイの箇所を若干増やした)。


語句の説明・解釈  

歌詞 説明・解釈
春は來ぬ、都の眺め面白し。
重たげに黙せる雲の動かざる
冷たき影にとざされし、ものうき冬は過ぎ行きぬ。
萌え出づる若草の芽の匂やかに、
霞立つ大路に落つる日の光、
晴れやかの大青空のおもてには
薔薇色の雲こそうかべ輕らかに、
眺め見よ、ふるへるばかり美しき。
歌へ、われらの春はきぬ。
春が来て、都の眺めは趣深くなった。
どんよりと曇り重たげに黙って動かない、冷たい雲の影に閉ざされた、憂鬱な冬は過ぎ去った。
芽吹いた若草の芽は色美しく、霞のかかった大通りには日の光がそそぎ、青く晴れ渡った大空の姿は、バラ色の雲を浮かべて、軽やかである。
眺めて見よ、ふるえるばかりの美しい春の景色を。
歌え、我らの紀念祭の春が来たのだ。
春は來ぬ、我等の若き心にも、
あふるるや生の歡び、生の力。
男の子此世に生れ出づ、などて空しく朽ちはてむ。
いざさらば起てや、我等の途遙か、
もろともに努力の鞭をふりかざし、
試みん、我等の腕も力とを。
聞ゆるよ、わが同胞の足踏みの音。
心地よや、心にひびくその足ぶみ。
歌へ力の充てる歌。
春は我らの若き心にも来て、生きる喜び、生きる力が溢れている。
男子としてこの世に生まれてきて、どうして、名も残さず朽ち果ててしまうことなど出来ようか。
それならば、一高生よ、起て。我らの道は遙か遠く、寮生一丸となって刻苦勉励、努力を積み重ね、我らの実力を試そう。
我が仲間たちの練習する音が聞こえてくる。心地よい、心に響く球の音。
 歌え、力をこめて應援歌を歌おう。

「あふるるや生の歡び」
 「あふるる」は昭和50年寮歌集で「あふるゝ」に変更された。

「男の子此世に生れ出づ、などて空しく朽ちはてむ。」
 具体的には、野球部が明治37年に早慶に敗れ、覇権を失って以来、覇権奪還が未だなっていないことをいうか。
 「雄志は砕け覇圖やみて 男子の気魄今いづこ」(明治45年「あゝ平安の」1番)
 万葉 山上憶良978(をのこ)やもむなしかるべき万代(よろずよ)に 語り継ぐべき名は立てずして」

「などて」
 ナニトテの転。どうして。なぜ。

「腕も力とを」
 昭和10年寮歌集で「腕と力とを」に変更された。野球部の実力を鍛えることであろう。
 「双腕の力を誰か知る」(明治39年「波は逆巻き」3番)
 「男子として生まれた『我等の腕と力』の充実感と行動的意欲を歌い上げ」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)

「わが同胞の足踏みの音」
 野球部の猛練習をいうものであろう。「足踏みの音」は、練習の音。ランニングやノックの球の音であろう。

「歌へ力の充てる歌」
 應援歌のことであろう。「歌へ」は昭和50年寮歌集で「歌へ、」に変更された。
春なれや、若き心のうちふるひ、
かへりみてわが故郷をなつかしむ。
三とせなれにしわが宿の、記念日こそはうれしけれ。
しめやかに、春近づくを思はする、
雨の音を聽きつゝ、宵の灯の下に、記念日の用意したる日なつかしき
あゝ今宵、再びめぐり來りぬる
この宵を、思ひ出の歌うたひつゝ、
つどひてあらむ、よもすがら。
春のせいであろう、若い心は時めき、わが故郷向ヶ丘で過ごした頃が思い出されて懐かしい。三年を過ごした、わが寄宿寮の開寮紀念日は、晴々としていい気持ちだ。
ひっそりと物静かに、春は近づいているようだ。
窓の外の雨音にやきもきしながら、明日は晴れるだろうかと灯火の下で、飾り物の準備をした前夜のことがなつかしい。
あゝ、今宵、再び紀念祭イーブ(イブ)が巡って来たのだ。
今夜は、みんな集まって、夜通し、思い出の寮歌を歌いながら過ごそう。

「記念日の用意」
 紀念祭の飾り物などの準備であろう。「記念日」は大正14年寮歌集で「紀念日」に変更された。

「しめやかに」
 ひっそりと物静かに。跫音をしのばせて。

「雨の音を聴きつゝ」
 明日は晴れてくれと祈りながら。

「あゝ今宵、再びめぐり來りぬる」
 紀念祭か紀念祭イーブ(イブのこと)か。どちらとも解せる。ここでは、一応、イーブとする。
          
            
先輩名 説明・解釈 出典
一高同窓会 九行からなる各節が『五・七・五』の八回の繰り返しプラス『七・五』の結句で統一され、その詩想内容も和文調で明快かつ整然と表現されており、形式、内容ともに神経のよく行き届いた詩篇になりえている 「一高寮歌解説書」から。


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