旧制第一高等学校寮歌解説

あゝ平安の

明治45年第22回紀念祭寮歌 中寮

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1、あゝ平安の夢深く      虚榮の花の香を高み
  人誠意(まこと)なき世となれば   軟弱の卑歌耳を()
  雄志は碎け覇圖やみて   男子の気魄今いづこ

2、希望の星の輝きに      めぐる思想(おもひ)の潮を分け
  めざすは遠き理想の地   壯心胸に溢れたる
  健兒が熱き眞心を      見よ紅の旗の色

3、寒梅一枝春早み       香ゆかしき友垣や
  信義の(なさけ)厚くして      榮利を俗に求めざる
  操も清し色變へぬ       柏葉(かしは)の綠君見ずや
昭和10年寮歌集で、1から4段各2小節(音符下歌詞の ー の部分)にタイ、また「雄志は碎け」の次にブレス記号が付けられただけの変更、もとのままのメロディーである。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
あゝ平安の夢深く 虚榮の花の香を高み 人誠意(まこと)なき世となれば  軟弱の卑歌耳を()い 雄志は碎け覇圖やみて 男子の気魄今いづこ 1番歌詞 平和に浮かれ、ますます贅沢で虚飾に溺れ、誠意のない世の中となったので、軟弱の卑しい個人主義の主張が、耳がつんぼになるほど喧しい。野球部が再び天下に覇を唱えるとの雄々しい志は砕け、早慶からの覇権奪回は未だなっていない。一高健児の不撓不屈の気魄は、どこに消えてしまったのだろうか。

「あゝ平安の夢深く 虚榮の花の香を高み」
 平和に浮かれ、ますます贅沢で虚飾の生活を送ること。

「軟弱の卑歌耳を聾ひ」
 軟弱の卑しい個人主義の主張をいう。特に、「やゝ耽溺的となれる」文藝部の軟文学化をいう。
 明治45年、文芸部員秦豊吉が就任の辞に於て『吾人はひたすらに学生時代享楽主義を思ふ』と記し、大物議をかもした。弁論部は「やゝ耽溺的となれるの觀ある文藝部は校友の快しとする所にあらざりき。・・・殊に文藝部委員が就任の辭に於て『吾人はひたすらに學生時代享楽主義を思ふ』と記せるはこれ亦校友の喜ぶ所にあらざりき。・・・一高校風を正しきに導かん事を期して校風に関する演説会を開くに至れり」(「向陵誌」明治45年辯論部部史)。
 明治44年11月25日 弁論部主催第1回校風に関する演説会。第2回は、45年4月30日。
 「文芸部および校友会雑誌の軟文学化の風潮を慨嘆したものであろう。」(森下達朗東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)

「雄志は碎け覇圖やみて」
 「雄志」は、雄々しい志。「覇圖」は、覇者になろうとするはかりごと。具体的には、野球部が明治37年に早慶に敗れ、覇権を失って以来、覇権奪還が未だなっていないことをいう。
希望の星の輝きに めぐる思想(おもひ)の潮を分け めざすは遠き理想の地 壯心胸に溢れたる 健兒が熱き眞心を 見よ紅の旗の色 2番歌詞 今年開催の第5回オリンピック・ストックホルム大会に日本は陸上選手2名を初めて参加させる。昨年秋の駒場運動会で、一高は、1・2着を占めて優勝した。一高選手がオリンピックに参加して活躍する姿も夢ではなくなった。期待は大きく膨らみ、思いは駆け巡る。意気盛んな一高健児の熱き心は、唐紅の護國旗の如く燃えるのである。

「希望の星の輝きに」
 明治44年11月5日の駒場運動会(東京帝大農科大学主催)で、1・2着を占めて優勝したこと。野球部は覇権を奪還できないでいるが、陸上運動部は駒場運動会で優勝した。
 「駒場農科大學に於ける我が陸上運動部選手の應援を盛んならしめんが爲、11月4日全寮茶話會を開く。5日果して大勝す。乃ち全寮晩餐會を開く。」(「向陵誌」明治44年)

「めざすは遠き理想の地」
 オリンピック大会をいう。第5回オリンピック大会は、明治45年5月からストックホルムで開催予定で、日本からは陸上短距離で、東京帝大の三島彌彦(学習院出身)、マラソンで高師の金栗四三の陸上選手2名が、初めてオリンピックに参加した。
 「目指す所はオリンピヤ 二十世紀に鞭打ちて いでやためさん我腕」(明治34年「姑蘇の臺は」4番)

「壯心胸に溢れたる」
 オリンピックに参加しようと大きく夢が膨らむ。
 
「見よ紅の旗の色」
 紅の旗は一高校旗・護國旗。
 「たぎる血汐の火と燃えて 染むる護國の旗の色 から紅を見ずや君」(明治40年「仇浪騒ぐ」4番)
寒梅一枝春早み 香ゆかしき友垣や 信義の(なさけ)厚くして 榮利を俗に求めざる 操も清し色變へぬ 柏葉(かしは)の綠君見ずや 3番歌詞 寒中、梅の一枝が花をつけると、春は一気に進む。その香りゆかしき花の香に友垣を結ぶ一高生。信義の情が熱く、栄利聞達を求めず、綠もぞ濃き柏の葉のように志操清く節を曲げることはない。

「寒梅一枝春早み」
 寒中、梅の一枝が花をつけると、春は一気に進む。

「香ゆかしき友垣や」
 「友垣」は、交わりを結ぶのを垣を結ぶのにたとえていう。友達。
 「春や昔の花の香に 結び置きけん友垣や」(明治40年「仇浪騒ぐ」1番)

「柏葉の綠君見ずや」
 「柏葉」は一高の武の象徴。
 「カシワは、秋になっても枯れ葉は落葉せずに越冬し、翌春新芽が生えそろって初めて落葉するところから、『葉守りの神』のおわす神木とされ、その亭々たる樹容と相まって次第に人々の崇拝の対象とされるに至った」(辻幸一一高先輩「一高校章試論」(改訂版))
 「『柏』は、中国で『松柏』を操を変えないことの喩とすることを承けている。『柏』は日本で言う『かしわ』ではなく、常緑針葉樹の『ひのき』『このてがしわ』」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
 「綠もぞ濃き柏葉の」(明治36年「綠もぞこき」1番)
今や東亞の空あれて 嵐ぞすさぶ三千里 豺狼あまたせめぎては 群羊守る力なく 荒るるがまゝに渾沌と 禹域の末はあゝいかに 4番歌詞 辛亥革命で中華民国が成立し、清朝が滅亡した。残虐貪欲な豺狼のような西欧列強諸国が相争って利権を求めては、羊のようにか弱い中国に守る術はない。領土は荒れるがままに、混乱が続いている。中国の将来は、一体、どうなるのであろうか。

「今や東亜の空あれて」
 辛亥革命で中華民国が成立し、清朝が滅亡したこと。

明治44年 1月 1日 朝鮮で民族主義者大検挙(安岳事件)
10月10日 湖北武昌新軍の蜂起
11日 中華民国軍政府湖北都督府成立(辛亥革命)
11月20日 各省代表、上海で武昌政府を中央政府として承認
12月29日 孫文、臨時大総統に選ばれる
明治45年 1月 1日 中華民国成立、南京を首都とする
2月12日 宣統帝退位、清朝廃絶
(3月10日 袁世凱、臨時大総統就任、北京を首都とする)

豺狼(さいろう)
 欧米列強諸国。豺狼は、やまいぬとおおかみ。残虐・猛悪・どんよくな者のたとえ。5番の虎狼も同じような意味。

「せめぎては」
 「せめぐ」は、中国の利権を得ようと互いに争い合う。

「群羊守る力なく」
 羊のようにか弱い中国には、欧米列強諸国に対抗する力はない。

「荒るるがまゝに」
 「荒るる」は昭和50年寮歌集で「荒るゝ」に変更された。

禹域(ういき)
 中国の別名。禹が洪水を治めて中国全土の九つの州の境界を正したことに基づく。
父祖建國の偉圖(いと)()ぎ せめぐ虎狼を打ち(はら)ひ 恩威になびく金色の 民を救ひて常久(とことは)に 覇業の基定むべき 使命(つとめ)果すはあゝ誰ぞ 5番歌詞 父祖建国の偉大な計画を引き継ぎ、利権を得ようと相争う西欧列強諸国を打ち払い、我国の恩恵と威光に従うアジアの民を救って、永久に東亜の盟主たる基を築く使命を果たすのは、一体全体、誰であろうか。我ら一高生をおいて他にいない。

「偉圖」
 偉大な事業計画。宇内(天下、世界)の覇者、東亜の盟主たらんとすること。
 八紘一宇 日本書紀 「兼六合以開都、掩八紘而為宇」(世界を一つの屋根をすること)
 「三千年の建国の 理想の偉圖を詔ぎなさん」(明治44年「月は朧に」2番)
 「天二日なく地に一王 世界に統べんその心」(明治44年「妖雲瘴霧」3番)
 「父祖建業の跡如何に 雄圖の頁くりかえし 計るは洋の西東」(明治43年「新草萠ゆる」5番)

「せめぐ虎狼を打ち攘ひ」
 利権を得ようと相争う欧米列強諸国を打ち払い(特に満蒙の特殊権益について協議を重ねている露のことか)。

「恩威になびく金色の民を救ひて」
 朝鮮のように我国の恩恵と威光に従う東洋諸国を救って。金色の民は、黄色人種のこと。朝鮮は明治43年8月に日本に併合。
 「いふ勿れ唯清人と 金色(きんしょく)の民彼もまた」(明治37年「征露歌」9番)

「覇業の基定べき」
 「覇業」は、東亜の盟主となること。
光榮(はえ)の歴史を重ねつゝ 春二十二の紀念祭 自治燈赤く花かをる 今宵健兒が祝歌(ほぎうた)の 雲にも響け若き血の たぎりは胸に高ければ 6番歌詞 一高寄宿寮は、光栄ある歴史を重ねて、この春、22回目の開寮記念を祝う。自治は益々盛んで、自治燈の灯は赤く、桜の花は色美しく映えている。今宵、紀念祭を祝う一高生の寮歌は、若き血潮が胸に高く滾っているので、天高く雲にも響き渡ることであろう。
                        

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