旧制第一高等学校寮歌解説
春より暮れて |
明治45年第22回紀念祭寮歌 南寮
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1、春より暮れて春に入る 時の恨みはながけれど 朝、小鳥の巣を出でて 向が陵に高鳴けば うら若き日の思ひ出に 夢ゆたかなるわれら哉 2、巷の霧に影を見せ 疲れて消ゆる 若き 3、春、あたゝかき若草の あさき綠に指を染め 秋、まどかなる夕月の 光ほのめく窓に倚り 語りてつきぬ思ひより 若き生命は 4、暮れて明るき六寮に 歌へる聲も清らけく 彌生は空に立ちかへり 風あたたかく薫り來て 宴の 5、うすき綠の盃に あふるゝ思ひ滿たしめよ 紅の 光を惜みいつまでか かたみにくみて語らなむ *2・3・4番の最後の句点は大正14年寮歌集で削除。 |
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昭和10年寮歌集で、3段2小節3・4音にタイ、同段3小節3・4音にスラーが付く、3段を除く各段2小節3・4音の間にブレス記号が入った。メロディーは全くこの原譜に同じといっていい。これだけの愛唱歌が100年間、一音も変わらず歌われてきたのは驚きである。 |
語句の説明・解釈
向陵生活をこれほど明るく軽快に詠った寮歌は、他に見当たらない。一つの音も変わらず昔のままのメロディーで、先輩から後輩へ100年近く連綿と愛好されてきた所以であろう。 |
語句 | 箇所 | 説明・解釈 |
春より暮れて春に入る 時の恨みはながけれど 朝、小鳥の巣を出でて 向が陵に高鳴けば うら若き日の思ひ出に 夢ゆたかなるわれら哉 | 1番歌詞 | 春が終わって、また新しい春が来る。別れの春が廻ってくるのは、たいへん悲しいことであるが、一高生は、別れを歎くことなく、朝、一高寄宿寮を出て、向ヶ丘で意気高く寮歌を歌っている。一高生には、若き三年間を夢豊かに過ごした向ヶ丘での思い出があるのだ。 「春より暮れて春に入る」 春が去って、また新しい春が来る。紀念祭の春を起点に時の経過を表現。「暮れ」は、時間・季節が終わる。 「時の恨みはながけれど」 別れの春が毎年巡ってくる時に対する恨みは長いけれども。別れを繰り返すことは不満で悲しい。。2番の「運命の前に嘆く」にほぼ同じ。 「悲しき春の立ち來れば」(大正6年「櫻眞白く」1番) 「朝、小鳥の巣を出でて」 「小鳥の巣」は、一高寄宿寮。 「向が陵に高鳴けば」 向ヶ丘で意気高く寮歌を歌えば。 「運命の前に嘆くとき 橄欖の下あひよりて 若き生命のみなぎりに うたひし歌をわすれめや」(本寮歌2番歌詞)。 「うら若き日の思ひ出に」 「思ひ出」は、思い出す縁として。 「夢ゆたかなるわれら哉」 夢豊かに若き三年間を向ヶ丘で過ごしたことは、一高生にとって大きな誇りであり、人生の大きな力となる。 「嗚呼紅の陵の夢 其の香其の色永劫に 旅行く子等の胸に生き 強き力とならん哉」(大正3年「黎明の靄」2番) |
巷の霧に影を見せ 疲れて消ゆる |
2番歌詞 | 人生の旅の途中、真理の追究と人間修養のために向ヶ丘の一高寄宿寮に旅寝する。三年というほんの短い年月が過ぎると、旅の疲れを引きづりながら、友と別れて、また別の旅に旅立たねばならない。この運命を前にして歎く時、友と橄欖の下に相寄って、若い命をみなぎらせて歌った寮歌を思い出してほしい。そうすれば、嘆くことなどなくなる。 「巷の霧に影を見せ」 人生の旅の途中に、向ヶ丘に少しの間だけ姿を見せ。「巷」は、道の分かれるところ。本郷追分の一高寄宿寮である。「嗚呼玉杯に」の「榮華の巷」(1番)の俗界を意味する巷とは異なる。 「疲れて消ゆる行人の 運命の前に嘆くとき」 人生を旅としてとらえ、その若き3年間を真理追求と人間修養のため向陵で過ごす。3年の向陵生活を終えると、旅の疲れを引きづりながら、また別の旅立ち(大学進学)のため、寮生は別れ別れとなる運命にある。 「旅の疲れに辿りゆく」(明治44年「光まばゆき」1番) 「橄欖の下」 一高キャンパスで。橄欖は一高の文の象徴。本郷・一高の本館前には橄欖( |
春、あたゝかき若草の あさき綠に指を染め 秋、まどかなる夕月の 光ほのめく窓に倚り 語りてつきぬ思ひより 若き生命は |
3番歌詞 | 春、若者同士が知合って友となり、秋、夕暮に出る満月の光で、ほのかに明るい窓辺に倚り、友と尽きぬ思いを語り合う。若者は、こうして友との友情を深めながら成長してゆくのである。 「指を染め」 春秋左伝宣公四年 物を指につけて味見する。転じて、物事に着手する。やりはじめる。ここでは、若者同士が知り合って友となるの意。 |
暮れて明るき六寮に 歌へる聲も清らけく 彌生は空に立ちかへり 風あたたかく薫り來て 宴の |
4番歌詞 | 日が暮れて六寮に灯がともって、あちこちの部屋で、寮歌の声が清らかに上がる。向ヶ丘の空に暖かい春風が吹いて、春の香りを運んできた。紀念祭の宴の燈火が瞬いて、趣深い今宵である。 「暮れて明るき六寮に」 日が暮れて、六つ寮に灯がともる。六寮とは、東・西・南・北・中・朶寮をいう。 「六寮にてる燈火に」(明治44年「光まばゆき」2番) 「彌生は空に立ちかへり」 彌生は陰暦3月。向ヶ丘の空に春風が吹き、春が帰ってきた。 |
うすき綠の盃に あふるる思ひ滿たしめよ 紅の |
5番歌詞 | うすい上等な緑の杯に、あふれる思いを満たそう。夜が更けても、なお明るく輝く自治燈の光を惜しんで何時までも、若い赤い唇に酒を浸して、杯を交わしながらお互いの思いを心行くまで語り合おうではないか。 「うすき綠の盃に」 「『緑杯』は緑の玉で作った杯の意か。または、『緑酒』の入った杯の意か。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」) 酒、杯両方に解釈可能である。ただし、寮生が上等な玉の杯で酒を飲むことはない。杯と解する場合も、綠は美称である。 「あふるる思ひ」 「あふるる」は昭和50年寮歌集で「あふるゝ」に変更された。 「かたみにくみて」 お互いに酌み交して。酌むのは酒と思い(友情)の両方である。 |
先輩名 | 説明・解釈 | 出典 |
一高同窓会 | 同じ青春を詠った寮歌でも東寮々歌「しづかに沈む」や西寮々歌「霧淡晴の」に比べ、表現が明朗快活で、『若き生命』の躍動感をよく把えていて滞りがない。 |
「一高寮歌解説書」から |
井上司朗大先輩 | あくまでも軽快明朗でいて、しかも観る処はふかく、捉える処はしっかり捉えている秀作と評する。 | 「一高寮歌私観」から |