旧制第一高等学校寮歌解説

華陽の夢

明治44年第21回紀念祭寮歌 東寮

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1、華陽の夢の花泛ぶ     世は濁江の波枕
  漂ふ舟の影(はる)か       天潯高く渺と
  久遠の雲を仰ぐとき     春は夕の鐘を聞く
*「漂渺」はS50年寮歌集で「縹渺」の字に改訂された。

3、遠音を誘う夕風に      そよぐ柏の下葉蔭
  綠の枝に袖觸れて      心の露を掬ひつゝ
  友の籬に咲きいでし     血汐の花の夢に醉ふ
  
5、長白山の雪解けて      草柔かく萠ゆるとき
  健兒の歌の天翔り      (かけ)啼く野邊に響けかし
  望みの春の數そひて     光あるかな二十一
4段の音符下歌詞「天潯」「漂渺」の漢字は、そのまま。

昭和10年寮歌集で、次の変更があった。
1、4段1小節「てんじん」  「てん」「じん」ともに、4分音符を付点8分音符と16分音符の二つに分解変更。
2、4段3小節「ひょーびょー」  びょー(漂)の4分音符を付点8分音符と16分音符に分解変更。
3、スラー・タイを新たに2箇所付けた。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
華陽の夢の花泛ぶ 世は濁江の波枕 漂ふ舟の影(はる)か 天潯高く漂渺と 久遠の雲を仰ぐとき 春は夕の鐘を聞く 1番歌詞 日露戦争が終わって、俗人は平和に浮かれ、その乗る舟は沖合遠く濁れる海に漂っている。向ヶ丘に立ち、はるか遠く空高く聳える霊峰富士の嶺を仰げば、春霞の彼方から入相の鐘の音が聞こえてくる。

「華陽の夢の」
 日露戦争の勝利の夢からさめやらず浮かれている状態。
 「桃源郷裡夢深く 華陽の眠りいつ醒めむ」(明治43年「颶風を孕み」2番)
 「六朝梁の陶弘景は、江蘇省句容の句曲山に隠棲し、華陽隠居、華陽真人と称し、よく神仙の術を行なった。」(井下一高先輩「一高寮歌メモ」)
 「書経『武成』篇に、周の武王が殷の紂王を伐ち、その武功が成就したこと、そして武器はしまって文徳を布き、馬を崋山の陽(南)に帰し、牛を桃林の野に放って、天下にもう用いないことを示したと記されている。このことから、『天下泰平』を貪ることを『華陽の夢』と表現したと考えられる。」(東大森下先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)

「漂ふ舟の影杳か」
 沖合遠く俗人の乗る舟が漂っている。
 「濁れる海に漂へる 我國民を救はんと」(明治35年「嗚呼玉杯」3番)

「天潯高く縹渺と」
 はるかかなたに高く聳える。「天潯」は天の淵。空のはて。「縹渺」は、かすかにみえる。

「久遠の雲」
 霊峰富士の高嶺と解す。雲のように高く聳え、一高生に永遠の真理を諭す。

「夕べの鐘」
 入相の鐘。鐘は上野か、浅草か。それとも本郷界隈の鐘か。
彩霞の空にどよみゆく 鐘の響に籠りたる 自治共同の高鳴りや  寒雲(とばり)深けれど 剛毅を叫ぶ法音は 心耳(しんに)(ひら)けうつし世の 2番歌詞 栄華の巷の空に響き渡る鐘の音には、自治共同の高鳴りが籠っている。どんよりと重い冬の雲は、障害となって、音はなかなか伝わらないが、剛毅の心を説く鐘の音は、浮かれた世間の人たちを啓蒙し、目を覚まさせることだろう。

「彩霞の空」
 栄華の巷の空。「彩霞」は、美しい朝焼け・夕焼けの雲気。美しい色のもや・かすみ。奢侈に耽り平和に浮かれた俗人が暮らす栄華の巷と解す。

「どよみゆく」
 「どよむ」は響き渡る。

「寒雲帳深けれど」
 どんよりとした冬の雲は、障害となって、音はなかなか伝わらないが。「寒雲」は、冬空の雲。

「剛毅を叫ぶ法音は 心耳を啓けうつし世の」
 剛毅の心を説く鐘の音は、浮かれた世間の人たちを啓蒙し、目を覚まさせることだろう。「剛毅」は、意志がしっかりして物事に屈しないこと。質実剛健。「法音」は、説法または読経の声。ここは鐘の音。心耳は心の耳。心。
遠音を誘う夕風に そよぐ柏の下葉蔭 綠の枝に袖觸れて 心の露を掬ひつゝ 友の籬に咲きいでし 血汐の花の夢に醉ふ 3番歌詞 夕風が遠くから剛毅を叫ぶ鐘の音を向ヶ丘に運んできて、柏の下葉がそよぐ。奇しき縁で一高寄宿寮で友と出合い、友情を育んで、友の契りを結んだ。友垣の中に咲いた熱き友情の花に醉いながら寮生活を送っている。

「遠音を誘う夕風に」
 遠音は遠くから聞こえる鐘の音。自治共同の高鳴りであり、剛毅を叫ぶ。

「そよぐ柏の下葉蔭」
 「柏の下葉蔭」は、一高寄宿寮。柏葉は一高の武の象徴。一高生は、若き日の三年間、真理の探究と人間修養のために向ヶ丘に仮寝する。その仮寝の場所が「柏の下葉蔭」である。
 「柏の下葉ゆるがせて あしたの鐘はひヾきたり」(明治39年「柏の下葉」1番)
 「柏蔭に憩ひし男の子」(昭和12年「新墾の」3番)

「綠の枝に袖觸れて 心の露を掬ひつゝ」
 奇しき縁で一高寄宿寮で出合い、肝胆相照らして。「綠の枝」は、一高の武の象徴である柏葉の枝。「袖觸れて」は、人生の旅の途中、たまたま柏の下葉蔭で出合って。一高寄宿寮で出合って。「心の露」は、友情。
 「奇しき丘邊の邂逅に 友の情に噎びては」(昭和11年「春や朧の」5番)

「友の籬に咲きいでし」
 友垣に咲いた。友との交わりの中に咲いた。「籬」は、竹・柴などを粗く編んでつくった垣。

「血汐の花の夢に醉ふ」
 「血汐の花」は熱き友情の花。。
 「友の憂ひに吾は泣き、吾が喜びに友は舞ふ」(明治40年「仇浪騒ぐ」4番)
 「いざ青春の感激を 紅の血に描きてん」(昭和5年「春東海の」6番)
覺めよ(あした)の鐘の音に 若き命の力えて 今蘇へる橄欖の 生ける薫を吹き迷ふ 六寮とざす春風に 新しき世の叫びあり 4番歌詞 新しい朝を告げる鐘の音に目覚めよ。春になり、今、橄欖は新しい命を得て甦った。六寮に籠るものみな蘇らせる橄欖の香を世間に吹き送る春の風に、新しい世の叫びがある。すなわち、東亜の盟主として韓国を併合した今、平和に浮かれ奢侈に耽る時ではない。今こそ、一高の尚武の心が必要であると警告する。この警告は、また寮内の軟弱分子に対するものでもある。

「覺めよ朝の鐘の音に」
 警醒の鐘の音に目覚めよ。

「若き命の力えて 今蘇る橄欖の」
春になって新しい命を得て、橄欖は蘇った。「橄欖」は、一高の文の象徴。
 「春甦るときめきに 燃ゆる若樹の光より」(大正9年「春甦る」1番)

「生ける薫を吹き迷ふ」
 春にものみな蘇らせる橄欖の香を吹き散らす。「生ける」は、生き返らせる。

「六寮とざす春風」
 「六寮」は、東・西・南・北・中・朶寮。「とざす」は、閉じ込める。他動詞で目的語は「生ける薫」と解した。六寮が閉じ込めている、春にものみな蘇らせる橄欖の香を世間に吹き散らすの意。

「新しき世の叫びあり」
 新しき世すなわち韓国併合の今こそ一高の勤倹尚武の心が大切である。個人主義軟弱の校風論者、また平和に浮かれ奢侈に耽る俗世間に対する警告。
 明治43年8月22日 韓国併合に関する日韓条約調印 同29日 韓国の国号を朝鮮と改め、朝鮮総督府をおく旨公布。
 明治42年5月27日 「校友会雑誌」より軟弱分子を排除せよとの意見多く出る。
 明治43年2月28日 「校友会雑誌」批判募り、文芸部委員は寮委員に対し雑誌の内容を4月から改める意思ありと言明。
 
長白山の雪解けて 草柔かく萠ゆるとき 健兒の歌の天翔り (かけ)啼く野邊に響けかし 望みの春の數そひて 光あるかな二十一 5番歌詞 長白山の雪が融けて、野に新草が芽生える時、すなわち日韓のわだかまりが解けて、明治43年8月23日、両国間に韓国併合に関する条約が結ばれた。一高生の寮歌が山を越え海を越え、同じ日本の国となった朝鮮の野辺にも響いてほしいものだ。紀念祭も年を加えて、輝かしく21回目を迎えた。

「長白山の雪解けて」
 明治43年8月22日の韓国併合に関する日韓条約調印をいう。
 「長白山」は、中国東北部と朝鮮との境にそびえる火山、朝鮮では白頭山。松江江・豆満江と鴨綠江との中間にある長白山脈の主峰で、海抜2744メートル。朝鮮を象徴する山で、日本でいえば富士山に相当する。

「健兒の歌の天翔り 鷄啼く野邊に響けかし」
 一高生の寮歌が山を越え海を越え、同じ日本の国となった朝鮮の野辺にも響いてほしいものだ。
 「鷄」は、鷄林(朝鮮の異称)をかける。

「數そひて 光あるかな二十一」
 紀念祭も年を加えて、輝かしく21回目を迎えた。
                        


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