旧制第一高等学校寮歌解説

煙に似たる

明治43年第20回紀念祭寮歌 北寮

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1、煙に似たる花霞        縹緲としてあけゆけば
  いくその影象(かたち)ひともとの   生命(いのち)に匂ふ春の國
  無象の(そら)の姿さへ       希望(のぞみ)ある哉吾世界

2、たのしからずや暁の      光の如き吾か生命(いのち)
  うれしからずや歡樂(よろこび)の     雲雀の如き友が胸
  消えて敢果(はか)なき浮雲も     われには深き啓示(さとし)あり
*「敢果なき」は昭和10年寮歌集で「果敢なき」に訂正。

3、青葉城下の凱歌(かちうた)を       あこがれ惜む事勿れ
  若草青む七丘に        もゆる血潮のうすれては
  かなしからずや古ローマの  玉座に風の寒かりき
3段4小節2音は4分音符であったが、8分音符に訂正した(平成16年寮歌集添付の原譜に同じ)。また3段3小節下の歌詞は、「トヒモト」とあったが、これを誤植とみて「ひともと」と訂正した。
 
昭和10年寮歌集で、次のとおり変更された。
1、ハ長調は変わらず、拍子8分の4拍子は、4分の2拍子に表示変更された。
2、「いくそのかたち」(3段1・2小節)の部分は、1オクターブ低く変更され、歌い易くなった。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
煙に似たる花霞 縹緲としてあけゆけば  いくその影象(かたち)ひともとの 生命(いのち)に匂ふ春の國 無象の(そら)の姿さへ 希望(のぞみ)ある哉吾世界
1番歌詞 煙が立ち昇る姿に似た花霞、かすかに霞が晴れていくと、一本の萬朶の桜が姿を現す。春となって生命が甦り、生き生きと光りに輝いている。我が希望は、果てしなく広い空のように、大きくどこまでも膨らむ。

「煙に似たる花霞」
 花霞は、一面に白く霞のかかったように見える遠方に群って咲く桜の花をいうが、ここでは一本の桜の木。その花霞は、煙が昇る姿に似ている。
 「烟り争ふ春霞 春は都の花に暮れ」(大正15年「烟争ふ」1番)

「いくその影象ひともとの」
 「いく」は「生」(接頭語)で、生命がさかんなのを誉める語。「ひともと」は、草や木などの一本。

「縹緲」
 ほのかにみえるさま。かすかではっきりしないさま。広くて限りないさま。
たのしからずや曉の 光の如き吾か生命(いのち) うれしからずや歡樂(よろこび)の 雲雀の如き友が胸 消えて敢果(はか)なき浮雲も  われには深き啓示(さとし)あり 2番歌詞 楽しいではないか、暁の光のようにこれから光り輝いてゆく我が人生は。うれしいではないか、空高く囀る雲雀のように、高い理想に胸を震わせて語る友と歓談するのは。やがて消えてしまう、はかないいのちの浮雲からも、人間の力では知り得ないような深い真理を諭される。

「たのしからずや曉の」
 「曉」は、夜が明けようとして、まだ暗いうち。夜の白んでくる来る時刻は曙という。

「うれしからずや歡樂の雲雀の如き友が胸」
 うれしいではないか、空高く囀る雲雀のように、高い理想に胸を震わせて語る友と歓談するのは。



青葉城下の凱歌(かちうた)を  あこがれ惜む事勿れ 若草青む七丘に もゆる血潮のうすれては かなしからずや古ローマの 玉座に風の寒かりき
3番歌詞 対二高戦は柔道・撃剣共に必勝を期さねばならない。前回、仙台遠征で勝鬨をあげ感涙に咽んだ思い出にいつまでも浸っていてはだめだ。ローマは、ティベル河畔の七丘に建設された小さな古代都市国家が世界帝国へと大発展を遂げた。その古代ローマ帝国が衰退し滅亡したのは、勇猛な戦士であった先祖の気迫を失い、傭兵に頼って自ら先頭に立って戦うことをやめてしまったからだ。ついに476年、西ローマ帝国は傭兵のオドアケル隊長によって、国を滅ぼされた。柔道部も撃剣部も、ただひたすら勝利を求め、熱き情熱を傾けよ。

「青葉城下の凱歌を あこがれ惜しむ事勿れ」
 柔道部・撃剣部ともに対二高戦を前に、前回仙台で勝利した昔の思い出ばかりに浸っていては駄目だ。4番の句「今日の戦勝ちてこそ 若き男子の譽なれ」といいたいのだろう。
 明治43年1月、柔道部は11年ぶりに、撃剣部は4年ぶりに、二高と4月にそれぞれ対校戦を行なうことを決定。柔道部は朶寮一、二、三番室に合宿、撃剣部も朶寮四、五番室で合宿、ともに猛練習を開始した。2月21日には、校長以下出席して選手推薦式、夜には激励のための全寮晩餐会が開催された。
 (後日の試合結果は、柔道部は猛練習のため試合前に負傷者が続出したため、二高三人を残して一高の負け、逆に撃剣部は大将・副将を残して一高の勝ち。)
 「この寮歌の解釈に当たっては、作詞者の吉植庄亮が撃剣部の闘将であったことを念頭におく必要がある。・・・『青葉城下の凱歌』とは、明治39年4月4日に撃剣部が仙台で行われた対二高戦に勝利したことを指し、その勝利の思い出を懐かしむだけにとどまっていてはならないと警鐘を鳴らしていると解する。」(森下達朗東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)

「若草青む七丘に」
 七丘は、古代ローマの都市国家が建設されたローマの七つの岡。古代ローマの中心地。

「もゆる血潮のうすれては」
 「もゆる血潮」は、戦に対する熱い情熱。自ら戦うことをやめ、戦いは、次第に傭兵に頼っていった。

「玉座に風の寒かりき」
 (熱き情熱をなくせば)あの古代ローマ帝国だって滅んでしまう。西ローマ帝国が傭兵隊長オドアケルによって滅ぼされたことを踏まえる。
古りし夢追ふ懈怠(おこたり)は 捨てよ沙漠の如くにも 生命(いのち)の泉涸れやせん 醒めよと響く鐘の音に 今日の戰勝ちてこそ 若き男子(をのこ)の譽なれ 4番歌詞 昔の勝利の夢に酔ってばかりで、練習を怠るようなことは止めよ。いくら猛練習に励んでも、生命の泉が沙漠となって枯れるということはない。警鐘の音に目を醒まし、今度の対二高戦に勝ってこそ、初めて一高健児の譽といえる。

「古りし夢追ふ懈怠(おこたり)
 昔の勝利の夢に酔って、練習を怠ること。
友よ希望(のぞみ)は我にあり 瞳ひらきて廿年(はたとせ)の 曙の色ながめ見よ おほあめつちの姿にも 胸にみなぎる若人の この力あり光あり 5番歌詞 友よ、勝利の望みは一高の方にある。目を開いて、一高20年の輝かしい栄光の歴史を振返って見よ。一高健児の胸には、この栄光の歴史の力と光が漲っているのだ。

「曙の色ながめ見よ」
 輝かしい栄光の歴史を振返って見よ。「曙」は、夜がほのかに明けようとして、次第にものの見分けられるようになる頃。暁の次の段階。 
                        


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