旧制第一高等学校寮歌解説

若草もえて

明治42年第19回紀念祭寄贈歌 東大

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1、若草もえて水ぬるむ    今日初春の新衣(にひごろも)
  袂ゆかしき梅が香に    思出多き夕まぐれ
  ほゝえむ月を仰ぎては   母校の春を偲ぶ哉

2、清き柏の朝露に       夢を洗ひてよる窓や
  上野の森はほのかにて  紅燃ゆる雲の色
  臅れなば焼かむ熱き血の たぎる胸にも似たらずや

4、あゝ光榮(はえ)多き向陵の    三年の春は短くて
  身は暗ふかき野路山路  別れて四方に出づるとも
  など惑はんや我心     おどろが(もと)もふみ分けて
この譜の変更はない。ただし、曲頭の「緩かに」の文字は昭和50年寮歌集で削除された。
明治39年音楽隊作「みよしのの」に次ぐ8分の6拍子の寮歌で、不完全小節で始まるアウフタクト弱起の曲である。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
若草もえて水ぬるむ 今日初春の新衣(にひごろも) 袂ゆかしき梅が香に 思出多き夕まぐれ ほゝゑむ月を仰ぎては  母校の春を偲ぶ哉 1番歌詞 若草が芽吹き小川の水が温む。今日は春着に着替えた。袂には懐かしい梅の香りがして、向ヶ丘のことが多く思い出される夕暮れである。やさしく照る月を仰いでは、母校の紀念祭を偲んでいる。

「今日初春の新衣」
 今日は、春用の着物に着替えた。
 「初春」は、三春の初春・仲春・晩春の初春。春のはじめ。新年。
 「新衣」は、普通は、仕立てたばかりの着物。ここでは春の初め、春着に衣替えしたとの意と解した。

「袂ゆかしき梅が香に」
 「ゆかし」は、何となく懐かしい。心がひかれる。
 「梅が香」は、「自治の梅花」の香であり、「友垣」を結んだ梅の香である。
 「春や昔の花の香に 結び置きけん友垣や」(明治40年「仇浪騒ぐ」1番)
 「自治の梅花に東風吹かば 遙かに『匂ひおこせ』かし」(明治45年「筑紫の富士」5番)

「ほゝゑむ月を仰ぎては」
 やさしく照る月を仰いでは。「ほゝゑむ」は、三日月がよく描かれるが、ここは光を注ぐ意と解した。月は、新渡戸校長を暗示しているのであろうか。

「母校の春」
 「母校」は、もちろん一高だが、東大寄贈歌で「母校」の語を使うのは珍しい。5番では、「故郷」の語を使う。「春」は、紀念祭。
清き柏の朝露に 夢を洗ひてよる窓や 上野の森はほのかにて 紅燃ゆる雲の色 臅れなば焼かむ熱き血の たぎる胸にも似たらずや 2番歌詞 清い柏の朝露で心の迷いを洗って窓辺に寄る。朝霧に霞む上野の森の雲は朝焼けで真っ赤な色に燃えている。触れただけで火傷をしてしまいそうな程、熱い血の滾っている一高生の胸に似ているではないか。

「清き柏の朝露」
 一高精神の粹ともいうべきもの。「柏」は、一高の武の象徴の柏葉の柏。
 「同じ柏の下露を くみて三年の起き臥しに 深きおもひのなからめや」(明治40年「仇浪騒ぐ」2番)
 「圓かに更くる夢と夢 一つに結ぶ露の玉 雲紫の朝には 崇き希望の胸と胸 同じ調べに躍るかな」(同上寮歌3番)

「夢を洗ひて」
 心の迷いをとり去って。「夢」は理想とも解せるが、迷夢とした。「洗ふ」は、水につけてこすり、物の汚れをとり去る。

「臅れなば焼かむ熱き血の たぎる胸にも似たらずや」
 「たぎる血汐の火と燃えて」(明治40年「仇浪騒ぐ」4番)

「上野の森はほのかにて」
 上野寛永寺、上野公園の辺り。一高からは言問通りを下ればすぐ。今は見えないが、当時は本郷から見渡せたのだろう。一高寮歌で地名の出てくるのは珍しい。
 「ほのか」は、光・色・音・様子などがうっすらとわずかに現れること。朝霧のせいであろうか、上野の森が霞んで見える。
彼方芙蓉の(みね)遠く 霞に消えで橄欖の 花の香淡く暮れゆけば 見よ夕づゝの(かげ)さえて 思ひも澄みぬ岡の上 静かに友と語るべく 3番歌詞 はるか遠く富士の霊峰を望むここ向ヶ丘に、霞が立ちこめ、橄欖の花が見えなくなった。橄欖の残り香だけがかすかにただよっていたが、やがて夕暮れとなり、夜空に宵の明星が輝いた。その澄んだ光の下、一高生の心も澄んで、静かに友と語るにふさわしい雰囲気となった。

「芙蓉の嶺」
 富士山。
 「芙蓉の雪の精をとり」(明治35年「嗚呼玉杯に」2番)

「霞に消えで橄欖の 花の香淡く」
 「霞に消えで」は、霞に消えないで。「で」は、活用語の未然形を承けて打消しの意を表す。「消えで」は、昭和10年寮歌集で「消えて」に変更された。意味は反対になる。
 「橄欖の花の香淡く」は、
 ① 「霞に消えで」の場合、「花の香」の香は、匂いではなく、目で感じる美しさと解す。
  立ち込めた白い霞の中に橄欖の花がかすかに色美しく消えないでいたが、夕暮れとともに見えなくなった。橄欖の花の色を赤(実際は黄白色)とすれば趣深い。
 ② 「霞に消えて」の場合、「花の香」の香は、匂い。
  立ち込めた霞に橄欖の花が見えなくなって、残り香だけがかすかにただよっていたが、やがて夕暮れが訪れた。
 上の訳は、②の「消えて」(昭和10年寮歌集以降の歌詞)によった。

「夕づゝの影さえて」
 宵の明星の光が澄んで。「夕づゝ」は夕方、西天に見える金星。宵の明星。昭和50年寮歌集で「夕づつ」に変更された。「さえて」は、冷たく澄んで。
あゝ光榮(はえ)多き向陵の 三年の春は短くて 身は暗ふかき野路山路 別れて四方に出づるとも など惑はんや我心 おどろが(もと)もふみ分けて 4番歌詞 輝かしく思い出の多い向ヶ丘の三年は短く、あっという間に終わろうとしている。未だ真理を求めて闇深く野路山路をさ迷っている。しかし、卒業して向ヶ丘を去って、友と離れ離れになろうとも、どうしてわが心は惑うことがあろうか。いかなる困難に会おうとも、乗り越えていくことが出来る。

「あゝ光榮多き向陵の」
 「嗚呼紅の陵の夢」(大正3年「黎明の靄」2番)

「三年の春は短くて 身は暗ふかき野路山路」
 高校生活三年は短く、学問も修養も十分に出来ていない。真理を求めて、闇の中をあちこちさ迷っている。
 「三年の春は過ぎ易し」(明治44年「光まばゆき」4番)

「別れて四方に出づるとも」
 一高を卒業すると、大学は東京帝國大學の他、京都帝國大學、、福岡医科大學、東北帝國大學(明治40年設立)に進学、寮生は四方に散らばった。

「など惑はんや我心」
 どうしてわが心は、惑うことがあろうか。「など」はナニトの転で、どうして。なぜ。

「おどろが下もふみ分けて」
 「おどろ」は、草木の乱れ繁ること、またその場所。いかなる困難があろうとも、乗り越えていくことが出来る。
 後鳥羽院 「奥山のおどろの下をふみわけて 道ある世ぞと人にしらせん」
今宵十九の紀念祭 紅紫(こうし)光りの花匂ふ うたげのむしろ高らかに 自治の調べやきこゆらむ さらば歸らむ故郷に しばしは共に歌ふべく 5番歌詞 今夜は第19回紀念祭である。自治燈や飾り物の紅や紫の光は、色とりどりの花が咲いたように美しい。宴の会場から、高らかに聞こえてくる歌声は寮生が歌う寮歌ではないか。そうであるなら、わが故郷向ヶ丘に帰ろう。しばし、一緒に寮歌を歌うために。

「匂ふ」
 色美しく映える。ニは丹で赤色であるが、他の色についてもいう。

「さらば歸らむ故郷に しばしは共に歌ふべく」
 「さらば」は、サアラバの約。それならば。「故郷」は、向ヶ丘の一高。
 本郷・一高と東大は、言問い通りを挟んで隣接し、ごく近い距離にあったので、「しばし共に歌ふべく」などの語句となったのであろう。「故郷」の語は、明治39年東大寄贈歌「春は櫻花咲く」に次ぐ。
                        


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