旧制第一高等学校寮歌解説

わが行く方は

明治42年第19回紀念祭寮歌 東寮

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1、 わが行く方は(うしほ)ぞ高き     紫瀾(しらん)みだるゝ(とほ)つ海
   われて碎けてとどろと響く    長鯨汐を吹くところ
   自治の帆(はら)み努力の櫓櫂(ろかい)   我が乗る船は進み行く
*「とどろ」は昭和50年寮歌集で「とゞろ」に変更。

2、 今明けそむる(ひがし)あかし     船舫(ふねもや)ひする岡の邊に
   綠葉(みどりは)がくれ花散り迷ひ     旭日(あさひ)かぎろふ六つの城
   聞かずやこゝに男の子叫び  (おほ)いなる者籠りたり
*「東」のルビの「ひがし」は「ひんがし」の間違いか。昭和10年寮歌集で、ルビは除去された。

韻律面から見ても『七・七/七・五』の三回の繰り返しという、他に例を見ない独特な調べ」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
上の原譜の1段1小節3音は、8分音符であったが、誤植とみなして付点8分音符に訂正した。

譜は、昭和10年寮歌集で、ハ長調から同名調のハ短調に短調化した(基本的にハ長調の譜に♭を三つ付けた)。拍子は4分の2拍子で変わらず。大正14年、昭和10年寮歌集を中心に次のとおりの変更があった(譜は原則ハーモニカ譜のハ長調読み)。 

1、「とほつう」(2段3小節) 「ラーソミーレ」を「ソーミレーミ」(ハ短調読みでは「ミードシード」)に変更(平成16年寮歌集)
2、「とどろと」(3段3小節) 「ソーソラーファ」)を「ソーソラーミ」(大正14年寮歌集)、さらに「ソーソソーミ」に変更(昭和10年寮歌集)
3、「しほを」(4段2小節)  「レーレード」を「レーミレード」(うしおを)に変更(大正14年寮歌集)
4、「どりょくのろかい」(5段3・4小節) 「ラーラソーミ ソーソドー」を「ソーソソーミ(昭和10年) ソーラドー(大正14年)」に変更。
5、「わがのるふねは」(6段1・2小節) 「ドードラーソ ラーラドー」を「ドードラーラ ソーソドー」に変更(昭和10年寮歌集)。 


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
わが行く方は(うしほ)ぞ高き 紫瀾(しらん)みだるゝ(とほ)つ海 われて碎けてとどろと響く 長鯨汐を吹くところ   自治の帆(はら)み努力の櫓櫂(ろかい) 我が乗る船は進み行く 1番歌詞 我らが向うところは、風と波が荒れ狂う遠い海である。そこでは紫色の波が割れて砕けて轟音が響き渡っているが、大きな鯨は勇壮に潮を吹いて泳いでいる。自治の帆は風を孕み、寮生全員が共同努力して櫓櫂を漕ぐので、自治の船は、勇壮な鯨のように、逆巻く波をかきわけて、さっそうと理想の自治に向け進んでいく。すなわち、自治の前途に立ちはだかる障害を寮生皆で協力して乗り越え、一高寄宿寮は理想の自治に向け進んでいく。

「わが行く方は潮ぞ高き 紫瀾みだるゝ」
 「わが行く方」は、理想の自治を求めて自治の船の行く方向。「潮ぞ高き」は、潮の干満や風浪で潮位が高いこと。ここでは風浪が高いこと。
 「紫瀾みだるゝ」は、大波が騒ぐ。紫は帝王、神仙の色とされる。瀾は大波。
 「逆巻く浪をかきわけて」(明治35年「嗚呼玉杯」3番)
 
「とゞろと響く」
 「とゞろ」は昭和50年寮歌集で「とどろ」に変更された。轟き響く。

「櫓櫂」
 「櫓」は船を漕ぐ用具。「櫂」は水を掻いて船を進める具。

「我が乗る船は進み行く」
 「我が乗る船」は、自治の船。一高寄宿寮。
 「我のる船は常へに 理想の自治に進むなり」(明治36年「嗚呼玉杯」4番)
今明けそむる(ひがし)あかし 船舫(ふねもや)ひする岡の邊に 綠葉(みどりは)がくれ花散り迷ひ 旭日(あさひ)かぎろふ六つの城 聞かずやこゝに男の子叫び (おほ)いなる者籠りたり 2番歌詞 今、夜が開け始め、東の空が日の出で赤く染まった。寮生が共同生活を送る向ヶ丘に、さわやかな朝風が吹いて綠葉が見えなくなるほど桜の花が散り乱れている。六つの一高寄宿寮は、朝日を受けて輝き、寮生は元気に雄叫びをあげている。将来、世に出て大業を成すであろう若者が、ここに修業しながら、来たるべき雄飛の日を待っているのだ。

「舫ひ」
 船と船と繋ぎあわせること。二人以上の者が共同で仕事をすること。自治共同の寮生活を意味する。

綠葉(みどりは)がくれ花散り迷ひ」
 緑の葉を隠してしまうほど、桜の花が吹雪のように散り乱れる様をいうか。「葉隠れ」は、草や木の葉蔭にかくれることだが、ここでは桜の綠葉、あるいは橄欖や柏葉等の綠葉が桜の花びらで見えなくなるほど、桜が乱れ散っていることをいう。なお、吉野の山桜は、染井吉野の桜と違い、葉芽と花が同時に開く。本郷の桜は、多く吉野系統の山桜であったという。

「旭日かぎろふ六つの城」
 「かぎろふ」は、「かぎろひ」(名詞)を動詞に使ったか。揺れて光る意。
 「六つの城」は、当時の一高寄宿寮は、東・西・南・北・中・朶の六寮。

「大いなる者籠りたり」
 一高生。「蛟龍得雲雨」の龍にたとえる。
 「み空を翔くる大鵬も 羽根いまだしき時の間を 潜むか暫し此森に」(明治32年「一度搏てば」1番)
 「大空翔る鵬のひな 雲をまつなる龍の兒が」(明治35年「大空ひたす」5番)
若草藉(わかぐさし)きて橄欖樹かげ 花と生まれし一千が 清き心を斯文(しぶん)に寄せば ()()(ゑが)く名にあらず 彌猛(やたけ)心に(ほのほ)(つるぎ) 捧げて高し北斗星 3番歌詞 向ヶ丘の一高寄宿寮で寮生活を送る、類まれな才能に恵まれた一高生が、清い心で学業に励んでいるのは、水面に描いて、消えてしまうような果敢ないこの世の名声のためではない。いよいよ猛り勇み火と燃える尚武の意気は、天に輝く北斗の星のように高い。

「若草藉きて橄欖樹かげ」
 橄欖の木蔭の若草の上に腰をおろして、あるいは横になって。人生を旅と見て、若き三年間を真理探究と人間修業の為に、草枕、向ヶ丘に草を結んで旅寝するとの考えから解せば、一高寄宿寮で、寮生活を送るの意となる。
 「橄欖」は一高の文の象徴。「橄欖樹かげ」は、ここでは一高寄宿寮、あるいは向ヶ丘と解す。

「花と生まれし一千」
 類まれな才能に恵まれてこの世に生を享けた一千の寮生。

「斯文」
 この学問。この道義。特に儒家の道。ここでは、学業の意。

「水な面に畫く名にあらず」
 「流るゝ水に記しけん 消えて果敢なき名は追はじ」(明治40年「仇浪騒ぐ」5番)

「彌猛心に炎の劍」
 いよいよ猛り勇み火と燃える尚武の心。実際に剣を捧げるわけではない。

「北斗星」
 北極星。日周運動によりほとんど位置を変えないので方位および緯度の指針とされてきた。寮歌では行くべき進路、理想、目標、真理を啓示する星として歌われる。
新月(にいづき)さしぬ柏の下葉 光りもゆかし露の玉 いざ筑うちてあくがれ心 美酒(うまき)の甕に若人(わかびと)よ つどひて今宵諸聲(もろごゑ)高く 祝へや十九紀念祭 4番歌詞 一高の校長として、新渡戸稲造校長が赴任し、ソシアリティーの必要を説いた。まるで月の光にゆかしく光る露の玉のように、我々を導く素晴らしい教えである。しかし運動部等籠城主義の連中が猛反発している。さあ、その昔、高漸離が秦始皇帝の暗殺に向かう親友荊軻のために易水で奏でたという筑の音を打ち鳴らし、ソシアリティーに反対する籠城主義に凝り固まった守旧派を打ち負かそう。それはともかく、今宵は楽しい紀念祭の日、みんな集まって美味しい酒を酌み交わしながら、大きな声で寮歌を歌って、第19回紀念祭を祝おう。

新月(にいづき)さしぬ 柏の下葉」
 向ヶ丘に新月の光が射した。すなわち新渡戸校長の説くソシアリティーをいう。「光もゆかし露の玉」とその新しい考えを讃える。「新月」は、闇夜の後、陰暦3日頃の月をいう。「新月」のルビは、昭和10年寮歌集で除去されたが、昭和50年寮歌集で「にひづき」と復活した。「柏葉」は、一高の武の象徴。
 「今先生の『四圍と交る』ソシアリティーを唱へらるゝや所謂校風論者は籠城の根底を害ふものとして憤るものありき。然れども彼の倫理講堂裏、我國文武の典型田村將軍と菅公の像を仰ぎ一度びは尊敬稽首すれど直に何となく物足らぬ氣のして此文武を動かす根底の力を求めんとせる人々には今や新渡戸先生の其二肖像の間に立って靈の修養を説かるゝに至り茲に其の進むべき道の示されて會心の讃仰を禁じ得ざりき。木下校長の下に紅燃ゆるが如き武士的気慨を養ひ狩野校長の下に沈穀篤學の風起りし我校生徒は今や新渡戸校長の下に精神的積極的に性格を修養せんとす。而して辯論部は最初より心を傾けて新校長を迎へぬ。」(「向陵誌」辯論部部史ー明治39年)
 
「筑うちてあくがれ心」
 「筑」は、楽器の一種。琴に似て竹で打ち鳴らす。5弦、13弦、21弦の三種がある。
 「あくがれ心」
 新月=新渡戸校長へのあくがれか、それとも紀念祭へのあくがれか。秦始皇帝暗殺に向かう荊軻を見送って奏でられた「筑」うちてとあることから、新渡戸校長への「あくがれ」と解す。
 「荊軻が燕の太子丹の密命を受けて、秦王政(のちの始皇帝)を殺すために旅立つ時、燕の太子や荊軻の親友高漸離が易水(現在の北京市の南を流れる川)のほとりまで見送った。いよいよ別れという時に筑の名手であった高漸離が筑を弾き、荊軻がそれに合わせて次の有名な詩を唱った。『風蕭々として易水寒し、壯士一たび去って復た還らず』。送る者も送られる者も悲壮感が高まり涙を流したという。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
                        


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