旧制第一高等学校寮歌解説

いざ行かむ

明治41年第18回紀念祭寄贈歌 京大

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1、いざ行かむ我が旅路    天ぎる雲も物ならじ
  霰飛ぶ大野原        今越えくれば山深く
  谷せまり巖こヾし       丈夫(ますらを)の意氣こそ揚れ

5、いざ行かむ我旅路     彌生ヶ岡にどよめる
  歌の聲武藏野の      廣き心を偲ぶかな
  比叡の山琵琶の(うみ)     (あらた)なる教をきかむ

4段3小節6音4分音符に付点がついていたが、誤りとみて4分音符に訂正。音符下歌詞「ゆき」は、「くも」の誤りであるが、そのままとした

昭和10年寮歌集で、1段2小節の「わがたびぢ」の「ぢ」の音(ド)を1オクターブ高く、また4段2小節1、2音にスラーをつけた。その他は変更なく、調・拍子とも全て同じである。


語句の説明・解釈

「これまでの寮歌は、寄贈歌は、七・五調に基づく六行詩の形式が圧倒的に優勢で、たまに七・五調の四行詩型その他が用いられ、その趨勢はこの後、昭和10年駒場移転当時までほとんど変らずに継続した。しかるに本寄贈歌では『五・五、七・五、五・五、七・五、五・五、五・七」という極めて特殊な形式が用いられている。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」」

語句 箇所 説明・解釈
いざ行かむ我が旅路 天ぎる雲も物ならじ 霰飛ぶ大野原 今越えくれば山深く 谷せまり巖こヾし 丈夫(ますらを)の意氣こそ揚れ 1番歌詞 いざ、我が真理探究の旅に出かけよう。行く手を遮る空を蔽う雲や霧をものともせず、あられたばしる武蔵野を越えて、山深く谷が迫り岩がごつごつとして険しい京都にやって来た。京都で真理を探究する勇ましい男の意気は高い。

「我が旅路」
 真理を求める旅である。

「天ぎる雲も物ならじ」
 行く手を遮る辺り一面の雲もものともせず。「天ぎり」(天霧り四段)は、空が一面に曇る。1番は、一高から京大に進学したこと、環境は一変し厳しいが、意氣軒昂であるとの意。

「霰飛ぶ大野原」
 一高のある武蔵野。広々とした平野である。
 「あられたばしる武蔵野に」(明治41年「古都千年の」1番)

「今越えくれば山深く 谷せまり巖こヾしし」
 京大のある京都。山深いところで、谷が近く、岩がごつごつしている。「こごし」はごつごつしている。けわしい。
 「橄欖香る岡を去り 山の都と隔つれば」(大正4年「散りし櫻を」4番)
 
行き暮れて宿るかげ ながめも遠く見かへれば 微茫(かすか)なる大空の はてしも知らぬ思かな 一塵の跡もなし 丈夫の希望(のぞみ)ぞ清き     2番歌詞 人生の旅の途中、真理を探究して三年間を過ごした一高寄宿寮。はるか遠く越し方を振返って見ると、それは、山のあなたの空遠く真理に憬れて、さ迷った果てしない旅であった。勇ましい健児の真理を求める旅は、一塵の汚れも残さない清いものである。

「行き暮れて宿るかげ ながめも遠く見かへれば」
 人生の旅の途中、真理を探究して三年間を過ごした一高寄宿寮。はるか遠く越し方を振返って見ると。
 「宿る」は旅の道中で仮眠する場所を選んで決めること、転じて一時的に場所を決めること。ここは、人生の旅の途中、若き日、三年間を仮寝した一高寄宿寮。
 平忠度 「行き暮れて木の下陰を宿とせば 花やこよひの主ならまし」

「はてしも知らぬ思かな」
 果てしなく続く真理への憬れ。真理探究の旅は果てしない。
 カアル・プッセ 「山のあなたの空遠く『幸』住むと人のいふ。」

「丈夫」
 勇ましい男子。立派な男子(「たわやめ」の対)。
風薫る春の朝 千折百折(ちをりもゝをり)山下りて 梅の香のあと訪へば 昔の心さながらに ゆるがじなその(いらか) 千載の靈こそ宿れ      3番歌詞 風かおる春の朝、思いは遠く向ヶ丘に馳せる。山や谷をいくつも越え、梅の香の懐かしい向ヶ丘の自治寮を訪ねると、自治を守ろうとする寮生の心は変わらず、自治の礎は強固である。寄宿寮の自治が幾久しく栄えるように祈るばかりである。

「風薫る春の朝」
 3月1日寄宿寮紀念祭の日の朝であろう。ただし、「風薫る」は、初夏の涼しい風が緩やかに吹くのにいう(夏の季語)。

「千折百折山下りて」
 山や谷を越えて。これを京都市内のことと解するか、望郷の思いが京都から魂の故郷向ヶ丘に向かうと解するか。私見は後者の意と解す。

「梅の香のあと訪へば」
 懐かしい一高寄宿寮を訪ねると。「梅の香」は、向ヶ丘の「春や昔の花の香に 結び置きけん」友垣を結んだ梅、また「自治の梅花に東風吹かば」の自治の梅花の香である。
 「高き啓示ぞ梅の花 花さく迄はちりだもいとふ 向陵三とせ千餘人 蕾に清き友垣の」(明治40年「思ふ昔の」5番)
 「春や昔の花の香に 結び置きけん友垣や 十七年の東風吹けば」(明治40年「仇浪騒ぐ」1番)
 「十三年の春風に 梅こそ薫れ向陵の」(明治36年「綠もぞ濃き」6番)
 「自治の梅花に東風吹かば 遙かに『匂ひおこせ』かし」(明治44年「筑紫の富士」5番)」
 菅原道真 「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」
 「梅の香のあと」を「一高寄宿寮」とする説の他に、京都市内の菅原道真縁の場所として、①北野天満宮とする説(一高同窓会「一高寮歌解説書」)、②飛梅が大宰府に飛んだという伝説を持つ菅大臣神社と「東風吹かば」の歌を詠んだ場所と伝える北菅大臣神社とする説(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)がある。

「昔の心さながらに ゆるがじなその甍」
 「甍」は一高寄宿寮の甍。その甍が揺るがないとは、勤倹尚武・自治共同の心が堅固なこと。立寮の精神を忘れず昔のままだ。他に、この「甍」を、①「都府樓纔看瓦色 観音寺唯聴鐘聲」(菅原道真作)から大宰府・観世音寺の甍を踏まえるかとの説(一高同窓会「一高寮歌解説書」)、②「梅の香のあと」の菅大臣神社と北菅大臣神社の甍とする説(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)がある。

「千載の靈こそ宿れ」
 寄宿寮が永遠に彌栄であることを祈る。計り知ることのできない力、目に見えない不思議な力が末永くこの寮に宿り、この寮を守ってほしいと願っている。この靈を北野天満宮、あるいは菅大臣神社等の道真の千年の靈に結び付ける説もある(一高同窓会「一高寮歌解説書」、森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)。
世は移り人去るも 藝術(たくみ)はこゝに地と和して 長久(とこしへ)の命あり 天地と共に終わる可き 人の意氣その希望(のぞみ) 永遠の姿ぞ(たか) 4番歌詞 時は移り人は去っても、一高寄宿寮の自治は、向ヶ丘の地にしっかりと根を張り、自治は永遠に不滅である。永遠に自治を守り、伝えようとする寮生の意気は高く、その希望は崇高である。

藝術(たくみ)はここに地と和して」
 「藝術」は、一定の材料・技巧・様式などによる美の創作・表現。文学・美術だけでなく、例えば古代ローマ文明を象徴する円形闘技場・劇場、水道橋などの建造物についても「藝術」という。ここでは一高自治寮(あるいは自治)のこと。向ヶ丘の地にしっかりと根を張りの意。
 「藝術生すローマの丘に」(昭和12年「新墾の」3番)
 「藝術」を、「平安京において栄えた日本の古典的文学芸術を念頭に置いている」との説あり(一高同窓会「一高寮歌解説書」、同旨、森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)。
 
長久(とこしへ)の命あり 天地と共に終わる可き」
 永遠の命があり、天地が崩壊した時に終わる。すなわち、永遠に不滅である。
いざ行かむ我旅路 彌生ヶ岡にどよめける 歌の聲武蔵野の 廣き心を偲ぶかな 比叡の山琵琶の(うみ) (あらた)なる教をきかむ 5番歌詞 いざ、我が眞理探究の旅に出かけよう。向ヶ丘に鳴り響く寮歌の声、武蔵野のように広い心を学んだことを懐かしみながら、今は近くに比叡の山や琵琶湖のある風光明媚な京都で、向ヶ丘とは違う、新しいことを学んでいこう。

「どよめける歌の聲」
 あたりに鳴り響く寮歌の歌声。

「比叡の山琵琶の湖 新なる教をきかむ」
 近くに比叡の山、琵琶湖のある風光明媚な京都で、向ヶ丘とは違う新しいことを学んでいこう。
                        

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