旧制第一高等学校寮歌解説

彌生が岡の

明治41年第18回紀念祭寮歌 南寮

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1、彌生ヶ岡の花がすみ    霞に浮び雲に入る
  六寮の影王者の威     無窮の色に輝きて
  四海にのぞむ姿をば     誰か仰がぬものやある

2、汚れに沈む人の世を    堕落(ホロビ)の淵に救はむと
  つるぎの霜を打拂ひ     雄々しく立ちし益良夫の
  血もくれなゐの旗じるし   守りてこヽに十八年

3、光榮(ハエ)に滿ちたるこし方も   さめて空しき夏草や
  春一時のさだめぞと     雲に消えたる荒鷲の
  羽音なき間を小雀の     もヽさへづりのかしましさ
平成16年寮歌集添付の原譜では、4段2小節の3連符の記号なし
譜の変更は、微少。ハ長調・4分の4拍子は変わらない。変更の概要は次の通り。一部タタがタータのリズムに変わった程度(昭和10年寮歌集の変更)。

1、連続する8分音符が付点8分音符と16分音符に変わったところ(8箇所)
  ①「やよひがおかのー」(1段1小節)の「のー」 ②「かすみにうかび」(同3小節)の「みに」と「うか」 ③「りくりょうのかげ」(2段2小節)の「かげ」 ④「むきうのいろにー」(3段1小節)の「いろ」と「にー」 ⑤「かヾやきて」(同2小節)の「やき」 ⑥「すがたをばたれ」(4段1小節)の「たれ」

2、スラーないしタイが付けられたところ(3箇所)
  ①「やよひがおかのー」(1段1小節)の「のー」 ②「りくりょうのかげー」(2段2小節)の「げー」 ③「むきうのいろにー」(3段1小節)の「にー」


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
彌生ヶ岡の花がすみ 霞に浮び雲に入る 六寮の影王者の威 無窮の色に輝きて 四海にのぞむ姿をば 誰か仰がぬものやある 1番歌詞 彌生が岡に花霞が立ち込め、六寮の影が霞に浮んで雲に入ろうとしている。永遠の王者の威厳に輝いて、巷を見下して向ヶ丘に聳え立つその姿を誰か仰がぬものがあろうか。

「花霞」
 遠方に群って咲く桜の花が、一面に白く霞のかかったように見えるさま。ここでは、向ヶ丘に霞が籠め、桜と霞と雲の見分けがつかなくなっている。

「六寮の影王者の威」
 この時の一高寄宿寮は、東・西・南・北・中・朶の6寮。「威」は威厳、風格。
 「栄華の巷低く見て 向ヶ岡にそゝりたつ 五寮の健兒意氣高し」(明治35年「嗚呼玉杯」1番)」)

「四海」
 四方の海、世界の意だが、ここでは世の中ほどの意。巷と訳した。
汚れに沈む人の世を 堕落(ホロビ)の淵に救はむと つるぎの霜を打拂ひ 雄々しく立ちし益良夫の 血もくれなゐの旗じるし 守りてこヽに十八年 2番歌詞 汚れ濁って淵に沈んだ人の世を、沈淪(ほろび)から救いあげようと、一高生が雄々しく立って、冷たく鋭い剣を抜き払って、血潮に燃える校旗・護國旗を仰ぐ。その護國旗を守って、一高寄宿寮は、開寮以来、、今年、28年経った。

「つるぎの霜を打ち拂ひ」
 冷たく光る鋭い剣を抜き払い。「剣霜」は冷たく光る鋭い剣。
 「破邪の劍を抜き持ちて」(明治35年「嗚呼玉杯」5番)

「血もくれなゐの旗じるし」
 一高の校旗・護国旗。深紅の旗。
 「染むる護國の旗の色 から紅を見ずや君」(明治40年「仇浪騒ぐ」4番)
光榮(ハエ)に滿ちたるこし方も さめて空しき夏草や 春一時のさだめぞと 雲に消えたる荒鷲の 羽音なき間を小雀の もヽさへづりのかしましさ 3番歌詞 光栄に満ちた一高野球部の歴史も、早稲田・慶応に敗れ覇権を失って、振返ってみれば、「夏草やつはものどもが夢のあと」である。春一時の間だけ覇権を譲ると雲に消えた荒鷲(一高)の羽音がしない間に、小雀(早慶)の何と喧しく囀ることか。


「光榮に滿ちたるこし方も」
 一高野球部は、明治37年に早稲田・慶応に続けて破れ、14年間の王座を早慶に譲った。
 「隅田川原の勝歌や 南の濱の鬨の聲 大津の浦にものゝふが 夢破りけん語草 かへりみすれば幾歳の 歴史は榮を語るかな」(明治36年「彌生が岡に地を占めて」2番)

「さめて空しき夏草や」
 芭蕉 「夏草やつはものどもが夢のあと」を踏まえる。
 明治40年4月8日、一高球場で対三高野球戦、4-9で敗れる。この年、慶應・早稲田にも敗れ、雌伏の時代に入る。

「雲に消えたる荒鷲の 羽音なき間を小雀の もゝさへづりのかしましさ」
 荒鷲は一高野球部、小雀は一高から王座を奪った早稲田・慶応。「もゝさへづり」は、にぎやかに囀ること。
 永久百首 「つれづれを何にかけてか慰めん ももさへづりの鳥なかりせば」
水したゝらん太刀の冴  鋨ときたへし双腕も 敵なきに鳴る夜々のゆめ さらばしばしの櫻狩り 山も眠れる平安を 健兒(ヲノコ)の意氣にさまさんか 4番歌詞 水もしたたる太刀の冴えも、鉄のように堅く強く鍛えた双腕も、早慶との試合の予定がなく、腕が鳴ってしようがない。それならば、しばしの櫻狩り気分で京都に出かけ、昨年、一高に勝って惰眠を貪っている三高野球部を一高健児の意気で蹴散らし、目を醒ましてやるか。

「敵なきに鳴る夜々のゆめ」
 「敵」は、王者奪還を目指す早稲田・慶応野球部。明治40年は早慶との試合予定がないこと。それで腕が鳴る夜々を過ごしていたのである。
 「(明治39年三高の挑戦を受けて)一高にとっては、早慶から覇権を奪い返すことが急務であった。この重大な時期に三高の如き”京洛の豎子”にかかずらう余裕ありや、挑戦は無視すべし、という議論もかなりあった」(「一高應援團史」)。 「(明治39年)柔道部高商と戰ひて勝ちたれども野球部振はず。」と向陵誌も第1回三高戦勝利に触れていない。明治40年三高に敗れて「此の年野球部振はず。校庭に三高と戰ひて利あらず。」と対三高戦に触れた。明治41年初めて京都に西征して勝った時に「4月野球部西征軍凱歌を擧げて歸り、17日選手の爲に晩餐会を開く。」とあり、この頃から「一高は初めて三高を互角対等の好敵手と認め、全寮あげて真剣に起ちあがった。」(「一高應援團史」)

「さらばしばしの櫻狩り 山も眠れる平安を 健兒の意氣にさまさんか」
 早慶との試合の合間に、昨年の勝利に胡坐をかき惰眠をむさぼる三高野球部を一高健兒の意氣で蹴散らし目を覚まさせること。
 「櫻狩り」は「山野に櫻花を尋ねて遊び歩くこと」だが、ここでは櫻の徽章の三高狩りのこと。
 「山も眠れる」は、輕浮の風が吹き荒み、冶容の俗に染まって惰眠を貪る。「山眠る」(冬の季語)は冬季の山が枯れていて全く精彩を失い、深い眠りに入るようにみえることをいう語であるが、時は桜花咲く春、冬山の形容ではなく惰眠を貪る意と解す。山は比叡山と解してもよいが、東山。講談的には「東山三十六峰眠る丑三つ時、吉田の山の麓の静寂を破りにわかに起こる剣戟の響き」というところか。
 「平安」は、「静寂」と「平安京(京都)」をかける。
 この頃までは、まだ対三高野球戦が旧制高校の消滅まで、42年間にわたって延々と続くとは誰も考えてなかったので、「さらば(早慶戦がないので)しばし櫻狩り」となったのだろう。第三回戦以降、前述のとおり、一高・三高とも不倶戴天の敵として熱戦を繰り広げることになる。

あゝ打ち寄する新潮に  自覺の曲の()も高く またあけそむる曙の のぞみを染むる彩雲 柏の光橄欖の 香りも高し自治の城  5番歌詞 籠城主義を否定して打ち寄せる新潮に、伝統の自治を守ろうという自覚が高まる。空を赤く染める夜明けが、またやってきて、雲は朝日に赤く映えている。その彩雲の色に染まって、一高生の希望は赤く燃える。柏の葉は輝き、橄欖の花の香が高くただよう自治の寄宿寮。

「あゝ打ち寄する新潮 自覺の曲の音も高く」
 「あゝ打ち寄する新潮は」は新渡戸校長の説くソシアリテーのことか。校風論やこのソシアリテ論議の影響か、この時期の寮歌に自覺」の語がよく登場する。「音」のルビは「子」から「ね」に大正14年寮歌集で変更されたが、昭和10年寮歌集で削除された。
  「自覺の聲にさめ出よ」(明治41年「蒼茫遠く」5番)
  「内に自覺の慨なく 外の叫に花染の」(明治40年「思ふ昔の」3番)
  「波も嵐も聲たかく 自覺の曲を歌ふ也」(明治40年「嵐を孕み」5番)
  「自覺の光ひんがしの 空に榮けむ曙を」(明治40年「春蟾かすむ」5番)

「またあけそむる曙の」
 空を赤く染める夜明けが今日もまたきて。「また」は再び。今日もまた。

「彩雲」
 雲の縁が美しく彩られる現象。雲の水滴による光の回析で生じ、主に高積雲(むらぐも)に見られる。
 「彩雲は岡邊に凝りて」(昭和7年「彩雲は」1番)
 「彩雲天を下り來て」(大正7年「霞一夜の」1番)
「柏の光橄欖の」
 柏は武の、橄欖は文の一高の象徴。
(タカ)天職(ツトメ)に流したる 世々の血潮に咲出でし 花の黙示を身にしめて 金甲 ()ゆる一千が 力漲る今宵こそ 天地に擧げむ鬨の聲 6番歌詞 開寮以来、幾多の先人が血と汗を流して築き守ってきた一高の自治の導きを深く心に刻んで、尚武の心に光る輝く一千の一高生が、力漲る紀念祭の今宵こそ、天地に挙げる勝鬨の声である。

「世々の血潮に咲出でし 花の黙示」
 立寮以来、代々の先輩が血と汗でもって築き守ってきた一高の自治の導き。「花の黙示」は、自治の導き。勤儉尚武などの一高の伝統精神。
 「ましてわれらが先人の 愛寮の血の物語」(大正4年「あゝ新緑の向陵に」)
 「『世々の血潮』は、武士の伝統を受けつぐ一高生の意気」、「『花の黙示』は『花は櫻木 人は武士』を示唆していると思われる」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)

「身にしめて」
 「しめ」は「染め」で、深く心に刻んで。 

「金甲 映ゆる一千が」
 尚武の心に光り輝く寮生千名。「金甲」は黄金の甲。「金甲」と「映ゆる」の空白は大正14年寮歌集で詰められた。
                        


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