旧制第一高等学校寮歌解説
劔の前に |
明治40年第17回紀念祭寮歌 北寮
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1、 天降りましけむ *「劔」は大正14年寮歌集で「劍」に変更。 *「あぐみゐて」は昭和50年寮歌集で「あぐみいて」に変更。 *「大古」のルビは大正14年寮歌集で「おゝかみ」に変更。 2、斯文の 花より明くるみ吉野の 大和心の匂はずや *「春若き」は昭和50年寮歌集で「春深き」に変更。 *「香」のルビは昭和50年寮歌集で「かをり」に変更。 |
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2段3小節3音は、付点8分音符であったが、8分音符に訂正した。 ハ長調・4分の4拍子はじめ、現在の譜にはスラーが2箇所(「おー」(3段3小節)と「とー」(4段3小節))付けられた他は、全く変更はない(昭和10年寮歌集)。 |
語句の説明・解釈
語句 | 箇所 | 説明・解釈 |
1番歌詞 | 建御雷神が剣の 「劔の前にあぐみゐて」 「劔」は大国主神から国を譲り受ける神話で、建御雷神が波頭に逆さに差し立て、その 「劔」は大正14年寮歌集で「劍」に変更。「あぐみゐて」は昭和50年寮歌集で「あぐみいて」に変更。 「その剣の 「 国土の平定を終えた。「ことむけ」(言向け)は、言葉の力によって従わせること。「大八洲」は日本国の異称。 「故」 前文を承けて、だから、それゆえ。 「天津日子」 天津彦彦杵瓊瓊尊 ににぎのみこと。天照大神の孫。天照大神の命により、この国土を統治するために高天原から日向の國高千穂峰に降りた。地上の王権の始発をになう神であり、その曾孫が神武天皇である。 「多那雲」 棚雲。空一面に広がっている雲。記上「天の多那雲を押し分けて」 「 天上から御降ったという。「まし」は丁寧語。「けむ」は推量の助動詞。 万葉4465 「天の戸開き高千穂の嶽に天降りしすめろきの神の御代より」 「大古の稜威」 現人神・天皇のご威光。「大古」は神様。「稜威」は神がこの世に姿を現した天皇が本来持つ、盛んで激しく恐ろしい威力。 |
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斯文の |
2番歌詞 | 紀元二千余年の春浅く、儒教の花の咲くのは遅いというが、日本には大和心の花が咲いているではないか。頼山陽が「花より明くるみ吉野の 春の曙見わたせばもろこし人も高麗人も 大和心になりぬべし」と詠った吉野の桜の花である。今日の紀念祭のよき日が吉野の花の大和心の香りを失わず幾末までも続くように祈る。 「斯文の華」 儒教の学問・道徳をいう。大和心に対す。 「二千餘年の春若き 「二千餘年」」は、西暦ではなく、皇紀(紀元)のことである。明治40年は、紀元2567年。 「春若き」は、昭和50年寮歌集で「春深き」に変更された。 「花より明くるみ吉野の大和心」 春は曙、山の端の桜から、吉野の山は明けてゆく。頼山陽は、桜の名所吉野の春の曙を見渡せば、もろこしの人も大和心になると詠った。 「吉野」は南朝の史跡が多く残り、古来より桜の名所として有名。下千本から、中、上、奥千本へと約一月かかって咲き上がっていく。桜は山桜で、白く清楚である。 「花は櫻木人は武士」(明治二十三年「端艇部部歌」) 「頼山陽の作として人口に膾炙せる今様に、花より明くるみ吉野の 春の曙見わたせばもろこし人も高麗人も 大和心になりぬべしとあるのは、我が美しき風土が大和心を育み養つてゐることを示したものである。又、本居宣長がこの「敷島の大和心」を歌つて、「朝日に匂ふ山桜花」といつてゐるのを見ても、如何に日本的情操が日本の風土と結びついてゐるかが知られよう。」(「国体の本義」第二章国民性) 「匂う」 色美し咲くこと。もともとは赤くだが、その他の色にもいう。吉野の桜は白い山桜である。現代語の「匂い」は次句で「香」を使い区別している。 「千載の末まで見ゆれ」 千年の末まで見ることが出来るように。幾末までも続くように。 「今日の春」 今日のめでたい日。「春」はめでたい日、紀念祭の日。 |
花 |
3番歌詞 | 夜が明けようとしてまだ暗い頃の夢であろうか、錦のように色彩豊かな雲が晴れて、有明の月が雲間から顔を出した。桜の花の散る影に、月の光に照らされた寄宿寮の甍を仰ぐ。なんと崇高な姿であろうか。桜の花の色が色褪せないで、すなわち吉野の花の大和心が塵を留めないわが向ヶ丘に息づいているのである。 「曉」 夜が明けようとして、まだ暗いうち。夜の白んでくる時刻は曙という。 「五彩の雲」」 錦のようにきれいな雲。「五彩」は、陶磁器に赤・青・黄・紫・緑などの透明性の上絵釉で絵や文様を表したもの。わが国では錦手という。 「甍に殘る月かげ」 暁に残る月は有明の月(陰暦16日以降の月)という。 「櫻の匂うつろはで」 桜の花の色があせないで。大和心が失われないで。「うつろふ」は色が変わる。褪せる。 「塵をとゝめし」 昭和10年寮歌集で「塵をとゞめじ」に訂正された。 |
西より寄する |
4番歌詞 | 西洋思想にかぶれた新渡戸校長のソシアリティーとかいう思想に賛同した寮生が五月蠅の如くに湧いた。そんな者は、一身を顧みず寄宿寮のことを思う勇ましい寮生が蹴っ飛ばしてしまえばよい。四綱領で礎が築かれた自治の城は強固である。 「西より寄する木枯らし」 ① 明治39年から定期対校戦の始まった三高野球部のことか。 ② 新任の新渡戸校長のソシアリテイー思想のことか。 ③ いよいよこの頃から激しくなった社会主義思想のことか。 このうち、私見は③の新渡戸校長のソシアリティー思想と解す。このソシアリティー思想は、一高の伝統籠城主義を否定するものであり、運動部を中心に反感を買った。 「狩野校長は『無為にして化す』といった東洋的大人の風格があった。新渡戸校長はアメリカとドイツに留学、西洋的教養を身につけ、外貌もいわばハイカラ紳士であった。」(「一高自治寮60年史」) 明治39年6月9日 文相牧野伸顕、学生思想、風紀の振粛について訓令。 「社会主義防止」の語を初めて使用。 「狹蠅なすもの湧きにしを」 「狹蠅」は、五月蠅。陰暦五月頃のむらがり騒ぐ蠅のこと。 「なす」(接尾)は、名詞または体言について、・・・のように。・・・のような、の意を表す。 神代紀下 「昼は 「春若き国士」 勢い盛んな若い憂国の士。「国士」は一身を顧みず、国家(寮)のことを考えて行動する人物。 「 ルビは、「くゑはな」が正しい。蹴っ飛ばす。「蹴(蹶)ゑ」は「蹴」の古形。 「四綱の柱」 四綱領のこと。寮開設にともない木下校長が寮生活において守るべき精神として示した四つの項目のことで、次のとおり。 第一 自重の念を起して廉恥の心を養成する事 第二 親愛の情を起して公共の心を養成する事 第三 辞譲の心を起して静粛の習慣を養成する事 第四 摂生に注意して清潔の習慣を養成する事 |
見よ興国の青年が |
5番歌詞 | 護国旗の下、国の勢いを振い起そうと向ヶ丘で学ぶ一高生は、巷を見下しながら高い理想を掲げ、古い事柄を調べ、今を反省しながら過ごしてきた。東に昇る太陽の光は、天地を分かちながら闇を追い払うのである。 「興国の青年」 一高生。一高の建学精神は護国である。「興国」は、国勢を振い起すこと。 「古きを 温故知新。「温ぬ」は昭和10年寮歌集で「温ね」に変更された。 論語為政 温故而知新、可以為師矣(古い事柄も新しい物事もよく知っていて初めて人の師となるにふさわしいの意) 「明けはなれ行く東の光り」 「明けはなれ」は、夜が白んで天地が分かれて見えるようになること。 「東の光は闇を拂ひけり」 東の空に太陽の光が輝いて、闇を追い払うのである。「光」は正義。「闇」は邪悪。6番の「魔」と同じとすれば、アジアの民を苦しめる西洋列強諸国のことである。そして、「東の光」は、東洋の盟主日本である。 |
無限のほまれほの見ゆる 亞細亞の春の曙に 大陸遠く見渡せば 健兒が腰に劔鳴る いづの雄建び蹈みたけび 淡雪なして魔を追はん | 6番歌詞 | 日露戦争で日本がアジアの盟主となったことは、無限の誉であり、アジアの新時代を告げるものである。満洲の明けゆく春の原野をはるか見渡せば、一高健児の尚武の心は高まる。天照大御神が雄叫びを上げて足を踏んで堅い土を柔らかい淡雪のように蹴散らしたように、魔、すなわちアジアの同胞を植民地にして苦しめている西洋列強諸国を追い払おう。 「亞細亞の空の曙に 大陸遠く見渡せば」 アジアの新しい夜明けに、満洲の原野を遠く見渡せば。アジアの新盟主となった日本を象徴する満鉄列車が原野を颯爽と走る。 明治39年11月26日 南満州鉄道株式会社設立。 「健兒が腰に劔鳴る」 高揚する一高生の尚武の心をいう。「劔」は大正14年寮歌集で「劍」に変更された。 「いづの雄建び蹈みたけび 淡雪なして魔を追わん」 天照大御神が雄叫びを上げて足を踏んで堅い土を柔らかい淡雪のように蹴散らしたように、「魔」を追い払おう。「魔」はアジアの国を植民地とし搾取している列強諸国。「いづ」は、稜威。天皇が本来持つ、盛んで激しい力。昭和10年寮歌集で「いつ」に変更された。 古事記上 「弓張り立てて、堅庭に踏みなづみ、淡雪なす(土を) 「それ堅庭をふみなづむ」(明治39年「霞かぎれる」5番) |
7番歌詞 | 皇統は天地とともに永遠に続く。この皇統を守るべく設立された一高に学ぶ生徒の勤しむ道は、文武両道を究めることである。開寮以来の寄宿寮のさまざまな出来事を偲びながら、寄宿寮の誕生を祝おう。 「天地のむた窮みなき」 天壌無窮。天地とともにきわまりのないこと。皇統が永遠に続くこと。「むた」は、一緒。・・・とともにの意。体言に格助詞「の」「が」を介してつく。 「橄欖の柏と共に茂らまし」 橄欖は文の、柏(葉)は武の一高の象徴。一高らしく文武両道を極める。「まし」は、反実仮想の助動詞だが、ここでは単純な願望。 「みどりしたゝる柏葉は 岸にしげりて橄欖の」(明治39年「太平洋」1番) 「かくて柏葉いや繁り みのる橄欖君みずや」(明治39年「あゝ渾沌の」6番) 「夜を深緑柏葉に 橄欖の花散りかゝれ」(明治36年「綠もぞ濃き」5番) 「遠き昔を偲びつゝ」 寄宿寮の過去の歴史。特に、かって一高が一高らしく輝いていた光榮の時代を偲びつゝ。 前狩野校長時代を偲びつゝということか。あるいは野球部の黄金時代の光栄を偲びつゝということか。 |