旧制第一高等学校寮歌解説

紫淡き春霞

明治38年第15回紀念祭寄贈歌 福岡大學

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紫淡き春霞          立ちこめにけり向陵の
みだれて匂ふ花の蔭    綠酒こぼるゝこのうたげ

なが橄欖の若葉して     戰ひ勝たんますらをの
兜の鉢をかざるべく     つくれ花輪のうすみどり

霜みだれ散る太刀のごと  八汐路かける艦のごと
あゝ自治とはに敗れざれ   あゝ自治とはに敗れざれ


*番数は大正14年寮歌集で付けられたが、大正7年、同10年の寮歌集には、ない。
1段1小節の出だしの音(ソ)は、昭和10年寮歌集で1オクターブ低く変更された。原譜数字譜の下点の欠落かもしれぬが、そのままとした。
 この年の京大寄贈歌「比叡の山の」と同じく、一高寮歌楽譜に初めて♯の変化記号が用いられた他に、フォルテ、ピアノ、クレッシェンドの強弱記号が楽譜に初めて登場した。寮歌作曲者の音楽的素養の向上を示すものであろう。MIDI演奏にも強弱記号を反映させるように努力した。
 ト長調・4分の4拍子は変わらず、譜は、昭和10年寮歌集で、1段1小節1音ソが1オクターブ低いソに、また4段1小節1・2音の付点4分音符と8分音符が2分音符にまとめられただけで、その他の変更はない。


語句の説明・解釈

福岡大学は、正しくは京都帝國大学福岡医科大学(明治44年に九州帝國大學に併合)。明治36年に創設以来、2曲目の寄贈歌である。
一高寮歌解説書は「曲の調べも含め、全体として人の胸を打つだけの迫力に乏しい感がある」と評するが、一高寮歌全曲を何度も歌った私などには、なかなか良い詞曲の寮歌である。4番最後の「あゝ自治とはに汚れざれ  あゝ自治とはに敗れざれ」は、遠く向陵を離れ、筑紫の果てに学ぶ者の叫びである。ただし、ほとんど歌われなかったのは、確かなようである。

語句 箇所 説明・解釈
紫淡き春霞 立ちこめにけり 向陵の みだれて匂う花の蔭 綠酒こぼるゝこのうたげ 1番歌詞 薄い紫の春霞が向ヶ丘に立ちこめ、桜の花がヒラヒラと散って灯影に色美しく映える花蔭に、美味しいお酒を溢れるほど注いで祝う紀念祭の今宵の宴。

「紫淡き」
 「紫」は高貴の意味のほかに、ここでは「夜」を意味する。
眩ゆからずや金色の 光にみてる大空に 扶桑の梢雄叫びて 長風萬里(はつ)を吹く 2番歌詞 空には太陽の光が眩いばかりに金色に輝いている。扶搖の神木の梢が雄叫びを上げると、突風を巻き起こし、扶搖の葉を波濤のはるか彼方まで吹き飛ばす。日露戦争で、正義の国日本から魯狄ロシアを成敗するため満洲に出兵したことを表現したものか。

「金色の光にみてる大空」
 「光」は太陽の光で正義。

「扶桑の梢雄叫びて」
 「扶桑」は、中国の古い伝説で、東海の日の出る所にあるという神木。また、その土地の意、日本。 「梢雄叫びて」は、ロシアへの宣戦布告を意味するか。

「髪を吹く」
 「髪」は、扶桑の木の葉。軍隊を満洲へ派遣するの意味であろう。

「『(はつ)』を吹くという表現は適切でない。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
なが橄欖の若葉して 戰ひ勝たんますらをの 兜の鉢をかざるべく つくれ花輪のうすみどり 3番歌詞 勇ましく強い一高生よ、対校野球戦で早稲田・慶応を降し、再び天下の覇権を握るように頑張れ。14年間君臨した野球部の覇権を早稲田慶應から取り戻せという意。

「橄欖の若葉」
 若い一高健児。「橄欖」は、一高の文の象徴。若い一高健児。

「兜の鉢をかざる」
 栄誉を得ること。
「花輪のうすみどり」
 うす緑色のオリーブ冠。オリーブ冠はマラソンなどスポーツの勝者に、月桂冠は音楽・演劇の勝者に与えられたという。

明治37年6月1日 対早稲田大学に6-9A、翌2日、対慶應大学に10-11Aで野球部が破れ、14年間の王座を早慶に譲る。
霜みだれ散る太刀のごと 八汐路かける(ふね)のごと あゝ自治とはに汚れざれ あゝ自治とはに敗れざれ 4番歌詞 刃の模様が乱れて霜降りの鋭く光る太刀のように、多くの汐路を越え長い航海の出来る大船のように、自治に仇なす外敵に、自治は永久に汚されないように、また自治は永久に敗れないように祈る。
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