旧制第一高等学校寮歌解説

向ヶ岡に

明治38年第15回紀念祭寮歌 朶寮

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1、向ヶ岡に冬籠る      健兒一千梅なれや
  雪と霜とを凌ぎつゝ    春さり來なば花咲かん

8、あゝ冬籠る十五年     我等が春はめぐり來ぬ
  いざ咲き出でん美はしく いざ薫らなんしるき香に
譜の変更は、昭和10年寮歌集で、タイが1箇所(「けーんじ」(2段1小節))、スラーが1箇所(「かーん」(4段4小節))増えただけである。二つの8分音符に跨る下線をスラーあるいはタイとみなした。同じハーモニカ譜でも、現在の山形のスラー・タイもある。


語句の説明・解釈

明治37年9月8日落成した新寮「朶寮」からの最初の寮歌。朶寮は狩野校長個人の寄付によるもので、乃木将軍の名から命名された。翌年3月1日、第15回紀念祭に合わせ、新寮落成式を行った。一高寄宿寮は東・西・南・北・中寮に加え六寮となった。乃木大将が一高の教室・寮内を参観に訪れたのは、明治40年1月21日、学習院院長となって後である。

語句 箇所 説明・解釈
向ヶ岡に冬籠る 健兒一千梅なれや 雪と霜とを凌ぎつゝ 春さり來なば花咲かん 1番歌詞 向ヶ丘に籠城する一高生一千人は、喩えれば梅の花のようである。寒さ厳しい雪と霜を凌ぎながら、春が来れば花を咲かせる。世間に出て、時が来れば、世のため、人のため大業をなすということ。


「雪と霜とを凌ぎつゝ」
 「雪と霜」は、2、3、4番の歌詞から、「雪」は「平和文弱」、「霜」は「偸安守奮」をもたらす。

「春さり來なば花咲かん」
 「雪」(平和文弱)、「霜」(偸安守奮)を凌ぎつつ勤儉尚武に努め、春が来れば花が咲かせる。日露戦争の今がその時である。「春さり來なば」は、春が来れば。時がくれば花を咲かせる。「さり」は、現代語の「去る」と違い、時・季節が移りめぐってくること。「な」は完了存続の助動詞「ぬ」の未然形。
 
幾歳深く雪降りし 文弱の風うら寒く 義憤の光弱くして 平和の色の愛でられし 2番歌詞 何年か雪が深く積り、寄宿寮内に軟弱の寒い風が吹き荒んでいる。勤儉尚武・質実剛健を旨とする一高寄宿寮で軟弱の風などもっての外だが、大声で憤慨し嘆く者も少ない。争いを避け、傍観者を決めこむ者が多くなったようだ。

「文弱の風」
 質実剛健に対する軟弱の個人主義の思想。
明治35年、荒井恒雄の「酒を論ず」、「校風とは何ぞや」、「再び禁酒主義を論ず」が校友会雑誌に発表、また36年の藤村 操の自殺(「巌頭之感」を残し、日光の華厳の滝つぼに身を投じた)の頃から校友会雑誌に個人主義の論説が多くなっていた。
 「校友會誌上個人主義を唱ふる者少なからず。11月中旬の第一學期全寮茶話會は個人主義排斥演説會の觀あり」(「向陵誌」明治37年)

「平和の色」
 抬頭する個人主義の思想に対し、反対もせず傍観し、安逸に過ごそうとする者。
 「平和の風のそよぎては 人沈滞の色を見る 個人の聲の揚る時 共同の色はたいづこ」 (明治38年「王師の金鼓」3番)
幾歳しげく霜おきし 偸安の夢暖かに 守奮の氷とざしたる 池中の魚羨みし 3番歌詞 何年か何度も霜が降り寒い日が続いたが、それに比べ氷の下の池の水は暖かい。氷に閉ざされた狹い池の中で、目先の安楽を貪って泳いでいる魚が羨ましく、自分もそうなりたいと思っている。池の外に出て、寒さに耐え、いつか大海に出るという志を抱かないのか。

「偸安」
 目先の安楽をむさぼること。

「守奮」
 古い習慣を守る。保守。「偸安守奮」は、文明の世にふさわしくないという。

「地中の魚羨みし」
 自由を奪われている身の喩え。「羨み」は、優れている相手のように自分もそうありたいと憬れ、自分を癒しみ傷つく意。大海を知らない井の中の蛙になりたいというような意となるか。
 「『魚をほしがる気持ち』すなわち『官職を求める気持』をいうとされる」(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)
 「池中の魚が目前の安楽のみを追い求める意に用いている。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
文弱平和いかでかの 暴戻の敵屠るべき 偸安守奮いかでこの 文明の世にふさはんや 4番歌詞 軟弱な気風や争いを好まぬ気風で、どのようにして残虐非道の魯狄(ろてき)をやっつけることが出来るというのか。目の前の夢を貪ったり、古い習慣ばかりに固執していては、進歩改善の激しい今の世の中に取り残されてしまう。

「暴戻」
 乱暴で道理に反する。「暴戻の敵」とは日露戦争の敵のロシア。

「文明の世」
 西洋化・近代化を進め、東洋の覇者となろうとしている時。一高生は先頭に立って世の指導者とならなければならない。
尚武をかざす我が旗に  世を擧りてぞ靡く見よ 迷夢を破る我が聲に  人もろともに和する聞け 5番歌詞 武を尊ぶ我が一高の伝統精神を、世を上げて立派だと褒めているではないか。世の人の心の迷いに警告を発する一高生の声に、世の人は皆、従っているではないか。

「尚武をかざす我が旗に」
 勤儉尚武は一高の伝統精神。
黑風すさぶ黄海に 武士の魂花と咲き 陰雲とざす遼東に 健兒が劍玉ぞ散る 6番歌詞 明治37年8月10日、我が連合艦隊は旅順口を脱出したロシア艦隊を黄海で撃破した。これぞ武士の魂の勝利である。陸軍も、明治37年8月19日から11月28日にかけ、乃木将軍指揮の下、3回にわたる敵旅順要塞に総攻撃をかけ、遂に翌38年1月1日、さしものロシア軍も降伏した。一高健児の意気は大いに上り、刀を抜けば玉散る氷の刃とか、尚武の心はきらりと光り輝くのである。

「黑風すさぶ黄海に」
 明治37年8月10日の黄海海戦。日本連合艦隊が旅順口を脱出したロシア艦隊を撃破した。
「黄海」は、中国揚子江以北、遼東・山東両半島と朝鮮半島とに囲まれた海洋。黄河の水の流入で黄色を呈する。黄海海戦で黒煙を吐いて激突する艦艇、また黒煙を上げて撃沈する海戦の模様を「黒煙すさぶ」と表した。ちなみに当時の艦艇の燃料は石炭である。

「陰雲とざす遼東に」
 日露戦争の陸軍の主戦場、明治37年8月19日から11月28日に、乃木将軍指揮の下、3回にわたって行なわれた旅順総攻撃をいう。明治38年1月1日、ついに旅順の露軍は降伏した。

「健兒が劔玉ぞ散る」
 一高生が剣を腰に吊るしていたわけではない。一高生の勤儉尚武の心意氣をいう。「玉散る」とは、刀の刃のきらめくさまをいう。一高生が剣を腰に吊るしていたわけではない。「劍」の字は、大正14年寮歌集で「劔」、昭和50年寮歌集で「劒」と変わった。
あした旭日の昇る如 國威輝く五大洲 ゆうべみ空の映ゆる如 覇業ぞ成らん東洋の 7番歌詞 朝、朝日の昇る如く、日本の国威は全世界に輝く。夕、夕陽で西の空が真っ赤に映えるように、我が日本はロシアを破り、東洋の覇者となろうとしている。

「五大洲」
 アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、オセアニアの5つの州。全世界。
あゝ冬籠る十五年 我等が春はめぐり來ぬ いざ咲き出でん美はしく いざ薫らなんしるき香に 8番歌詞 あゝ、向ヶ丘の寄宿寮に籠城して15年、ついに我らの腕を振るう時が来た。向ヶ丘で3年間修養してきた勤儉尚武・質実剛健の心を、世の中に出て、美しい花として咲かし、薫り高く香を放とうではないか。

「あゝ冬籠る十五年」
 向ヶ丘に籠城して15年。その間に錬磨してきた尚武の心を日露戦争という国家危急の今こそ発揮しなければならない。

「しるき香に」
 「著し」は、ありありと見え、聞え、また感じ取られて、他とまがう余地がない状態。
                        

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