旧制第一高等学校寮歌解説
思い出づれば |
明治37年第回紀念祭寄贈歌 東大
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第一(第二は全部略) 1、思ひ出づれば十四年 彌生が岡に其昔し 植えにし花は春秋の 榮をここに示すかな 2、培ふ土は四綱領 自治の根ざし今固く 健兒が正義の志 五寮と共に空を衝く 3、春向陵に霞こめ しづ心なく散る花に 雄心こゝにおこりきて 雲の意氣揚らずや (1番歌詞) 1、「昔し」は大正10年寮歌集で「昔」に訂正 2、「植え」は昭和50年寮歌集で「植ゑ」に訂正 |
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反復記号の初めて登場した寮歌である。「六囘繰返ス」の文字は、昭和10年寮歌集で「二番以下ハ次の曲」と改められ。 調・拍子は不変である。譜は、概要、次のとおり変更された。 1、「しめすか」(4段3小節) レードミーレ(大正7年寮歌集) 2、「つちかふ」(5段1小節) ドーミミー(大正7年寮歌集)、さらに ドーミミーミ(昭和10年寮歌集) 3、「しかうりょ」(5段3小節) ド(高)ーラソーラ(大正7年寮歌集) *誤植訂正か。 4、「こゝろざ」」(7段3小節) ラードドーレ(大正7年寮歌集) 5、「ごりょうと」(8段1小節) ソーソソーソ(昭和10年寮歌集) 6、昭和10年寮歌集で、タイが3箇所(「おーかに」(2段2小節)、「はーな」(3段2小節)、「こーこ」(4段2小節))、スラーが1箇所(「ぢーち」(6段1小節」)に付された。 |
語句の説明・解釈
歌詞は自治を詠った第一(7番)と日露戦争の戦意高揚を詠った第二(9番)の長詩である。2月8日に戦争が始まったので、急遽、第二の歌詞を追加したものであろう。寄贈歌だからこそ加筆が可能であったか。紀念祭は、例年どおり3月1日、飾り物なく質素に行われた。 |
語句 | 箇所 | 説明・解釈 |
思ひ出づれば十四年 彌生が岡に其昔し 植えにし花は春秋の 榮をここに示すかな | 第一の1番歌詞 | 思い出せば今から14年前、彌生が岡に植えた自治の花は、毎年咲き匂って、今年もきれいな花を開花させている。寄宿寮の栄えある開寮14周年を祝う。 「思ひ出づれば十四年」 小学唱歌(明治14年) 「思ひ出づれば三年のむかし わかれしその日わが父母の」 「彌生が岡」 一高の所在地本郷区向ヶ岡弥生町。 「昔し」 遅くも大正7年寮歌集で「昔」に訂正。 「植えにし花」 一高寄宿寮の自治。「植え」は、昭和50年寮歌集で「植ゑ」に変更。 |
培ふ土は四綱領 自治の根ざし今固く 健兒が正義の志 五寮と共に空を衝く | 第一の2番歌詞 | 自治の花は、四綱領の土で育てられ、今や、根ざしは固く成長した。一高健児の正義の志は高く、五寮とともに天をも突くほどだ。 「四綱領」 寮開設にともない木下校長が寮生活において守るべき精神として示した四つの項目のことで、次のとおり。 第一 自重の念を起して廉恥の心を養成する事 第二 親愛の情を起して公共の心を養成する事 第三 辞譲の心を起して静粛の習慣を養成する事 第四 摂生に注意して清潔の習慣を養成する事 「五寮」 一高の五棟の寄宿寮(東・西・南・北・中寮)。このうち東・西寮は三層樓。 |
春向陵に霞こめ しづ心なく散る花に 雄心こゝにおこりきて 雲の意氣揚らずや | 第一の3番歌詞 | 春、向ヶ丘に霞が立ち込め、散る桜の花を見るにつけても心が落ち着かず、雄々しい心が起こって、天をも突く意氣が挙がる。 「しづ心なく散る花に」 古今・紀友則 「久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらん」 「青雲の意氣」 「星雲の志」は、高位高官の地位に至ろうとする志だが、ここでは、それより広く、天をも突く意氣と訳した。「青雲」は、高く超えたさまをいう。 |
秋校庭の月清く 空行く雁に歌ふ時 清怨轉た催しつ 若き血潮はおどらずや | 第一の4番歌詞 | 秋、帝大校庭の月が清く、シベリアから帰って来た雁が空を飛ぶのを見ては、ロシアへの恨みが、ますます湧いてきて、寮歌を歌えば、若い血潮は躍るのである。 「校庭」 進学先の帝大キャンパス。 「空行く雁」 「雁」は冬鳥(季語は秋)。北半球北部で繁殖し、日本へは秋に飛来する。戦雲立ちこめるシべりから飛んできた雁を見て、ロシアに対する恨みがつのるのである。 「清怨」 清らかな怨み・悲しみ。美しい物のあわれ。ここではロシアへの純粋な恨みをいうと解す。 「轉た」 ますます。いよいよ。 |
さわあれ思へ皆人よ 春長しへに春ならじ 見よや歴史に幾度の花の嵐を傳へずや | 第一の5番歌詞 | そうではあるが、皆人よ、春は永遠に春ではない、いずれ春は終わると、心せよ。一高寄宿寮の歴史を見てみよ、何度も自治の危機があったではないか。 「春長しへの春ならじ」 晩翠『星落秋風五丈原 天地有情「花とこしへの春ならじ」(森下東大先輩「一高寮解説書の落穂拾い」) 「さわあれ」 遅くも大正7年寮歌集で、「さはあれ」に訂正。「さはれ」に同じ、そうではるが。それにしても。 「花の嵐」 自治の危機。「花」は自治。 |
大津の浦にまどゐして 遊びし時よ小夜嵐 すさむや花に咲き狂ひ 危かりしよ其根ざし |
第一の6番歌詞 | 大津の浦にのんびりと水泳を皆で楽しんでいる時、夜嵐が荒れ、自治の花が吹き飛ばされそうに、また根っこが引き抜けそうになって、自治は危なかった。 「大津の浦」 明治27年、神奈川県三浦郡浦賀町字大津に開設した水泳場。 「小夜嵐」 向陵史上名高い明治30年に起こった南北寮の分割問題。高等師範の臨時養成所設置の為、老朽化した南北寮を廃止し、東西寮に統合する計画が発覚、これを聞きつけた寮生が大津水泳場にいた校友に報告したことから、自治制度の根幹を揺るがすものとして大問題になった。 寮生の計画阻止の奔走と熱意により、久原校長が翻意し、計画は撤回された。 「大津の浦にものゝふが 夢破りけん語り草」(明治36年「彌生が岡に」2番) 「花」、「根ざし」 「花」は自治の花。「根ざし」は、自治の花の根。 |
上野の森の白雲や 筑波おろしにみかきにし かひなにまかつみ打ち拂ひ 窮厄汝を玉としぬ | 第一の7番歌詞 | 上野の森の白雪や、筑波颪に鍛えた腕で、人に禍や不幸をもたらすという神を追い払った。危難にあい苦しんだことがあったればこそ、一高自治は、立派な自治となったのだ。 「まかつみ」 人に禍や不幸をもたらす神。「つ」は連体助詞で「の」の意。 「窮厄汝を玉としぬ」 「窮厄」は、危難にあって苦しむこと。「玉」は宝石。大器。「汝」は自治。 「玉磨かざれば光なし」あるいは「玉琢かざれば器を成さず」の諺に同じ。 |
奮へますらを其のかひな 奮ふは今の時なれや 入りては自治の守たれ 出ては國の鎮めたれ | 第二の1番歌詞 | 一高健児よ、その鍛えた腕を振るえ。今こそ振るう時である。寮に入れば自治の守りを、寮を出れば国の重しとなれ。 「出ては」 昭和10年寮歌集で、「出でては」に変更。第二の7番歌詞では「出でゝは」。 |
東亞の天地を君見ずや 暗雲ふさがり雲さはぎ 白雪氷るシベリアに スラブの蛮風すさめるを | 第二の2番歌詞 | 東亜の現状を見よ。暗雲が空を蔽い、風雲急を告げ、白雪は氷るシベリアに、スラブの蛮族が思うがままに暴れまわっているのを。義和団事件が終わっても、満洲から兵を引かず、満蒙韓の利権を窺うロシアの帝国主義的領土欲を踏まえる。 |
黒龍江畔殺氣みち 鴨緑江畔劔火飛ぶ 豺狼さけぶやアルタイ山 虎豹蒙古にうそぶくを | 第二の3番歌詞 | 黒龍江畔に殺気満ち、鴨緑江畔では剣の火花が飛んでいる。山犬と狼が叫ぶアルタイ山、虎と豹が蒙古の草原に嘯くのを、君よ見よ。第二の2番歌詞の「スラブの蠻風すさめる」の説明である。 「黒龍江畔殺氣満ち」 「黒龍江」は、アムール川のこと。「殺氣満ち」は、ロシア国境守備のコサック兵が清国人を多数殺してアムール川に投げ込んだ明治33年のブラゴヴェシチェンスク事件などを踏まえる。 「アムール川の流血や」(明治34年「アムール川の」1番) 「鴨緑江畔劔火飛び」 龍岩浦事件を踏まえる。ロシアは木材伐採を理由に鴨緑江左岸の龍岩浦に侵入、これが日英同盟に規定された「韓国への侵略」に該当するとして、日本がロシアとの開戦を決意した一つの理由となった。 「明治36年5月、ロシア、木材伐採を理由に鴨緑江畔龍岩里に進出し、清国馬賊を討伐。」(井下一高先輩「一高寮歌メモ) 「豺狼」 山犬と狼。残酷で貪欲な人。 「豺狼叫ぶアルタイ山」 「アルタイ山」は、中央アジア、ロシアの西シベリア平原と中国のジュンガル盆地、モンゴル高原との間に連なる山脈。 |
血に飽くことを知らずして 劔に人道蹂躙す 彼れ残虐のコサツク兵 満韓の野に狂へるを | 第二の4番歌詞 | 飽きることなく血に飢えて剣を振っては人道を踏み躙る。その名も残虐なロシアのコサック兵が満洲韓国の野に狂ったように暴れまわっている。 |
我れ文明の矛とりて 正義の旗をさゝげ持ち 艨艟海を覆ひつゝ 貔貅こゝに雄たけびす | 第二の5番歌詞 | 日本は、この野蛮なロシアを許してはいけないと、先進文明国の名において、正義の旗を掲げて、帝国海軍の連合艦隊は大挙して海を渡り旅順港外のロシア艦隊を攻撃し、陸軍は仁川に上陸して雄叫びをあげた。 「文明の矛とりて」 「恒に人道を逸するが如きことなく、終始光輝ある文明の代表者として恥づる所なきを期せらんこと」(山本権兵衛海相「司令長官らに開戦に備える訓示」−井下一高先輩「一高寮歌メモ) 「艨艟海を覆ひつゝ 貔貅こゝに雄たけびす」 明治37年2月8日 連合艦隊、旅順港外の露艦隊を攻撃。同9日、仁川の露艦2隻撃沈。 陸軍部隊、仁川に上陸。 「艨艟」は、いくさぶね。軍艦。「貔貅」は、古く中国で馴らして戦いに用いたという猛獣。転じて、勇猛な将士。つわもの。 |
いざもののふよ人道の爲 いざますらをよ世の 爲に 開花の風を香らしめ 國の光を輝かせ |
第二の6番歌詞 | いざ武士の魂を持った一高健児よ、人の踏み行うべき道のために、いざ勇ましい一高健児よ、世の中のために、花開いた自治の香を漂わせ、国の威光を輝かせ。 「開花の風」 花は自治の花(第一の歌詞の「植えにし花」、「花の嵐」、「花に吹き狂ひ」の花) 「明らかに『文明』と『開化』とを対比させた表現であり、『開花の風』は、おそらく『開化』の誤植であろう」(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」) |
正氣揮ふは今の時 ふるへや千餘の健兒等よ入りては自治の守たれ 出でゝは國の鎮めたれ | 第二の7番歌詞 | 正しい気風を発揮するのは今だ。千余の一高健児よ奮い立て。寮に入れば自治を守り、寮を出れば国の重しとなれ。 「正氣揮ふ」 「正氣」は、天地に漲っていると考えられている、至公・至大・至正な天地の気。正しい気風。 「出でゝは」 昭和50年寮歌集で、「出でては」に変更。 |
五城春今酣に 礎固し四綱領 柏葉とはに馨あれ 橄欖とはに光あれ | 第二の8番歌詞 | 一高寄宿寮は今、春真っ盛りである。四綱領に基づき自治の礎は固い。柏葉はとはに、いい香りを放ち、橄欖はとはに光輝け。 「五城」 東・西・南・北・中の五棟の一高寄宿寮のこと。籠城する城に喩える。 「四綱領」 第二の2番歌詞で説明済み。 「柏葉 橄欖」 一高の武文の象徴。 |
今年十四の春迎へ 紀念の宴ことほぎて いざ諸共に祈らなん 我自治寮の幾末を | 第二の9番歌詞 | 寄宿寮は今年14回目の紀念祭を迎える。紀念の宴を催して、さあ一緒に我が寄宿寮の幾末までの彌栄を祈ろう。 |