旧制第一高等学校寮歌解説

明けぬと告ぐる

明治37年第14回紀念祭寮歌 西寮

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1、明けぬと告ぐる鳥の音に  夜の色淡く消え行けば
  希望(のぞみ)の光輝きて       尊からずや朝の榮
  空に流れて永劫に      我世樂しき思ひ哉

4、平和よ自由よ将たとはに  盡きせぬ人の世の幸福よ
  常に在るべく祈れども    世は長へに春ならず
  彗星天に顕はれて      劔とるべき秋は來ぬ

6、天には光地には榮      理想の境に憧憬れて
  今宵うたげの我が庭に    昔偲ぶの歌よべば
  露滿天の星のかげ      若き光に匂ふかな
譜は、次のとおり若干の変更があった。

1、「ひかりー」(3段2小節)  レーレミーミに変更(遅くも大正7年寮歌集)。
2、タタ(連続8分音符、前項を含め4箇所)のリズムを全てタータ(付点8分音符と16分音符)に改めた。
  (大正14年寮歌集、昭和10年寮歌集)。
3、「そらに」の「そ」(5段1小節1音)   ソーソに変更、タイで結んだので実質変更ない(昭和10年寮歌集)。
4、タイ  昭和10年寮歌集で5段を除く各段2小節の3・4音をタイで結んだ(昭和10年寮歌集)。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
明けぬと告ぐる鳥の音に 夜の色淡く消え行けば 希望(のぞみ)の光輝きて 尊からずや朝の榮 空に流れて永劫に 我世樂しき思ひ哉 1番歌詞 夜明けを告げる鶏の音に、暗い夜が白々と明けて行く頃、東の空に希望の明の明星が輝く。やがて日が昇り、栄光の朝を迎え、明の明星が空から姿を消す。永久に我が世は春のように楽しい。

「希望の光」
 明の明星か、太陽か。「空に流れて」とあることから、明の明星と解した。日の出までの薄暗い東の空に輝く。やがて太陽が出て、見えなくなる。
我世樂しき思ひにて 歌ひて東風に嘯けば 潮若やぎ湧くが如 血汐ぞ胸に溢れ來る いでや此日を思出に 暫し來しかた顧みよ 2番歌詞 我世の春と楽しく、春風に向って寮歌を高吟すれば、新しい潮が湧き出したように、熱い血潮が胸に溢れて来る。さあさあ、紀念祭の今日を機会に、しばしの間、寄宿寮の過去を振返って見よう。

「東風」
 東から吹く風。春風。

「嘯く」
 (虎などが)ほえる。詩歌を口ずさむ。吟唱する。

「思出」
 思い出す縁となるもの。(深く心に留まるほどの)無上の喜び。「此日を思出に」は、紀念祭の日を機会にと訳した。
自治の標榜をかざしつゝ 籠りて早も十四年 世の波常に濁れども 我等が聲は清かりき 空に嵐は絶えねども 我等が城は安かりき 3番歌詞 自治をモットーに掲げ、向ヶ丘に籠城してから早や14年経った。そのお蔭で、世の中は常に濁って汚いが、我等一高生は、清いままである。また、空には嵐が絶えないが、我等の寄宿寮はびくともしない。
平和よ自由よ将たとはに 盡きせぬ人の世の幸福よ 常に在るべく祈れども 世は長へに春ならず 彗星天に顯はれて 劔とるべき秋は來ぬ 4番歌詞 平和よ自由よと、人の願う幸福は尽きない。しかし、常に幸福であれと祈っても、現実は永久に平和な春というわけにはいかない。凶兆の彗星が天に現れた。一高生が尚武の心を発揮して、起ち上る時が来た。

「彗星天に顯はれて」
 有名なハレー彗星が現れたのは、明治43年のこと。約76年の周期で地球に接近する。明治36、7年にどのような彗星が現れたかは不明。昔、中国や日本では妖星と称し、その出現を凶兆視した。ここでは、日露戦争の始まりをいう。

劔とるべき秋は來ぬ」
 一高生が尚武の心を発揮して立ち上がる時が来た。
実際に剣を執ることではない。
嵐に翔ける荒鷲を 正義の征矢に射とむべく  白木の弓に弦張れば 護國の旗ぞ翻る 祖國興らむ此春を 祝ふや寮の紀念祭 5番歌詞 嵐に翔ける荒鷲ロシアを正義の戦いの矢で射止めようと、白木の弓に弦を張ると、一高生の護国の心が奮い立って、校旗・護国の旗が翻る。祖国日本が運命をかけてロシアに挑んだ戦争の勝利を祈るとともに寄宿寮の紀念祭を一緒に祝おうではないか。

「嵐に翔ける荒鷲」
 「荒鷲」はロシアのこと。義和団事件に乗じてロシアは満洲を占領し、日露の満蒙鮮に対する権益の対立は深刻化、日英同盟へと日本を導いた。ロシアが満洲撤兵の約束を履行せず、鴨緑江に進出したので、日本政府は戦争を決意し、明治37年2月8日夜、日本軍は旅順のロシア艦隊を攻撃した。10日、日露両国は互いに宣戦布告を行い、日露戦争は始まった。

「征矢」
 戦闘に用いる矢。的矢・狩矢に対する。

「白木の弓」
 漆を塗る前の弓。汚れなき誠の心を示すか。

「護國の旗」
 一高校旗。深紅の背景に、柏葉橄欖の徽章の真ん中に、「國」の字が入る。「護國の旗ぞ翻る」とは、一高生の護国の心が振るい立つさまをいう。
天には光地には榮 理想の境に憧憬れて 今宵うたげの我が庭に 昔偲ぶの歌よべば 露滿天の星のかげ 若き光に匂ふかな 6番歌詞 天に太陽が輝き、地上の人々は幸福な理想の環境に憬れて、今宵、紀念祭を祝う我が寮庭に、昔を賞美する寮歌を高吟すれば、露は満天の星の光に淡く輝いて、色美しい。

「天には光」
 「光」は太陽で、正義・真理を象徴する。

「呼べば」
 「呼ぶ」は大声を立てる。ここでは高吟する。

「偲ぶ」
 賞美する。遠い人故人などを思慕する。「忍ぶ」(我慢する)ではない。

「露満天の星のかげ」
 この「露」はロシアではなく、寮庭に降りた露。満天の星に淡く光っている。「若き光」は淡い光。

「匂ふ」
 赤く色が映えるの意であるが、ここでは、色美しく映える。
                        


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