旧制第一高等学校寮歌解説

春まだあさき

明治36年第13回紀念祭寮歌 北寮

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1.春まだあさき武香陵    濟世利民の城高く
  塵雲濁浪せきとめて    そびえしまゝに十餘年
  榮光とはにうごきなき    北斗の光自治の旗

5.北風負ふて起つ者は     終に凱歌を奏すべし
  劔と筆とを手にとりて    われらが籠る高城の
  木戸押しあけて打出でん  時はや近し吾友よ

6.あゝ渾沌の昔より      永劫かけてうつし世の
  其とこやみを照すべき    北斗の光自治の旗
  正義われらと共にあれ   平和われらと共にあ
平成16年寮歌集添付の原譜では、第1段2小節4音が現譜と同じ「レ」となっている。

昭和10年寮歌集で、4箇所にスラーが付いた。
1、「あーさき」(1段2小節) 2、「まーまに」(4段2小節) 3、「とーわに」(5段2小節) 4、「ひーかり」(6段2小節)


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
春まだあさき武香陵 濟世利民の城高く 塵雲濁浪せきとめて そびえしまゝに十餘年 榮光とはにうごきなき 北斗の光自治の旗 1番歌詞 春になって間もない向ヶ丘に、世を導き民を救う高き志を持った一高寄宿寮が世の汚れや濁った波を堰き止めて聳え立って十三年余り。寄宿寮の栄光は永久に不滅で、北斗の光が闇の中に針路を示すように、自治の旗が国をも照らして翻る。

「武香陵」
 向ヶ丘の美称。

「濟世利民」
 [荘子庚桑楚]世の弊害を除き人民を救いたすけること。

「塵雲濁浪せきとめて」
 一高生は、俗塵を絶つため、俗世間から離れ、向ヶ丘の寄宿寮に籠城して起臥する三年間を送った(籠城主義)。明治33年には、南・北・中の3新寮が完成(東・西寮を加え5寮)したのに伴い、翌年から皆寄宿制となり、一高生は全生徒が入寮した。

「北斗の光」
北極星のこと。日周運動により、その位置をほとんど変えないため方位・緯度の指針となる。寮歌では、眞理・理想・針路を示す。自治の光を北斗の光に喩える。
 「自治の光は常闇の 国をも照す北斗星」(明治34年「春爛漫の」) 
大海原に湧きのぼる 潮の如き若人の 胸に希望ぞあふれたる 尚武の風にはヾたきて 圖南の翼ふるふべき 時はや近し我が友よ 2番歌詞 若き一高生の胸には、大海原に湧き立つ潮のように希望が溢れている。一高生よ、武を重んじる気風を発揮して、大業を企て挑む時が近づいたぞ。

「圖南の翼」
 大志をいだいて南方に行くこと。遠征または大業を企てること。
 鵬という大鳥が九万里も高く空に舞いのぼり、南の大海に飛んでいこうと企てた話[荘子、逍遥遊]

「時はや近し」
 去寮が近く世間の荒波に打って出る日が近いというより、日露戦争が間近に迫ったことを言うのであろう。
嵐になやみ浪になく 四海の民をにゑとして 勝ちほこりたる魔軍勢 打ちてしやまんますらをの 正義のいくさ行く處 自治の旗こそ翻へれ 3番歌詞 暴虐無尽に世界の民を犠牲にして勝ち誇った魔軍のような欧米列強。この敵を討たないではおかない勇ましい一高健児の正義の戦いの行くところ、自治の旗が翻っている。

「にゑ」
 犠牲。贄・牲 朝廷または神に奉る土地の産物、特に食用に供する魚・鳥などのことだが、ここでは、世界の民、特に東洋の民を食い物、犠牲としての意。昭和10年寮歌集で、「にへ」に変更。

「魔軍勢」
 通常は自治を邪魔する勢力のことであるが、ここでは中国、インド、インドネシアなど東洋の国を植民地ないし半植民として恣に搾取している帝国主義列強のことである。
「勝に荒ぶる魔軍勢」(明治35年「混濁の浪」2番)

「打ちてしやまん」
古事記 「神風の伊勢の海の生石に 這ひ廻ろふ細螺のい這ひ廻り撃ちてし止まん」
 敵を討たないでおくものか。

「旗こと」
 遅くも大正7年寮歌集で、「旗こそ」に訂正。誤植であろう。
豺狼荒ぶる夕やみの 野邊にまよへる子羊を 平和の園に導かん 光は高し北斗星 わがほこさきの影こりて 空にかゝると見ゆる哉 4番歌詞 山犬や狼がうろつく危険な夕闇の野辺に迷った子羊を保護して安全な園に導いてやろう。行く手を照らし導く光は、空高く輝く北斗の星の光。一高生の尚武の心が昂ぶって、矛先に凝り固まった光りが空にかかって北斗の星に見えるのだ。

「豺狼」
 やまいぬとおおかみ。貪欲残虐な獣。極悪無慈悲な人のたとえ。3番の「魔軍勢」に同じで、東洋諸国を食い物にしている帝国主義列強のこと。

「北斗星」
 一番で既述の北極星。自治の光を北斗の星の光に喩えるというか、一体となっている。
北風負ふて起つ者は 終に凱歌を奏すべし 劔と筆を手にとりて われらが籠る高城の 木戸押しあけて打出でん 時はや近し吾友よ  5番歌詞 北風に向って起つ者は、最後には勝利を得る者だ。剣と筆を持って、我等が籠城する向ヶ丘の高城の木戸を押し明けて、世間に打って出る時は、すぐ近くに迫っている。

「北風負ふて起つ者は、終に凱歌を奏すべし」
 北風に向って、すなわち北方のロシアと戦争をする者は、必ず勝利するの意。一高同窓会「一高寮歌解説書」は、「一般に『北風』は、厳しい寒風、行く手を阻む逆風の意を含み、また、権力や威力の烈しい勢いを喩えるごであり、いずれにしても、下句の『終に凱歌を奏すべし』とはそぐわない感じがする。」と解説する。「北風」をロシアと解し、ロシアとの戦争が目前に迫った緊迫した当時の狀勢を考えれば、「終に凱歌を奏すべし」という句は、何ら矛盾はない。

「劔と筆を手にとりて」
 文武両道の心を持って。
 「劍と筆とをとり持ちて 一たび起たば何事か」(明治35年「嗚呼玉杯に」2番)

「われらが籠る高城の木戸」
 籠城しているの城の木戸。フィクションである。

「時はや近し」
 1番で既述。満蒙鮮の利害で激しく対立する日露は、満韓交換を基調とした外交交渉を行なうも不調に終わった。日本は日英同盟を結び(明治35年1月)、日露戦争に備えた。戦争は目前である。
あゝ渾沌の昔より 永劫かけてうつし世の 其とこやみを照すべき 北斗の光自治の旗 正義われらと共にあれ 平和われらと共にあれ 6番歌詞 まだ、天と地が混然一体となっていて、分れていない神代の時代から、北斗の星は、幾末までも、この世の常闇を照らす。自治の光は、北斗の星と同じ、この世の闇を照らし、行く手を指し示すものだ。正義はわれらと共にあり、平和はわれらと共にある。すなわち、ロシアなんぞ何するものぞということ。

「北斗の光」
 北極星。1番で既述。
                       
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