旧制第一高等学校寮歌解説

暁寄する

明治36年第13回紀念祭寮歌 西寮

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1、 暁寄する新潮の      その浪高く鳴る所
   四海の闇は影ひそめ   愉快ならずや億劫の
   塵に眩ゆき光あり

2、空に無限の座を占めて  きらめき出づる明星に
  劫風夕べ鳴を止め     四大の荒び収まりて
  千歳春の歌を聞く

3、嗚呼彼の聲に亡びざる  望はとはにこもらずや
  嗚呼彼の歌に萎まざる  榮の花は開かずや
  醒めよ迷の夢醒めよ

8、葉末にそよぐ風の音か  海に逆巻く大濤か
  十三年の曙を        千すぢの琴は鳴り出でぬ
  力ある哉自治の歌
ニ長調・4分の4拍子は、大正14年寮歌集で、拍子が4分の2拍子に、昭和10年寮歌集で調がト短調に変わった。
譜の変更は主に大正14年寮歌集で、概要次のとうりである(原譜をもとにニ長調で説明)。

1、「あかつきよする」(1段1小節)の「るー」を「ドート」゙から「ドー」と1音に(大正14年寮歌集)
2、「そのなみ」(1段3小節)の「み」を「ド」から「ソ」に(昭和10年寮歌集)
3、「たーかく」(1段3小節)の「たー」を「ラーラ」から「ラー」と1音に(大正14年寮歌集)
4、「しかいやみ」(2段2小節)の「しか」を「ソソ」から「ソーソ」に、「やみ」をドミから「ドーミ」に(大正14年寮歌集)
5、「ひそめ」(2段4小節)の「め」を付点4分音符から2分音符に、8分休符を4分休符(大正14年寮歌集)
6、「ゆかいならずや」(3段1小節)を「ソ(ゆ)ーソ(か)ソ(い)ーソ(な)ド(ら)ーレ(ず)ミ(や)ー」から「ソ(ゆ)ーソ(か)ーソ(い)ド(な)ーレ(ら)ミ(ず)ーレ(や)」に(大正14年寮歌集)
7、「おくごーの」(3段2小節)を「ドーレミラソーー」」から「ドーミソーラソー」に(大正14年寮歌集)
8、「ちーりにまー」(3段3小節)を「ソソドーーソラソ」から「ソードーーソラーソ」に(大正14年寮歌集)、さらに「まー」を「ラーソ」から「ソー」に(昭和10年寮歌集)
9、「ひかりあーり」(3段4小節から5小節)を「レミソーラソドーー」から「レーレソーソードーー」に(大正14年寮歌集)、最後にフェルマータの記号をつけた(昭和10年寮歌集)

 以上の譜の変更にともない、「やみはかげひそめ」および「まばゆ」の部分は、2拍子でなく3拍子となった。


語句の説明・解釈

 3番歌詞の最後「醒めよ迷の夢醒めよ」は、一高寄宿寮で猛威を振るった端艇部ストームの前歌。今は寮歌祭で北大予科「ストームの歌」の前歌として高唱されている。この寮歌の作詞者は、これまた寮歌祭の定番「浪速の友に」(浪速高校)の作詞者辻村 鑑である。 

語句 箇所 説明・解釈
暁寄する新潮の その浪高く鳴る所 四海の闇は影ひそめ 愉快ならずや億劫の 塵に眩ゆき光あり 1番歌詞 夜明け、岸に寄せる新潮の波音が高く鳴り、四方の海の闇が明けてゆく。愉快ではないか、永遠の光が射し出でて、闇に蠢いていた塵を眩く照らすのは。

「光」は、太陽の真理の光。
「四海」は、四方の海。
「億劫」は、(仏)一劫の一億倍。永遠。劫は永劫の劫で、極めて長い時間の単位。
空に無限の座を占めてきらめき出づる明星に 劫風夕べ鳴を止め 四大の荒び収まりて 千歳春の歌を聞く 2番歌詞 広大な夜空に真っ先に唯一つ煌めき出す明星に、昨夜は、地獄に吹くような激しい風の音も止み、荒れた天候は収まった。寄宿寮の誕生を祝う紀念祭の歌が聞こえてくる。

「空に無限の座を占めて」
 夜空に真っ先に輝く明星は、無限に広い大空を独占しているかの如くである。

「四大」
 (仏)一切の物質を構成する地・水・火・風の四元素。「四大の荒び収まりて」は、荒れた天候が収まって、と訳した。
嗚呼彼の聲に亡びざる 望はとはにこもらずや 嗚呼彼の歌に萎まざる 榮の花は開かずや 醒めよ迷の夢醒めよ 3番歌詞 かの声には、自治が永遠に亡びない希望が込められている。また、かの歌には、自治が萎むことなく花開いて栄えていく力がある。寮生よ、迷いの夢から醒めよ。すなわち、自治共同の旗の下に結集せよ、ということか。「歌声」は、自治を讃える寮歌の歌声。
春向陵の月に散る 花に吉野の名は殘れ 自治の根ざしに青年の 理想の泉涸るゝ時 五寮の甍光なし 4番歌詞 春、月の光を受け、向ヶ丘の桜の花が散っても、桜の名所である吉野山の名は残るけれども、一高生に自治を守り、その礎を固める理想が湧いてこなくなったら、すなわち自治を守り固めていくという意欲がなくなったら、自治寮の前途は暗い。

「吉野の名」
 染井吉野ではなく、桜の名所吉野山の名。染井吉野は、日露戦争の勝利を祝って、全国的に植栽されたが、本郷一高の桜は、吉野山の桜と同じ山桜系統の桜が多かったと聞く。

「五寮の甍光なし」
 五寮(東・西・南・北・中の寮)の一高寄宿寮に栄えなく衰退していくこと。
嵐荒みて大空に 一つの星の消ゆる(ごと) 吾世の夢を破るべく 勤儉尚武(もだ)すとき 五寮の夕べ人もなし 5番歌詞 嵐が荒れ狂って、大空の一つの星が消えてゆくように、一高寄宿寮に勤倹尚武の風が廃れてしまったら、我世の夢である自治は終わって、五寮に誰も人はいなくなる。すなわち星のように消えてゆく。

「我世の夢」
 自治を守り、いよいよ盛んにしてゆく夢。

「勤儉尚武」
 業務に勤勉で、節約を重んじ、武勇を尊ぶこと。一高の伝統精神。
まだ春淺き岡の上 若葉の影に一張の 千すぢの琴ぞ懸りたる 其緒にめぐる若き血の たぎるや高き自治の歌 6番歌詞 まだ春浅い向ヶ丘の上、柏葉の若葉の影に、一高生千人の糸の琴が懸っている。その琴の糸に通う若い一高生の血潮がたぎって奏でる高き自治の歌。

「千すぢの琴」
 一高生千人を琴の糸に喩える。
見よ紫の雲間より 望の光さし()めぬ 十三年の曙を 彌生が岡の若櫻 瑞枝に躍る旭影 7番歌詞 見よ紫のめでたい雲間から、第13回紀念祭の朝が明け、自治の希望の光がさし始めた。彌生が岡の若桜の瑞々しい枝に朝日の光が煌めいている。若桜は、また一高生。将来の望みを担って、朝日に光り輝いている。
葉末にそよぐ風の音か 海に逆巻く大濤か 十三年の曙を 千すぢの琴は鳴り出でぬ 力ある哉自治の歌 8番歌詞 第13回紀念祭の明けゆく朝に、葉末にそよぐ風の音のように、また海に逆巻く大波のように、弱くまた強く一高生千人が奏でる琴の音が鳴り出した。まさに力のある自治の歌だ。
                        
先輩名 説明・解釈 出典
井上司朗大先輩 この歌の一行『醒めよ迷ひの夢さめよ(そのまま)」をくり返しうたいながら、真夜中に遠くから津波のごとく押しよせてくる大チャン(端艇部)のストームには参ったが、それも今はなつかしい思い出となる。 「一高寮歌私観」から
園部達郎大先輩 軽く快く歌える歌だった。『億劫の塵』に皆関心を持ち、いくつを言うのだろうと言いながら歌った。老いてこれがオックウと国字では読むと知り、笑いながら歌っている。

 ストームの折、まず遠くから『醒めよ迷の夢醒めよ』と歌って、(寝てる奴は起きろという程のこと)、大部隊は『上村中将の歌』を怒号してやってきた。
「寮歌こぼればなし」から


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