旧制第一高等学校寮歌解説

暴風驀然

明治35年第12回紀念祭寮歌 北寮

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1.暴風驀然海あれて     東亞の空は雲はやし
  長白山頭月凄く       洞庭湖邊殺氣滿ち
  天地にはびこる潮勢は   大和島根によせんとす

2.さはれ我すむ向陵の    柏に靈しき匂あり
  清き心の靑年が       誓ひかためし團結に
  籠れる自治の力には     國をも照らす光あ
4段2小節の3・4音は各8分音符の誤り? 初版寮歌集では8分音符・16分音符であったが、以後の大正10寮歌集では、2音とも8分音符で、この方が正しかろう。

ト長調・4分の2拍子は変わらない。大正14年と昭和10年の寮歌集であった変更の概要は次のとおり。14年は大正14年、10年は昭和10年の略。
1、1段1小節・同2小節、2段2小節の各4分音符を付点8分音符と16分音符の2音とした(10年)
2、5段2・3小節の各32音符を16音符と変更しし、その前の付点8分音符を8分音符とした(14年)。
3、その他、連続する8分音符を付点8分音符と16分音符とした(タタからタータ、11箇所、10年)。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
暴風驀然海あれて 東亞の空は雲はやし 長白山頭月凄く 洞庭湖邊殺氣滿ち 天地にはびこる潮勢は 大和島根によせんとす 1番歌詞 暴風がにわかに起こり海が荒れ、東亜の空は戦雲急を告げている。長白山上の月は悽慘として、洞庭湖畔は殺気に満ちている。天地にはびこる戦い必至の潮流はまさに日本に寄せんとしている。

「驀然」は、まっしぐらに進むさま。にわかに起こるさま。

「東亞の空は雲はやし」
 満洲・朝鮮での権益拡大で激しく対立する日露の戦争必至の状況をいう。
明治34年12月 伊藤博文、露外相と日露協定の交渉をするも頓挫、交渉打切り通告。
   35年 1月  日英同盟協約、ロンドンで調印。 

「長白山」
 中国東北部と朝鮮との境にそびえる火山、朝鮮では白頭山。松江江・豆満江と鴨綠江との中間にある長白山脈の主峰で、海抜2744メートル。

「洞庭湖」
 中国湖南省にある中国最大の淡水湖。東西約100キロ、南北約60キロ。沅水、湘水などが流れ入り、揚子江に注ぐ。周辺に岳陽楼や瀟湘八景などの名勝地がある。

 「長白山、洞庭湖は朝鮮・中国の名勝地。『月凄く』『殺気滿ち』と日露の緊迫した状況を形容するために「日本人にもなじみの深い地名を挙げ(一高同窓会「一高寮歌解説書」)たのだろう。これらの地で日露の衝突が実際にあったわけではない。
さはれ我すむ向陵の 柏に靈しき匂あり 清き心の靑年が 誓ひかためし團結に 籠れる自治の力には 國をも照らす光あり 2番歌詞 そうではるが、自分が住む向ヶ丘の柏には、すなわち一高の伝統精神には霊妙な威光がある。心の清い青年が自治を守ると固く誓った団結に秘めた自治の力には、寄宿寮だけではなく日本の国をも、その行く手を照らす力がある。

「柏」は、一高の武の象徴の「柏の葉」の柏。一高。
「國をも照らす光」
 「自治の光は常闇の 國を照する北斗星」 (明治34年「春爛熳の」6番) この「春爛漫」の歌詞は、平成16年寮歌集で、この歌詞と同じ「國をも照す」に改められた。こちらの表現の方が語調がよい。
創業以來十二年 勤儉尚武を歌ひたる たけく雄々しき健兒等よ 正義の旗を打ち立てゝ 胡沙ふく風に翻へし 莫邪の劔をふるへよや 3番歌詞 向ヶ丘に籠城してから12年、爾来、勤儉尚武をモットーに研鑽を積んできた猛く雄々しい一高健児たちよ。正義の旗を打ち立てて、満蒙の風に翻して、銘刀莫邪の剣を振りかざせ。日露決戦を前に昂ぶる一高生の気概を表現する。すなわち、正義は日本にあり、満蒙の地に乗り込んで、ロシアなど一刀両断のもとに斬り伏すぐらいの気概を持とうの意。

「胡沙ふく風」
 「胡沙」は、北方の蛮地の沙漠、蒙古地方の沙漠のこと。満蒙・朝鮮で激しく覇を争う日露の緊迫した対立のこと。
「莫邪の劍」
 中国古代の名剣の名。呉(楚または韓とも)の刀工干将とその妻莫邪は、呉王のために陰陽二ふりの剣を作った。陰の剣は妻莫邪が、陽の剣は夫干将が作った。転じて、名剣のことをいう。「劔」は、大正14年寮歌集で、「劍」に変更。
汚れし世にも咲く花の 色うるわしき橄欖樹 千世萬世の末までも うつらふ時はなかるらん 守成の事はかたくとも すてぬ丈夫の意氣一つ 4番歌詞 濁世の汚れた世にも、常緑の色美しい橄欖の樹。その美しい姿は、幾末までも永久に、色褪せ衰えることはないであろう。「創業は易く、守成は難し」というが、自治を守り礎を固めるという一高生の意気は、橄欖の緑の葉が色衰えることがないように、決して捨てることはない。

「橄欖」は、一高の文の象徴。
「守成」は、創業の後をうけて、その成立した事業を固め守ること。「創業は易く、守成は難し」とよくいう。3番の「創業以来十二年」をうける。先人が築いた自治の伝統を守り発展させていくこと。
來る年々の朝日子に 寄宿の春を偲びつゝ ゑがく望みも新なる 今日ぞ楽しき紀念祭 雲井に高き歌聲は 五つの城にひゞくなり 5番歌詞 朝日のように照り輝いた新人が、年々入ってきて寄宿寮は甦り、新しい理想を掲げて自治が発展してゆく。今日は楽しい紀念祭の日。天まで届けとばかり高く歌う歌声は、東・西・南・北・中の五つの寄宿寮に響き渡る。

「朝日子」は、普通、コは親しみをこめた接尾語で朝日のことだが、ここは朝日の子と解す。
「偲び」は、賞美すると思慕するの二つの意味があるが、ここは賞美する。すなわち新人が毎年、寮に入ってきて、寮は甦り、栄えてゆく。
                        
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