旧制第一高等学校寮歌解説
木芽も春の |
明治35年第12回紀念祭寮歌 中寮
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1.木芽も春の朝ぼらけ 都下百萬の花の夢 破る叫は武香陵 我自治寮の紀念祭 西の國より打よする 浪に四海は任せつゝ 石炭のけむり空とぢて 暗にかくるゝ大八洲 *「打よする」は昭和10年寮歌集で「打ちよする」に変更。 2.なみも煙も犯し得で 千古の雪の富士が峯 獨り立つらん燈臺の それにも似たらん我寮か 深き其闇破らんと てらす光は四綱領 無限の油底ひなき 自治の泉に湧き出でゝ *「我寮か」は大正7年寮歌集で「我寮が」に変更。 *「出でゝ」は昭和10年寮歌集で「出でて」に変更。 5.春はあまねき五大洲 ヒマラヤ山の峯高く 立てん柏の旗の上 金鵄かがやく時期して 草より出でゝ草に入る 月をも見けん武蔵野の 帝都百萬夢さめて 仰ぐは自治の寄宿 |
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ト長調・4分の4拍子は変わらず、譜の変更は、昭和10年寮歌集で12箇所の連続する8分音符を付点8分音符と16分音符に直しただけである。第3段の「にしのくにより」は、例外として連続する8分音符をそのままとした結果、、大サビ(クライマックス)となって、曲を盛り上げる効果を増した。 |
語句の説明・解釈
語句 | 箇所 | 説明・解釈 |
木芽も春の朝ぼらけ 都下百萬の花の夢 破る叫は武香陵 我自治寮の紀念祭 | 1番歌詞 | 桜の芽が芽吹いて、ようやく春がやって来た。都下百万の市民は何時桜が開花するかと浮かれている。その夢を破る叫びを上げるのは向ヶ丘、我が一高寄宿寮の紀念祭である。 「春」は、「張る」の掛詞。 「この芽」は、桜の花芽。 「朝ぼらけ」は、夜がほんのり明けて、物がほのかに見える状態、またその頃。多く秋や冬に使う。春は多くアケボノというが、ここは春の到来というほどの意と解す。 「花の夢」は、花見がまだかと浮かれていること。 「武香陵」は、向ヶ丘(一高の所在地)。桃源の故事の武陵を向ヶ丘に結びつけ美称したもので初出。「うべ桃源の名にそひて 武陵とこそは呼びつらめ」 (明治33年「あを大空」4番) |
西の國より打よする 浪に四海は任せつゝ 石炭のけむり空とぢて 暗にかくるゝ大八洲 | 1番歌詞 | 明治維新となって、西洋の文物技術を取り入れ、殖産興業に努めてきた。その結果、石炭の煙が空を閉じて、日本列島は暗にかくれ日本古来の順風美俗や美しい風土が失われた。別に、日英同盟を締結し(明治35年1月)、ロシアとの決戦を前に戦雲立ちこめる日本列島とも解することができる。日露戦争の旗艦三笠はじめ当時の戦艦の動力源は石炭であった。 ちなみに、綿糸の輸出額が輸入額を越えたのは明治30年。官営八幡製鉄所が操業を開始したのは明治34年のことで、この寮歌が発表された前年である。 「四海」とは、四方の海、世界、国内のこと。 「大八洲」は、多くの島からなる意で、日本国の古称。日本列島。 「打よする」は昭和10年寮歌集で「打ちよする」に変更。 |
なみも煙も犯し得で 千古の雪の富士が峯 獨り立つらん燈臺の それにも似たらん我寮か | 2番歌詞 | 西欧化の波にも工業化による煙にも汚されることなく、聳え立つ千古の白雪を頂く霊峰富士、また海岸の突端に独り立って暗闇の中を沖行く船に光りを放つ燈台。我が寄宿寮は、これら富士山や燈台に似ているではないか。 「我寮か」は大正7年寮歌集で「我寮が」に変更。 「治安の夢に耽りたる 榮華の巷低く見て 向ヶ岡にそゝりたつ」(明治35年「嗚呼玉杯に」) |
深き其闇破らんと てらす光は四綱領 無限の油底ひなき 自治の泉に湧き出でゝ | 2番歌詞 | 日本を蔽った深いその闇を破ろうと光りを照らすのは四綱領である。その光に使う灯油は、自治の泉から無限に湧き出している。 「底ひなき」は、際限なく、はてなく。 「四綱領」 寮開設にともない木下校長が寮生活において守るべき精神として示した四つの項目のことで、次のとおり。 第一 自重の念を起して廉恥の心を養成する事 第二 親愛の情を起して公共の心を養成する事 第三 辞譲の心を起して静粛の習慣を養成する事 第四 摂生に注意して清潔の習慣を養成する事 「自治の光は常闇の 國をも照す北斗星」 (明治34年「春爛漫」) |
天の浮橋空高く たゝせる神は二柱 潮かきませしみ鉾より たりし雫のおのころや 我大八洲治むべく みことかしこみ天孫の 下り給ひし高千穂の 峰にも比せん此陵か | 3番歌詞 | 向ヶ丘を天孫降臨の高千穂の峰に喩える。 「天の浮橋」(ハシは梯子の意) 天界と地上との間にかかり天つ神の地上への通路としたという梯子。イザナキ、イザナミ二神がこの浮橋から矛で海原をかきまわしてオノゴロ島を得たと伝える。 「おのころ」(オノは己、コロは凝の意) 神話でイザナキ、イザナミ二神が初めて作ったという島。後に日本の国をさす。 「天孫」 天つ神の子孫、特に天照大神の孫ニニギノミコトをいう。ニニギノミコトは天照大神の命を受けて高天原から大八洲(日本の国)を治べく高千穂の峰に降臨した。 |
柏葉繁き木かげより 見下す様は日に非なり 天下憂ひて自治の腕 尚武にきたふ友千餘 其燈台の初光り 其峰の上の若柏 昔祝ひて末思ふ 歳春茲に十二年 | 4番歌詞 | 向ヶ丘の柏葉が生い茂った木蔭から見下す巷の様子は日によって様々である。天下を憂いて、自治の腕を鍛え、尚武の心を養う千余人。向ヶ丘の若き一高生が、自治の光を灯してから十二年たった今年、先人に感謝し、将来に思いをはせて紀念祭を祝う。 |
春はあまねき五大洲 ヒマラヤ山の峯高く 立てん柏の旗の上 金鵄かがやく時期して 草より出でゝ草に入る 月をも見けん武藏野 帝都百萬夢さめて 仰ぐは自治の寄宿寮 | 5番歌詞 | 今、世界は、あまねく春に浮かれている。神武東征の時に弓の先に止ったという金色のトビが輝く時を期待して、いつか世界最高峰のヒマラヤの頂上に護國旗を立てよう。すなわち、一高の自治の光をヒマラヤの頂上から放って世界の人たちを照らそう。昔、草から出て草にいる月をのんびりと鑑賞したとかいう武蔵野の帝都百万の市民が浮かれた春の夢から醒めて、光り輝く向ヶ丘の自治の寄宿寮を仰ぐ。 「五大洲」 アジア州、アフリカ州、ヨーロッパ州、アメリカ州、オセアニア州の総称。 「柏の旗」 一高の旗、すなわち護國旗。 「金鵄」 神武天皇東征の時に、弓の先に止まったという金色のトビ。「金鵄かがやく時」は紀元節(建国記念日 2月11日)。 「草より出でゝ草に入る」 関東平野の広大さを喩える。「昔から武蔵野と言えば『草より出でて草に入る』というのが決まり文句」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)。 「草より出でゝ草に入るとは武蔵野の 「草より草に沈み行く 片われ月の武蔵野に」(大正6年「若紫に」) |