旧制第一高等学校寮歌解説

世紀の流れ

明治34年第11回紀念祭寮歌 南寮

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1.世紀の流れ絶えずして     ふりし百年送りては
  希望(のぞみ)の光新しき    我が世の春の朝ぼらけ

2.過ぎし我が世を見かへれば  悲しき憂を數々に
   天地こむる暗深く        北斗の星の影消えぬ

11.(ほぎ)の一節若けれど   常世の春の末かけて
   我が世の幸を謳ふべき 高き啓示(さとし)の自治の歌
ト長調・4分の2拍子は変わらず。昭和10年寮歌集で、次のとおり少し変更された。

1、「せいきの」(1段1小節)の「せい」 1音1字とするため、ソーソ(4分音符を付点8分音符と16分音符に分解)
2、「もゝとせ」(2段2小節)の「とせ」  前項と同様に1音1字とするため、ミーミ
3、「なーがれ」(1段1小節)、「ふーりし」(2段1小節)、「ひかりー」(3段2小節)の「-」にスラー


語句の説明・解釈


語句 箇所 説明・解釈
世紀の流れ絶えずして ふりし百年送りては 希望(のぞみ)の光新しき 我が世の春の朝ぼらけ 1番歌詞 時の流れは絶えることなく、100年が過ぎて、新しい20世紀を迎えた。希望溢れた新しい世紀の始まりを告げる夜明けである。

この年明治34年は、西暦2001年、新しく20世紀を迎えた。
過ぎし我が世を見かへれば 悲しき憂を數々に 天地こむる暗深く 北斗の星の影消えぬ 2番歌詞 過去を振返ると、悲しい出来事がたくさんあった。天地にこもる闇が深く、真理・正義の星である北斗の星の光も消えた。世に正義なく、今は闇の世界にいる。

「悲しき憂」は三国干渉。日本が日清戦争で獲得した遼東半島を露・独・仏三国の干渉により、清国に還付させられた事件。日本は、このような屈辱に耐えねばならないのは国力がないからとして、臥薪嘗胆をスローガンに海軍力増強等に国をあげて取組んだ(仮想敵国はもちろんロシアである)。
「北斗の星」は、北極星。日周運動により、その位置をほとんど変えないことから、方位・緯度の指針となる。寮歌では、正義・真理・針路等を象徴する。
正義むなしき名のみにて 人てふ道も仇なれや まがつみの手にくづされて 平和の光消えんとす 3番歌詞 正義は地に墜ち、人の踏むべき道も廃れてしまった。人に禍・不幸をもたらす禍神(まがつみ)のせいで、かすかな平和の希望も消えようとしている。「まがつみ」は禍神、人に禍・不幸をもたらすという霊力。「禍つひ」(ツは連体助詞。ヒは神霊の意)というべきところか。一高寮歌では「禍神(まがつみ)」という。

「正義むなしき名のみにて 人てふ道も仇なれや」
露独仏三国は、干渉の報酬を清国に求め、ロシアは大連・旅順を、ドイツは膠州湾を、フランスは広州湾を租借した。さらにこれに乗じて、イギリスも威海衛および九竜を租借した。これら列強の正義に名を借りた帝国主義的植民政策をいうものであろう。
秋燕京に長けしより 唐の大野に露しげし 胡砂ふく嵐腥く 千草の色も赤からむ 4番歌詞 義和団事件が終わり北京の秋がたけなわとなってからも、ロシアは軍を引かず、満洲に大軍を残留させている。満蒙の地では、ロシアが清国人を大量に虐殺したので、草木は人の血で赤く染まっていることだろう。

「燕京」
 北京のこと。戦国時代燕が都城をなして以降、華北の要地となった。元・明・清代の首都。明の永楽帝が北京と改名した(元代は大都)。

「唐の大野に露しげし」
 明治32年10月1日、山東の朱紅灯ら「興清滅洋」を掲げ、義和拳を拡大。この義和団運動で、中国各地が騒乱状態となり、各国公館が攻撃を受けた。これを鎮圧するため、日露など8ヶ国連合軍が北京に入城、明治33年8月15日、北京は陥落した。しかし、義和団事件終了後もロシア軍は軍を引かず、満洲(満州族の胡地である東三省)に大軍を駐留し続けた。「露」は、ロシア。

「胡砂吹く嵐腥く」
 胡砂(沙)は北方の蛮地の沙漠、ここでは満蒙の地での戦い、「アムール川の流血事件」 (明治34年寮歌「アムール川の」参照)をいうものであろう。「胡砂」は昭和50年寮歌集で、「胡沙」に変更。
 
鷲の羽風の音凄く 犠牲(にえ)をぞあさる猛爪(あらつめ)に 世界の地図を血に染めて ほこるか醜の凱旋(とき)の歌  5番歌詞 鷲は、ものすごい羽風を立てて、その猛々しい爪で、獲物を漁っては、世界各地で残虐非道な殺戮をくり返し、犠牲者を血祭りにあげては、誇らかに勝鬨を挙げている。

「鷲」はロシア。「アムール川の流血」事件に見るような残虐非道な手段によるロシアの帝国主義的領土野心ををいう。日本と満蒙韓の権益で激しく対立した。
さはれ我が住む東の 日出づる國は幸あれや おどろの露の影しげく 霞に咲くや櫻花 6番歌詞 それでは、我等が住む東の端の日出る日本の国は、大丈夫であろうか。ロシアは満蒙韓のみならず日本も虎視耽耽と狙っている。そういうロシアの影に怯えながら、日本は、霞の中に身を隠していなければならないのだろうか。そんなことはない。一戦交えてでもロシアの野望を阻止すべきだ。

「おどろ」は、生い茂った草木。イバラ。 「露」は、ロシア。「櫻花」は、日本。 「霞に咲くや櫻花」は、霞に紛れて咲くの意と解した。
大和心の一すぢに ちかひしかため千代かけて 匂も清きますら男の まほらの友も千餘人 7番歌詞 秀麗の地向ヶ丘には、幾末までも武士の魂を失わず赤誠の心を一筋に尽くすと誓った、顔だちの美しく清い猛々しい一高健児千餘人が集う。

「まほら」は、すぐれた場所。すなわち向ヶ丘。 「大和心」は、武士の魂をそなえた誠の心。
朝風にほふ岡の上に 礎かたき寮作り 自治の白旗かげかほる 十年の春も夢なれや 8番歌詞 朝風薫る向ヶ丘に、礎の堅固な寄宿寮を立て、先人が自治を伝えてきた10年の栄は夢であろうか。夢ではない。

「白旗」の白は対校競技での一高のシンボルカラー。自治の旗は、もちろんフィクション。「かほる」は、昭和50年寮歌集で、「かをる」に訂正。旗がたなびくほどの意。
岡邊の春は淺くとも 若草小草綠濃く たて添ふ三の新室に こもれる末の榮あり 9番歌詞 向ヶ丘の春はまだ浅いけれども、小さな若草は綠濃く、新造の南・北・中の3寮は、永久の栄を秘める。
「三の新室」は、明治33年9月10日に落成した南・北・中の3新寮のこと。旧南・北寮は構外にあった。この三寮の新設で収容人員が増え、全寮制が可能になった。
今宵のどけきまどゐして 遠き理想(をもひ)をしのぶれば 霞やむだく柏木の 深き匂ひぞ身にせまる 10番歌詞 今宵は、親しい友とゆっくりとくつろいで、先人が自治に託した思いを偲び語り合えば、春霞の中にあっても、なお美しく色映える柏木の綠濃き姿、すなわち、一高の伝統である自治の重みをひしひしと感じるのである

「遠き理想」は、先人が自治に託した思い。 「むだく」は、抱く。 「匂ひ」は、色美しく映える。「柏木」は、一高の武の象徴「柏葉」の柏木。
(ほぎ)の一節若けれど 常世の春の末かけて 我が世の幸を謳ふべき 高き啓示(さとし)の自治の歌 11番歌詞 祝の一節は、まだ11年と10年を1年越えただけで若いけれども、永遠の不老不死の国の春が終わるまで、寄宿寮が繁栄するように祈って、崇高なことを悟し示してくれる自治の歌、寮歌を歌おう。

ちなみに、第1回紀念祭は明治24年3月1日、開寮1周年を祝って東西寮食堂で行なわれた。そして一高最後の紀念祭は昭和24年第60回である。
                        

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