旧制第一高等学校寮歌解説

輝き渡る

明治34年第11回紀念祭寮歌 中寮

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1.輝き渡る紅の        波間に立ちて仰ぎ見よ
  富士千載の雪白く      望みすぐれし姿かな
  雄々しからずや若人の   しら刃打振り立つがごと

2.風腥きをたけびに      雲すさまじく舞ひ狂い
  夢深かりし曙の        亞細亞の空は荒れんとす
  血汐わきたつ若人の     か黒き腕はをどらずや

3.花ふりかゝる岡の上     五つの城ぞ聳えたる
  四色に染めし大旗の     靡くや自治の二字薫る
  新なる世の城高く       新なる世の旗長し
昭和10年寮歌集で、「らず」(5段2小節)および「ちふ」(6段2小節)を除く連続8分音符のタタのリズムを付点8分音符と16分音符のタータのリズムに改めた。その他は変更はない。その結果、5段・6段の「雄々しからずや」、「しら刃うちふり」がたいへん効果的となった。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
輝き渡る紅の 波間に立ちて仰ぎ見よ 富士千載の雪白く 望みすぐれし姿かな 雄々しからずや若人の  しら刃打振り立つがごと 1番歌詞 東、海の彼方に太陽が昇り、海上は紅に輝きわたっている。浪間から西の方を仰ぎ見ると、千載の白雪頂く富士の山が、八面玲瓏、朝日に光り輝いている。なんという望みに満ちた姿であるか。若者が白刃を振り立った姿に似て、なんと雄々しい姿であるか。

 太平洋上の日の出を拝み、振返り、田子の浦辺りから、富士の頂きを眺めた様子が目に浮かぶ。

万葉 山部赤人 「田子の浦ゆ うちい出見れば ま白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける」
風腥きをたけびに 雲すさまじく舞ひ狂い 夢深かりし曙の 亞細亞の空は荒れんとす  血汐わきたつ若人の か黒き腕はをどらずや 2番歌詞 腥い風が雄叫びをあげて吹き荒れ、雲は空を激しく飛び狂い、平和の夢から醒めたアジアの朝の空は、戦雲が立ちこめ、日露は、一触即発の状態だ。若き一高生の血潮は湧き立ち、その黒く日焼けした腕を試そうと、むずむずしているのではないか。

 義和団事件で出兵したロシアは東三省に留まり、互いに満洲・朝鮮の権益の拡大を画する日本とロシアの対立は深刻化して、一触即発の状態。
 
花ふりかゝる岡の上 五つの城ぞ聳えたる  四色に染めし大旗の  靡くや自治の二字薫る 新なる世の城高く 新なる世の旗長し 3番歌詞 桜の花の散りかかる向ヶ丘の上には、全寮制のために五寮に増えた寄宿寮が高く聳え立つ。自治の(しるべ)の四綱領で染め抜いた大旗が翻り、自治の二字が色鮮やかに翻る。新たなる21世紀に寄宿寮は高く聳え、新たなる世紀に自治はますます栄える。

「五つの城」
明治33年9月10日、南・北・中の3新寮が本校校内に落成し、一高寄宿寮は五寮となった。〔旧南・北寮は校外の賃借物〕
明治34年1月8日、寄宿寮規程を改正し、「本校生徒ハ在学中寄宿寮ニ入ルベキモノトス」(第三条)となり、念願の全寮制(皆寄宿制)が実現した。 

「四色に染めし大旗の 靡くや自治の二字薫る」
 「四色に染めし大旗」は、四綱領で染めた自治の大旗。「靡くや自治の二字薫る」とは、四綱領に則り、寮生が自治を守り寮をきっちり運営していること。これを自治の大旗が靡くと喩えたフィクションである。ここに、四綱領とは、寮開設にともない木下校長が寮生活において守るべき精神として示した四つの項目のことで、次のとおり。
          第一  自重の念を起して廉恥の心を養成する事
          第二  親愛の情を起して公共の心を養成する事
          第三  辞譲の心を起して静粛の習慣を養成する事
          第四  摂生に注意して清潔の習慣を養成する事

「校旗として『護國旗』があったが、『自治』を染め出した四色の大旗が実在したという確証はない。したがってこの二句は『自治の精神』を誇示するための一種の象徴的表現かもしれない。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)

「新たなる世」
 21世紀。明治34年は2001年。また、全寮制が実現したことも踏まえる。
此の城により皆人よ 魔軍を打てやいざさらば 此の旗をとり皆人よ 根城に迫れいざやいざ かしこに陣螺攻つゞみ ここに叫びの鬨の聲 4番歌詞 この寄宿寮に籠って、自治に仇なす魔軍を討って、さらに自治の大旗を翻して魔軍を追い根城に押し寄せよう。彼方に攻撃を開始する合図の法螺貝・太鼓が鳴り響けば、ここに勝利の鬨の聲が上がる。

「魔軍」は、自治に敵対する勢力。5番以下では、戦雲迫ったロシアを暗に念頭に置くようである。 「此の旗」は、3番の自治の大旗。「陣螺攻つゞみ」は、攻撃の合図の法螺貝と太鼓。ここに鼓は、革を張った楽器の総称。ここでは攻め太鼓。「叫びの鬨の聲」は、勝鬨。なお、遅くも大正7年寮歌集で、「叫び」は「矢叫び」と変更された。この場合は、「ここ」でも「かしこ」でも「戦い開始の合図の声が上がった」となる。その他、「此の城」は、遅くも大正7年寮歌集で、「此城」と変更された。
彼れ文明の弓執りて  のろひの征矢を放つとも 我れ忠孝の鎧着て 正義の白刃打ち振らむ 魔の風如何に荒ぶとも 義の花いかで散るべしや 5番歌詞 魔軍は威力のある弓をとって、呪をかけた戦いの矢を放とうと、我方には、身についた忠孝の精神と自治を守るという正義がある。魔軍が如何に魔風を荒ばせようと、正義の花が散ってなるものか。散ることはない。

「征矢」は、戦いの矢。「忠孝の鎧」は、忠孝の精神を身につけた。特に「忠」は、護国の精神。 「正義」は自治を守る正義。
夢なおそれそ鷲の羽の 羽ばたき峯をふるふとも 夢なおそれそ荒獅子の 嘯き谷をかへすとも 豊葦原の櫻咲く 魂のありかは動かじな 6番歌詞 鷲が羽ばたきして、富士の峰を振るわせることがあっても、決して恐れることはない。獅子が荒れ狂って咆哮し、箱根の谷にこだまを返すとも、決して恐れることはない。桜花咲く我が日本国には、武士の魂をそなえた国民がたくさんいるので、そんなことではびくとも動じない。来るべき対露戦争を踏まえる。

「鷲」は、ロシア。 「獅子」は、中国。「嘯き」は咆哮の意で、義和団事件を言うものと解する。義和団事件では、清国は列国に宣戦布告した。 「峰」「谷」は、日本を代表する富士山と箱根の谷と訳した。 「豊葦原」は、日本の美称。トヨは豊穣の意。 「魂のありか」は、武士の魂をそなえた国民のいる日本の意か。少なくとも一高生は武士の魂をそなえた国民である。 「夢」は、決して。 「な・・そ」は、禁止の意をやさしく表す。

「鷲の羽風の音凄く」(明治34年「世紀の流れ」5番)
「花は櫻木人は武士 武士の魂そなへたる」(明治23年「端艇部應援歌」)
希望あふるる我城の 前に横伏す戰や 門出を祝ふ一ふしに 世紀の城戸を開きたる 天の岩戸のかしこくも かゞやき染めし朝のごと 7番歌詞 卒業し、希望に溢れて我が一高寄宿寮から、一歩、城外に出れば、そこにはもう俗塵との戦いが待っている。お隠れになった天照大神が天岩屋戸を開くと、常闇の世が朝となり明るく光り輝いたように、門出を祝う寮歌に送られて、籠城した我が寄宿寮の滅多に開いたことのない城戸を開くと、世の中が明るく光り輝くのである。 「あふるる」は、昭和50年寮歌集で、「あふるゝ」に変更。

 俗塵を避けるため、一高生は寄宿寮に籠城した。城の城戸は入学・卒業の時以外は開かない。その城戸の開くのを日本神話の天岩屋戸の開放になぞらえる。
見よ紫の雲湧きぬ 君が八千代を歌はずや とはに樂しき今日の日よ とはにめぐりて榮あれ 8番歌詞 見よ、向ヶ丘に紫の瑞雲が湧いてきた。護国の旗を仰いで君が代を歌おう。寄宿寮の自治が永久に続いて、今日のように紀念祭を楽しく祝えるように、寄宿寮に榮あれ!

全寮寮歌や嗚呼玉杯が、まだ儀式歌でなかった初期の紀念祭では、国歌である「君が代」が歌われていたのではないか。「思へば遠し」(明治32年)の末尾の「君が代」掲載も少しは理解できる。
                        

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