旧制第一高等学校寮歌解説

あを大空を

明治33年第10回紀念祭寮歌 南寮

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1、あを大空を眺むれば   星に祖先の光あり
  馬革に骨を包むとも    水澤に血をは染るとも
  ラインを守れと歌ひてし  外国人もあるなるを
  櫻の春の名にしおふ   吾が自治寮の劣るべき
*「染る」は昭和10年寮歌集で、「染むる」に変更。

2、胡砂ふく風の身を犯す   睢陽城の夕まぐれ
  義のため我は國のため この世にたまをさらさんと
  けだかき心ちかひてし  外国人もあるなるを
  櫻の花の名にしおふ   我寮生の劣るべき

*「胡砂」は大正10年寮歌集で「胡沙」に変更。
音符下、歌詞について、
1、2段目3小節に「すいたく」(水澤)とあるが、大正10年寮歌集、昭和10年寮歌集でも「みさわ」で、「すいたく」は誤記か?
2、4段目3小節に「わが
ちぢりょうの」とあったが、「わがぢちりょうの」(大正10年寮歌集)と改めた。

譜は「大捷軍歌・澎湖島」の譜。
譜は、昭和10年寮歌集で、連続する16音符、及び2か所(2段1小節「ほー」、3段3小節「びー」)にスラーが付いた。その他はまったく変更はない。

元譜「澎湖島」は、他にMIDIやMP3が鳴っていないことを確認の上、下のスタートボタンを押してお聴き下さい。(譜の提供は、南部東大先輩)
                             


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
あを大空を眺むれば 星に祖先の光あり 1番歌詞 青く澄みわたった夜空に星が輝いている。祖先が星となって我々子孫を見守っているのだ。 
「あを大空」は、青く澄みわたった夜空。もし、これを晴れ渡った昼間の空とする場合は、「星」は、兜の星、すなわち兜の鉢に並べて打付けた鋲の頭とし、祖先の功名に輝き光ると解することも出来ないことはない。

「青くすみたる大空に 一筋かゝる天の川」(明治33年「青くすみたる」1番)
馬革に骨を包むとも 水澤に血をば染むるとも ラインを守れと歌ひてし 外國人もあるなるを  1番歌詞 戦死して馬革に死体を包まれることがあっても、また水辺を血に染めて斃れようと、ラインの領土を守れと叫んだドイツの愛国詩人のような外国人もいるが。
「馬革に骨を包む」は、「馬革裹屍」(バカクしかばねをつつむ) 馬の革で死体を包む。戦死すること。[後漢書 馬援伝]
「ラインを守れ」は、「ラインの守り」(1840年、マックス・シュネッケンベルガー作)は、第1次大戦時までのドイツを代表する軍歌・愛国歌。ライン川東部をフランスに割譲せよとのフランスの主張に対し、ドイツ国内において、「ラインを守れ」との愛国運動が広がった。普仏戦争の勝利とドイツ帝国誕生で、その気運は最高潮に達した。
櫻の春の名にしおふ 吾が自治寮の劣るべき 1番歌詞 護国の旗を校旗に戴く我が自治寮の護国の心は、「ラインを守れ」と歌ったドイツ人の愛国心に、決して劣るものではない。

胡砂ふく風の身を犯す 睢陽城の夕まぐれ 義のため我は國のため この世にたまをさらさんと 2番歌詞 唐の張巡が安禄山の乱に、睢陽太守許遠に援軍を求められ睢陽城に入り、命をかけて賊軍と勇敢に戦ったように、義を重んじ、また国のために、生命を捧げようと。
「胡砂」は、大正10年寮歌集以降では胡沙。北方の蛮地の沙漠のことだが、睢陽城は河南省商丘の南である。「胡砂ふく風に身を犯す 睢陽城の夕まぐれ」とは、孤城となった睢陽城を最後まで死守しようとしたが落城し、張巡は賊軍に捕われ処刑されたことを踏まえる。
けだかき心ちかひてし 外国人もあるなるを  櫻の花の名にしおふ 我寮生の劣るべき 2番歌詞 張巡のように志操の気高く固い外国人もいるが、「花は櫻木 人は武士 武士の魂そなへたる」と歌われた我が寮生の義を重んじ、国に殉ずる覚悟は、決して張巡に劣るものではない。

「花は櫻木 人は武士」(明治23年「端艇部部歌」)
十年の昔我はしも 濁波に暗き世の中を 逃れ出でつゝ夜半の月 すむべき宿をあされども  3番歌詞 今から10年前、濁った波が渦巻く濁世を逃れて、薄暗い月の明りを頼りに住むべき宿を彼方此方捜したが。

  3、十年の昔我はしも     濁波に暗き世の中を 
    逃れ出でつゝ夜半の月  すむべき宿をあされども 
    懦弱の雲の底深く     輕浮の風のすゑ寒し 
    はるべき庭は梓弓     彌生が岡にしかざりき
懦弱の雲の底深く 輕浮の風のすゑ寒し はるべき庭は梓弓 彌生が岡にしかざりき 3番歌詞 (塵の巷に宿を探したが)礼儀も弁えない意志薄弱な書生が多く屯する下宿はその悪影響が心配され、軽薄で浮ついた風が吹き人情の薄い塵の巷に寄宿寮を建てれば、その悪風にに染まる恐れがあった。寄宿寮の地は、俗塵を遠く離れた彌が岡をおいて他になく、この地に籠城することとなった。 「はる」は「張る」で構え設けるの意。「梓弓」は、彌生の「や」にかかる枕詞。

「近来我邦の風俗漸く壞敗して禮儀將に地に墜ちんとし殊に書生間に於ては徳義の感情甚だ薄く、試みに其下宿屋に在る狀況を察すれば放縦横肆にして殆んど言ふに忍びざるものあり。」
「苟も此惡風に染まざらん事を欲せば宜しく此の風俗に遠ざかり、此書生との交際を絶たざるべからず。而して此目的を達せんが爲には籠城の覺悟なかる可からず。我校の寄宿寮を設けたる所以のものは此を以て金城鐡壁となし世間の惡風汚俗を遮斷して純粋なる徳義心を養成せしむるに在り。決して徒に路程遠近の便を圖り或は事を好みて然るに非る也。」(「向陵誌」明治23年2月24日木下校長訓辞)
岡ベの梅の春淺く 東風ふくなべに若草の 燃ゆらむ望抱きつゝ 静けき野面の夕なれや 4番歌詞 向ヶ丘の春は浅く、梅の蕾もまだ開かないが、春風が吹くにつれ、若草も芽吹いてくれるだろう。誠に静かな野辺の夕暮れである。「岡べ」は向ヶ丘。「春浅い」は春になって間もない。「東風」は、春の風。

なお、4番の歌詞の「なべ」、「そへて」は、昭和10年寮歌集で、それぞれ「のべ」、「そひて」と変更されている。

  4、岡ベの梅の春淺く    東風ふくなべに若草の 
    燃ゆらむ望抱きつゝ   静けき野面の夕なれや
    うちに平和のみのりあり はた又そとに自治の花 
    うべ桃源の名にそへて  武陵とこそは呼びつらめ
うちに平和のみのりあり はた又そとに自治の花 うべ桃源の名にそへて  武陵とこそは呼びつらめ 4番歌詞 うちに自治の規則である四綱領があり、なおまた外に、それが自治の花として花開いている。まさしく俗世間を離れた別天地であり、昔、中国の武陵の一漁夫が辿りついたという”桃源”に匹敵する理想郷である。この桃源の故事にならい向ヶ丘をこれからは”武陵”と呼ぼう。

「平和のみのり」は、平和の御法、すなわち四綱領。「自治の花」は、仏教の御教の花、法華を踏まえたか。「うべ」は、なるほど。道理である。もっとも。「桃源」は、(陶淵明の『桃花源記』に書かれた理想郷から)俗世間を離れた別天地。武陵の一漁夫が桃林中の流をさかのぼって、ほら穴に入り、ついに秦の遺民の住む別世界に遊んだという故事。「武陵」は、一高の所在地である本郷区向ヶ丘彌生町を桃源の故事にならい、武陵と呼ぼうとの意。この武陵という呼び名は、やがて「向ヶ丘」と結びついて、「礎固し武香陵頭」(明治35年東大寄贈歌)、「春まだあさき武香陵」(明治36年北寮寮歌)と「武香陵」の美称を生みだした。それと同時に「向ヶ丘」も「白雲なびく向陵に」明治34年西寮寮歌のように「向陵」と漢風に呼ばれるようになった。「武陵」の「武」は、また、武蔵の国の「武」でもある。
霞も雲もいまははや 我岡の上にすまばこそ 千餘のをのこ一筋に 操を松にみがきつゝ 5番歌詞 丘に霞がたなびき、空に雲が浮かぶ向ヶ丘の景観は、今や、すっかり馴染んできた。千余の一高生は、一年中、緑色の葉の色を変えることのない松にも劣らない固い志操を磨きながら。

  5、霞も雲もいまははや   我岡の上にすまばこそ
    千餘のをのこ一筋に   操を松にみがきつゝ
    學の海の楫まくら     百千の珠を集め來て
    光をそふる日の本の   寶となさでやみぬべき
學の海の楫まくら 百千の珠を集め來て 光をそふる日の本の 寶となさでやみぬべき 5番歌詞 学びの海の航海に、多くの前途有為な若者を集めてきた。将来、日本の発展のために輝かしい活躍をしてくれるように育てなければならない。「楫まくら」は、楫を枕として寝る意。一高での学園生活をいう。「珠」は真珠だが、ここでは前途有為の若者。「寶」は国が誇る逸材。
沖つ荒潮あるゝとも 掣電地をば碎くとも 見よ我骨の硬きとき 見よ我呼吸の通ふ時  外国人におとらめや 6番歌詞 沖の海が荒れようとも、雷が地を砕くことがあっても、我が志操の堅固はゆらぐことはなく、生ある限り、外国人に劣ることはない。「沖つ」は沖の。「掣電」は、いなづま。電光。「硬骨」は、意志が固く権勢などに屈しないこと。「呼吸が通う」は、まだ死なないで生きている。「外国人」は、「ライインを守れ」のドイツの愛国者や、義のため国のために死んだ張巡などをいう。


  6、沖つ荒潮あるゝとも     掣電地をば碎くとも
    見よ我骨の硬きとき    見よ我呼吸の通ふ時
    外国人におとらめや    十年は千代の始めなり
    守れ武陵のますらをよ   進め武陵のますらをよ
十年は千代の始めなり 守れ武陵のますらをよ 進め武陵のますらをよ 6番歌詞 開寮10周年は、これから始まる1000年の始まりである。向ヶ丘の勇ましく猛々しい若者よ。自治を守り、発展させてくれ!!
            
       
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