旧制第一高等学校寮歌解説

千代呼ぶ聲に

明治33年第10回紀念祭寮歌 東寮

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、千代よぶ聲に星はさり   かくはしきかな春霞
  見よ白梅の梢より     麗はしきかな朝日影
  暗まだ西の空をこめ    南に風の尚黒く

2、北は夜寒と契れども    軒端よ獨り東しの
  十九世紀はいつしかや  十歳の春もいつしかや
  そこに我等の世を迎へ   茲に我等の春來る
*「軒端よ」は、昭和50年寮歌集で、「軒端に」に変更。
*「東し」は、大正7年寮歌集で、「東」に変更。
譜は「楠公の譜」(明治32年発表の曲である。発表後、ただちに寮歌に借用したことになる。)

「みよしら」(3段1小節)の「ら」はミ(高)の誤植か。大正7年寮歌集で、ミ(高)に変更された。昭和10年寮歌集で、「こーえ」(1段2小節)、「かーぐ」(2段1小節)等5箇所にスラー・タイが付された他は、その後の変更はない。

元譜である「楠公の譜」(ハ長調・4分の2拍子、♩=114)は、下のMIDIで演奏を聴くことが出来ます。他のMIDI、MP3の音が鳴っていないことを確かめ、スタートボタンを押して下さい。(譜は、東大南部先輩提供)

                              


語句の説明・解釈

 明治37年初版寮歌集では、この寮歌の番数は、二行で括られているが、大正10年寮歌集では、既に現行と同じ三行で括られている。初版書込みにも現行の番数どおりに訂正されているので、それにならって歌詞の番数は現行どおりに訂正した。(初版寮歌集番数は、現行8番に対し、12番である)

語句 箇所 説明・解釈
千代よぶ聲に星はさり  かくはしきかな春霞 見よ白梅の梢より 麗はしきかな朝日影 暗まだ西の空をこめ 南に風の尚黒く 1番歌詞 国と寄宿寮の千載の彌栄を願う声に星は次第に薄らいで、赤色に染まった綺麗な春霞が一面向ヶ丘に立ちこめている。白梅の梢から麗々しく朝日が射し出したのだ。しかし、西の空はまだ暗く、南の空はなお暗く腥い風が吹いている。
「暗まだ西の空」は、中国の義和団事件。「南に風の尚黑く」は、南アのボーア(ブール)戦争。

明治32年10月1日 山東の朱紅灯ら「興清滅洋」の義和拳を拡大(「義和団運動」)
      10月11日 南アフリカボーア戦争勃発(明治35年5月31日まで)
 
北は夜寒と契れども 軒端よ獨り東しの 十九世紀はいつしかや 十歳の春もいつしかや そこに我等の世を迎へ  茲に我等の春來る 2番歌詞 北は夜寒と決まっているが、露仏独は中国と契って、露骨にも三国干渉の見返りを得た。そんな時に日本は、ひとり日の昇る暖かい軒先でのんびりと平和に過ごしている。それでいいのか。19世紀はいつしか去り、寄宿寮開寮10周年を早や迎えることになった。我等の活躍の新たな世を迎え、ここに我等の紀念祭は来た。
 「北は夜寒と契れども」は、三国干渉の見返りに、明治31年3月、露は旅順・大連を租借、独は膠州湾租借、翌年11月、仏は広州湾租借。
 「19世紀はいつしかや」は、この年、明治33年は1900年(正しくは19世紀の最後の年)であることを踏まえる。なお「東し」の「し」は、遅くも大正7年寮歌集で削除。

 1・2番歌詞で、「東西南北の旧四寮を詠み込んでいる。この年の9月には南北中の3新寮が完成し、5寮となった。」(森下東大先輩「一高寮解説書の落穂拾い」)
優しからずや青年の 理想の夢の清くして 
樂しからずや若き血の 旭にくしくたぎるとき 自然の力尊しや 我等を此に生みなしつ
3番歌詞 「樂しからずや若き血の 旭にくしくたぎるとき」は、日の出の太陽の光を見ると、不思議にもやる気が出て若き血が滾るのは楽しいではないか。「くしく」は、不思議に。太陽は、正義・真理の象徴であるが、ここでは万物を育むエネルギーの源。
我大君を衛るべく 自治の旗風かんばしく さはれ皆人かへりみよ なが黒髪にたきこめし 自治は果たして自治なるか 果たして自治は自治なるか 4番歌詞 一高の建学精神は天皇を護ること、それには寄宿寮の自治がきっちり寮生により運営されていなければならない。そうであるから、ここで自治について深く考えてみよう。頭の中で自治だと思い込んでいる自治は、本当の自治であろうか。その自治は理想的な自治なのかと。
今宵奏づる琵琶の音よ しらべ妙なる四つの緒よ 其糸すじの通はねば たくみの撥も何かせん あゝそれ弦のたぐひなく 若夫れ撥の麗添はば 5番歌詞 今宵演奏する琵琶の音よ。調べ妙なる4つの弦よ。その弦が張ってなければ、どんなに立派な撥があっても、音は出ない。撥と弦の二つが揃って、初めて妙なる音が演奏できる。「琵琶」は自治。「四つの緒」は四綱領。「撥」は寮生の自治を守るという固い意志。自治は、寮生が四綱領に則り自治を守るという固い意志がなければ、成立しない。「糸すじ」は、昭和50年寮歌集で、「糸すぢ」に変更。
「麗」は、綺麗でなく、ここでは、ふたつ、揃いの意。

5番の歌詞は、白居易 『琵琶行』の次の詩を踏まえていると思われる(井下一高先輩「寮歌メモ」)。

  「大絃は嘈嘈として急雨の如く 小絃は切々として私語の如し
   嘈嘈切切錯雑して弾ずれば  大珠小珠玉盤に落つ
    ・・・・・・・・・・・・
   曲終りて撥を抽きて心に当りて画すれば 四絃一声裂帛の如し
   東船西舫悄として言無く 唯見る江心に秋月白きを」
                                
あゝ嘈々か切々か 調はいかに妙ならん 自治なるかなや長へに 自治なるかなや長へに 自治ならずんば如何にせん 自治ならずんば如何にせん 6番歌詞 騒々しい音もあれば、心の情感に迫る音もある。ああ、どのように演奏したら、永久に自治であるための妙なる音が出せるのか。自治の音を出せなかったら、一体、どうしょう。
自治を止よという勿れ 自治ならずんば如何にして 蝶舞ひ狂ふ東洋の 園生の垣を結び得ん 南亞の空は荒るれども 見よテームスの夜半の月 7番歌詞 自治を止めようなどと言わないでくれ。自治が一高寄宿寮で不成功に終わったら、どうなるというのか。欧米列強が蝶のように我が物顔に振る舞っている東洋を、誰が守ってやるというのか。自治がなければ、この東洋を守ることが出来ないのだ。「蝶」は、東洋を植民地ないし半植民地にして甘い汁を吸っている欧米列強。
 南アではボーア戦争を戦っているというのに、本国イギリスは何もないように平和で、ロンドン・テームス河畔には夜半の月がいつものように出ている。
「南亞の空は荒るれども」は、1899年から1902年のボーア戦争。
 19世紀、イギリスはケープ等の領土を獲得、ボーア人(Boer、オランダ人等ヨーロッパ人移民とその子孫。農民を意味する蔑称)が建てたトランスバール共和国、オレンジ自由国に露骨な干渉を行った。両国は同盟を結びイギリスに宣戦し、戦争を起したが、1902年イギリスに負けた。この結果、イギリスは、ローデシアを含めて南部アフリカ一帯に覇権を確立した。世界史的にはこの戦争は、列強の世界分割、アフリカ分割を締めくくる事件とみられている。

「我等起たずば東洋の 傾く悲運を如何にせむ」(明治35年「混濁の浪」5番)
「自治の光は常闇の 國を照せる北斗星 大和島根の人々の 心の梶を定むなり」(明治34年「春爛漫」6番)
平和の聲はたかくとも きけシベリアの山彦を そこに我等の世を迎へ こゝに我等の春來る いでや歌はん大君を  我自治寮の礎を 8番歌詞 今は戦争もなく平和だと浮かれている人は多いが、満蒙の権益を虎視たんたんと狙っているロシアを見よ。何時、ロシアと一戦あるやも知れない緊迫した状況にある。そういう時に我等の時代はあり、我等の紀念祭を迎えたのだ。護國の旗を校旗とする我等、さあ、歌おう護國の歌を、我が自治寮の礎が強固なものになるように。
「シベリアの山彦」は、満蒙の権益を虎視耽々と狙うロシア。
ロシアは、中国の義和団事件(1898から1900年)で日本に次ぐ軍隊を派遣し、満州の権益拡大を虎視眈々と狙っていた。日本は、せっかく日清戦争で勝ち取った遼東半島を三国干渉で失った。しかもロシアは、その見返りに清国から旅順・大連の租借を得た。日本は、臥薪嘗胆をスローガンにロシアを仮想敵国として海軍の軍備増強等に国を挙げて取り組んでいた時代であった。      

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