旧制第一高等学校寮歌解説

武成の昔

明治32年第9回紀念祭寮歌 東寮

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1、武成の昔ありきてふ   野邊に狂へる春駒の
  春を知らせて皆人は  花の心になりにけり
  尾上の松はつれなくて 籬の竹の色あせぬ

2、人のふむべき道をとめ 世の浪風にさかひつゝ
  散るを求めて古の    武士の心を身にそへて
  太しく立てし寄宿寮   動きなきこそ嬉しけれ
*「さかひつゝ」は、現寮歌集では「さからひつ」
                           
3、守は堅しむらぎもの   心一つに千餘人
  きほふ嵐の其中を    自治の旗色鮮かに
  ゆめも恐れず進むなる  我ますらをの雄々しさ
譜は「黄海の役の譜」。

明治37年の初版寮歌集には調号の記載はなく原譜をハ長調としたが、大正7年、同10年、同14年のハーモニカ譜の寮歌集では全てト長調であるので、最初からト長調であったかもしれない。

昭和10年寮歌集で、次のとおり変更した。
各小節(除く4の倍数小節)のリズムを、2分音符を付点4分音符と8分音符に分けるなどして、ターータターータのリズムに統一した。「むかしー」の「しー」など歌詞が一語の箇所は、タイまたはスラーで結んだ。スラーは「たけのー」の「のー」の1箇所。

「黄海の役の譜」は、次のMIDIでお聴きになれます。他のMIDI、MP3の音が鳴っていないことを確かめ、スタートボタンを押して下さい。
                           

 明治27年9月17日、日本艦隊は、黄海で清の北洋艦隊を撃破、大勝した。広島の大本営でこの勝報をお聞きになった明治天皇御自らこの長い詩を詠んでお喜びを表した。(楽譜提供は、東大南部先輩)

 
1、 頃は菊月半ば過ぎ
我が帝国の艦隊は
大同江(たいどうこう)艦出(ふなで)して
敵の在処(ありか)を探りつつ
2、

目指す所は大孤山 (たいこさん)
波を蹴立てて行く(みち)
海羊島のほとりにて
彼の北洋の艦隊を

3、 見るより早く開戦し
あるいは沈め又は焼く
我が砲撃に彼の(ふね)
(あと)白波と消え失せり
4、 忠勇義烈の(たたかい)
敵の気勢を打ちひしぎ
我が日の旗を黄海の
波路(なみじ)に高く輝かし
5、 いさおをなして勇ましく
各艦共に挙げ競う
凱歌は四方(よも)に響きけり
凱歌は四方に響きけり


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
武成の昔ありきてふ 野邊に狂へる春駒の 春を知らせて皆人は 花の心となりにけり 1番歌詞 その昔。中国は周の武王の頃、あった話という。もう平和になったから武具は不要ということで、兵馬が野に放たれたのを見て、人々は平和ボケしてしまって、遊び呆けてしまった。

「『武成』は『書經』の篇名で、そこには周の武王が殷の紂王を伐ち、その武功が成就したことが記してあるので、日清戦争の勝利を示しているかと思われる。」 (一高同窓会「一高寮歌解説書」)

「書経『武成』篇に、周の武王が殷の紂王を伐ち、その武功が成就したこと、そして武器はしまって文徳を布き、馬を崋山の陽(南)に帰し、牛を桃林の野に放って、天下にもう用いないことを示したと記されている。『野辺に狂へる春駒の…』は、華陽に放たれた馬になぞらえて、平和に浮かれているさま(『花の心になりにけり』)を示す(東大森下達朗先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」)
尾の上の松はつれなくて 籬の竹の色あせぬ 2番歌詞 尾の上の松の赤松と黒松がつれなくなるように、世の中の人情は廃れ、手入れが行き届かないために(まがき)の竹が色褪せてしまうように人の住む家も手入れされることなく、荒廃してしまった。
「尾上の松」は、兵庫県加古川市尾上神社の境内にある天然記念物の松。赤松と黒松が合着、幹は赤松、枝は黒松に似る。相生の松。 「籬(まがき)」は、竹・柴などを粗く編んでつくった垣。
人のふむべき道をとめ 世の浪風にさかひつゝ 散るを求めて古の 武士の心を身にそへて 2番歌詞 人の踏むべき道を求めて、世の波風をものともせず、信義のためには、潔く散るのも厭わない古武士の心を備えた。「さかひつゝ」は、さからう。抵抗する。昭和50年寮歌集で「さからひつ」と変更された。

「花は櫻木人は武士 武士の魂そなへたる」(明治23年「花は櫻木」)
守は堅しむらぎもの 心一つに千餘人  3番歌詞 心を一つにして自治を堅く守る1千人の寮生。
「むらぎもの」は、「群肝の」[枕詞](ムラキモは群がっている臓腑(きも)の意で、内臓のこと) 心は内臓のはたらきによると信じられていたことから、「心」にかかる。
きほふ嵐の其中を 自治の旗色鮮かに ゆめも恐れず進むなる 我ますらをの雄々しさよ 3番歌詞 嵐の中を決して恐れることなく、自治の旗色を鮮明にして、我先に進む一高生の勇ましく猛々しいこと。
「きほふ」は、勢い込んでわれ先にする意。「ゆめも」は、決して(・・・するな)。
隅田川原の夕風に 上野の森の白雪に とぎ磨きたる常磐木の みどり色こき操こそ 4番歌詞 隅田川原の夕風や上野の森の白雪の風雪に耐え、研ぎ澄まされて一年中葉の色を変えない常緑樹の告F濃い操こそ。「常磐木」は、常緑樹。自治を守る一高生の志操を色変えぬ常緑樹の高ノ喩える。

  4、隅田川原の夕風に   上野の森の白雪に 
    とぎ磨きたる常磐木の みどり色こき操こそ
    富士の高峰に比ぶべく げにたぐひなき印なれ
富士の高峰に比ぶべく げにたぐひなき印なれ 4番歌詞 富士山にも匹敵する、ほんとうに類のないことの印である。自治を守る一高生の志操の高さは、富士の高嶺に匹敵するものである。
名もなつかしき彌生の 陵の上高き我寮は あはれよろづの鑑ぞと  5番歌詞 彌生が丘の弥生(いやおい)のように、いよいよ草木が生い茂って盛んな丘の上高く聳えたつ一高寄宿寮は、なんと全ての手本だと。
「彌生」は、彌生が丘と、草木がいよいよ生い茂る意をかける。

「名も懷しき彌生の」(大正8年「瑞雲映ゆる」1番)
いや香しき年をへて 九たびの春を迎ふなる 草の高ニもろ共に 5番歌詞 たいへん誉れが高い年月を経て、向ヶ丘の草が芽吹き緑になる春、今年第9回目の紀念祭を迎えた。
祝へよ祝へ今日こそは 我寄宿寮の生れ來し 樂しき日ぞや玉かつら たゆる事なく呉竹の 世々に榮えん皆人よ 祝へ千年の末かけて 6番歌詞 「玉かつら」は、[枕詞]蔓が長くのびるので、「絶えず」「絶ゆることなく」「遠長く」にかかる。 「呉竹の」は、[枕詞]竹の()(ふし)の意から、「世」「夜」「伏し」などにかかる。

  6、祝へよ祝へ今日こそは  我寄宿舎の生れ來し
    樂しき日ぞや玉かつら   たゆる事なく呉竹の
    世々に榮えん皆人よ    祝え千年の末かけて
                        

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