利根川

シーバス
暗闇の中
暗闇の中

 利根川の汽水域を越えて、利根川大堰堤までは150qある。信じられない距離をシーバスは上ってくる。そして、そこには多くの釣り師達が待ち受けている。サクラマス狙い、シーバス狙い、大鮠狙いと困難を乗り越えてきた魚を、ここぞとばかり待ち受ける。人間の性を説いても致し方ないが、最後の困難こそ魚にとっては大きな壁となる。さて、それほどの困難が待ち受けているのになぜ魚達は遡上するのか。捕食のためか、種の保存のためか、それは自然の合理性なのか、理由は定かでない。しかし、魚達は上ってくる。ベストやウェーダーと着飾った釣り師が、芸術家のごとく竿を振る。ベストの表裏には何とか道、なんとか釣りの会とあたかも会や自分の存在を示すようなワッペンや刺繍がうるさいほど輝いている。それとは裏腹に魚はえさや擬似えさを追う。陸にあげられるとは誰も知らず、魚の性のまま活動する。その闘争本能・食本能こそ、堰堤より大きな壁になっている。その川の中州で、3人の竿師が9メートルの竿を肩に担ぎ、空いた手には煙が立ちこめるたばこを持ち、大きな声で自慢話をしている。そして前後には大河に似合わないルアー竿を振っている釣り師がいる。私自身も同様であるが、竿を振るより堰堤から眺めている方がおもしろい。ここは一つの社交の場である。そんな景色を眺めながら夜が更けていく。真っ暗になってからがシーバスの時間。位中を釣り師がうごめく。私は長男の車の中で休憩。しばらくすると長男が走って帰ってきた。シーバスが釣れたとのこと。躍る心を抑えカメラを持参し、暗い堰堤を下った。そこには40〜50pのおいしそうなシーバス、いや鱸が私を待っていた。これはぜひ刺身にと脳裏を横切ったが、150q遡上してきた強者は眼光は鋭く、私を寄せ付けない。リリースすることが大前提の撮影である。フラッシュの光の後、やさしくリリースする。何もなかったように鱸は泳いでいった。150qご苦労様。

太刀魚
太刀魚

釣り後は美しい
釣り後は美しい

雷魚
雷魚

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Last updated: 2009/10/8