機動戦士〜僕は何のために戦い、君は何を守るか〜             津田山 昭次


二十一世紀、人類は世界大戦による絶滅を回避し、生き延びるため二つの選択をした。

地球連邦(E.F)の樹立と宇宙移民である。

しかし二十二世紀にその努力は報われることはなかった。

なぜなら世界大戦は始まってしまったからだ。

 

【第壱話 安室玲

 

「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民するようになって半世紀。

 地球の周囲の巨大な宇宙都市は人類の第二の故郷となり

 人々はそこで子を生み、育て、そして死んでいった・・・・」

 

安室玲はそのナレーションから始まるアニメーションが好きではなかった。

今見ているのはNHKが放送している「C.D.A」。人類の大半がスペースコロニーに移住した時代、主人公シャア・アズナブルが自分と同じ名前のライバル乗る地球連邦の万能モビルスーツ「ガンダム」と死闘を繰り広げるというものである。今度が何回目の再放送の第1回だ。

ライバルのアムロ・レイは、能力はあるものの大局を理解できない子供である。シャアと手を結べば世界を変えられるのに 目先のことしか見えない凡人、ある意味での愚か者。

安室はそれが許せなかった。なぜなら彼には自分が凡人であるという自覚があり、自分とシャアを重ねあわせるよりも容易にアムロと自分は重ね合わせることができた。アムロ・レイは安室に自分を愚か者であることを自覚させる鏡以外のなにものでもない。安室はアムロ・レイと同じく内向的な少年であるが、アムロのようなニュータイプでもない。戦時下でも軍隊に志願する勇気もなく、大岡工専の勤労動員学生として工廠で機動歩兵機の機動プログラムのチェックをしている。どこにでもいる凡人。いや、他の若者がコロニー防衛のため次々に航宙軍に志願するなか戦争を忌避しようとし続けている自分は凡人以下愚か者、臆病者だ。

 

彼の両親はこのアニメを知っていたわけではなかった。そもそも、日本の古典文化としての20世紀のアニメが再評価されるようになったのは戦争が始まってからだ。それまで20世紀アニメは一部の古典文化愛好家、いわゆるヲタクのたちのものであった。

ヲタクの友人がこのアニメをみて憤っていた。本来、原作は「機動戦士ガンダム」というタイトルで、主人公はシャア・アズナブルではなくアムロ・レイであると。「C.D.A」はNHKが国民の戦意高揚のため恣意的に古典的名作「機動戦士ガンダム」を改変した駄作に過ぎないと。

今、日本国はE.Fとの戦争の真只中だ。開戦からから2年。母なる日本列島はE.Fの手に陥落し、日本共和国という傀儡国家が支配している。今では戦前に日本国が開発したL2ポイントのN1、N2コロニー群とこの大岡市のほかの日系月面都市が「日本国」を名乗って戦争を継続している。

確かに、.Fと日本国が戦っている今、地球連邦側のアムロが主人公で、L2ポイントのスペースコロニー国家のジオン公国が敵役というのはまずいのだろう。

月は日本の勢力化にあるが、他のラグランジュポイントのコロニー群もE.F手中に収められている。そう、日本はジオンと同じ立場に立たされているのだ。

 

「おい、安室。午後一で今日24:00引渡しのゲルグクのANBC・APのプログラムチェックを済ませといてくれんか。てか、いつまでもTV見ってんじゃねぇぞ。仕事だ。仕事。」

ベージュの作業服の太った、白髪交じりの中年男が彼の肩を叩いた。現場監督の笹山だった。

安室の意識はTVからその一言で現実に引き戻された。休憩室で「C.D.A」を見ていてつまらない思索の世界に引き込まれていたようだ。

「チェックはOKですが一四式は明日の12:00に迎えの軍艦に引渡しだったんじゃ。」

「どうやら迎えの軍艦で引取りを早めなくちゃならない事情ができたようだぜ。月面も安全じゃねぇし、軍隊は一機でも多くのモビルスーツが必要というらしい。」

「機動歩兵機が必要だってのは分かりますが、こう毎回納期を前倒しってのも困りますね。」

「「悲しいけど、これって戦争なのよね」って訳よ。一応、動きはするんだよな。」

「昨日、OSとAPの設定が終わった2機は今でも一応動かそうと思えば動かせます。あとの3機はAPの設定中なので今日中はしんどいですね。何とか24:00まで3機とも引き渡せるようにしておきますよ。」

「助かるねぇ。お前さんみたいな優秀な学生さんがいて助かるよ。しかし、頭が堅物なのは玉にキズだぜ。今日日、モビルスーツを機動歩兵機ってとは誰も言わないよ。」

「みんな、アニメの見すぎですよ。」

「ちげぇねぇ。ニュースを除けばほとんど戦意高揚アニメの再放送ばかりだからなぁ。最近のTVは。」

「TVも人手が足りなくて困っているんでしょう。ここと同じで。」

「まぁ、それはともかくプログラムチェックの件、よろしく。」

「了解。」

 

笹山はくだけた敬礼をして作業現場へ戻っていった。安室は同じくくだけた敬礼を返した。工廠は軍隊ではないのだが、なんとなくそれがここの挨拶になっている。一応、元は民間企業だったとしてもここは軍の施設だということなのだろう。

本来、ここはスペースコロニーの補修行うロボットの開発と生産を行っていた民間工場だったが、開戦後、軍需に転向し、日本列島陥落後は国家総動員令の元、航宙軍に接収され大岡工廠となった。

ここで作られている機動歩兵機、俗にモビルスーツと呼ばれるものは、10数メートルのヒューマノイド型の宇宙戦闘機である。もともとは身長7〜9メートルほどの、燃料電池で動くヒューマノイド型建設現場用の重機が原型になっている。それが宇宙戦闘機として行動時間を延長するために、超小型反応炉を搭載したために10数メートルまで大型化した。

なぜ、ヒューマノイド型なのかという理由は元になった建設重機がANBCによる重心移動による燃料の節約を図ったのという点。そして、それ以上に人間と同じ形の四肢を持つことで操作を他の形の機械もより容易にマスターすることができたということが大きい。操作法のマスターが容易であることは新兵をすぐに戦力化できる。また、ヒューマノイド型の宇宙戦闘機というものは、戦闘機の機動性、戦車・軍艦の攻撃力、そしてなによりも歩兵の持つ汎用性を兼ね備えた万能兵器であり。人口、工業力でE.Fに劣る日本軍は軍艦以外ではモビルスーツの生産に注力すればよいのだ。

 

モビルスーツは新兵でも容易に操作を習得できるよう操作方法は小学生でも動かせるまで簡略化されている。操縦者は画面の情報をもとに左右操縦桿とフットペダル、操縦桿のボタンで四肢の動作制御、スラスター制御、火器・射撃管制、航法まですべて操作可能になっている。基本的家庭用ゲームと操縦法は大差ないのだ。それらはすべて、モビルスーツに搭載されているメインフレーム内のソフトウェアで行う。そのためソフトウェアは機体自身のハードウェア自身以上にモビルスーツの性能を左右するのだ。

そのため、数多くのモビルスーツ用ソフトウェア開発者、現場で機体ハードウェアとソフトウェアとの新和性を調整するフィールドSEは安室の知らないところで開戦後不眠不休の仕事を続けていた。

しかし、安室の仕事はモビルスーツを軍に引渡す直前に自動的にインストールされたソフトウェアにインストール漏れや目だったバグがないか確認する程度の仕事だ。監督の笹山に優秀だといわれても所詮はその程度のことでしかない。

どうせ自分は、どうでもいい凡人なのだ。ニュータイプでない分アムロ・レイよりひどい。

 

「まぁ、仕事に戻るか。」

誰に言うわけでもなく、安室はそういって休憩室の席を立った。

まだ、休憩室では数人が残っていたが、誰もTVを見ているものはいなかった。

仮面の男、シャア・アズナブルがテレビの中でつぶやいていた。

「私もよくよく運のない男だな。」

 

安室も、誰もこのとき知らなかった。今このときシャアと同じ言葉をはいた人間がいたことを。そして、これから起こることも。

 

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