リポート6 アルフォンス・ロボ始動!









『で、コレがボガード退治の戦利品ですか?』
 かしゃん。
 ハイデリヒは、新しい家族の頭を持ち上げた。
 その中身はからっぽだ。
 恐くなって、そっと戻す。
 過日、GSエルリックが除霊料金代わりに接収したのは、ペットショップを経営しているタッカーさん家の看板娘(?)。
 優に背丈2メートル越える大鎧だ。
 なんでもこのタイプのフルプレートは、身を守るために着用するものではなく洋館を飾る美術品であるとのこと。
 説明されて観てみると、なるほど威風堂々として、気品すら漂うようだ。
「兄さん、前から狙ってたものね」
「おう!」
 重厚な金属の塊は、正に好みのど真ん中。
 タッカーさん家の店の前を通るたびに気になっていた彼を手に入れた、エドワードはご機嫌だ。
「状態のいいアンティーク、しかも銘持ちの一級品だぜ。いい仕事だったよなあ…」
 先日行ったボガード退治。悪戯妖精の根城になっていた鎧を依頼人が持て余していたのをいいことに、代金として譲渡してもらったのだ。
「兄さんだったら手放さないよね」
「値段はともかく一点モノだからな。なんだよ、お前だって何も言わなかったくせに」
「…動物の食事の邪魔をすると噛まれる。それが分かっているのにちょっかい掛けるのはマゾだと思うよね?」
「お前な。お兄ちゃんを猫扱いするのはよしなさい」
「猫だったら構って欲しいから邪魔をするかもね。そんな図々しい。獰猛なティラノサウルスのくせに自分を小動物に例えるのはやめろよ」
「ティラノかー。それならいいなあ。どっかで恐竜展とかやってないかなー…」
「行くんだったら、ボクも誘って」
「おー。でも鎧のカスタムが終わってからな」
 兄弟は仲がいいんだか悪いんだか。…いや、もの凄く仲がいいのだろうと思うけど。

(なんか…詐欺をしているわけじゃあないのに。エドワードさんもアルくんも…要領いいなあ)
 ああいうのを日本じゃ『口八丁手八丁』というのだ。覚えておきたまえ。
 最近紹介された黒髪の男の揶揄を思い出す。そういう彼も良く回る口車の持ち主で、ああ類は友を呼ぶんだなあとハイデリヒは感心したものだ。

 エドワードは今にも口笛を吹き出しそうに、鎧の錆落としに精を出している。
 ハイデリヒはエドワードが笑ってくれると、それだけで幸福だ。
『……でも、こんな大きいもの、どこに置くんですか?』
 ほとんどエルリック家の主夫と化しているハイデリヒは、率直に『どこに置くにも邪魔になる』とは言い出せずに困ってしまう。
「大丈夫!将来的にはちゃんと自分で動けるようにするから!」
「あ。この子、ゴーレムにするんだ」
 ツーといえばカー。
 兄の電波を受信したアルフォンスは、手慰みに兄の作業を手伝っていた気だるい態度を改めた。腕まくりをして俄然やる気を出す。
 スタンダートなゴーレムは、家から出してはいけないものだ。昼に動かすと主の命を聞かず、凶暴化するといった制約がある。その手の類では、ラビの土人形が有名だ。
 しかしエルリック兄弟は現代で生まれ育ったお子さまだ。職業柄コアなオカルトに浸かりながらも一方で、映画やアニメ・ゲーム文化に抵抗がない。
 ボティが金属のゴーレムといえばロボット。ハリウッドでは悪役になりがちだが、日本でのロボは頼りになる凄い奴なのだ。
 当然、目指すはそちらの系統だ。第一日中で使えないようなら役には立たない。
 先達のレシピを使わないのであれば、オリジナルの手法を編み出なくてはいけないだろう。しかしそれを億劫がるようなら兄弟は錬金術師を名乗らない。どころか考えるだけでワクワクする。
「除霊作業も大物になると、やっぱり荷物持ちが欲しいよな?」
 車の免許の取れる年齢ではないエルリック兄弟の移動手段は、主に電車やバスといったGSにあるまじき庶民派だ。荷物が多いと、それなり厳しい。
 重い荷物を持たせるならと、アルフォンスは駆動部分をチェックする。
「関節は増やすの? このままだと動作もぎこちないし、元の素材じゃ耐久性も低いよね」
「ああ、もちろん。そして何のために稼いでいるんだ弟よ。磨耗部分はオリハルコンで、ボディ裏打ちはミスリル銀…なんてどうよ。丈夫だぜ?」
「いいねえ。精霊石のストック、いま何個あったっけ」

 錬金術師の兄弟は、ピピピと電波の会話を飛ばし合う。
 おいてけぼりにされたハイデリヒはすっかりおミソだ。つまらない。
 もんもんとした視線を送っていると、それに気付いたエドワードは振り向いた。
 男心なんて愚かなもの。
「アルフォンス」
 愛しい人の笑顔は、厳しい冬に耐えて春にほころぶ林檎の花のようだ。とげとげしていた引っ掛かりも忘れ、ぽわんと幸せになってしまう。
「動けるようにしたこいつの中に防御結界をつくれば、お前も現場に連れていけるから。楽しみにしてろよ」

『本当ですかっ!』
 ハイデリヒは意気込んだ。
 幽霊のハイデリヒは、強い悪霊の思念には引きずられかる可能性がある。だから除霊作業はいつもお留守番だった。
(エドワードさんと一緒にお仕事!)
 それは、胸がときめくフレーズだ。
 なにせGSは危険な仕事。
 いくらエルリック・チームが優秀でも、いつ何時、ピンチに陥るかわからない。そんな時に身体を張って助けに入れば、ポイントが高いのではなかろうか!?

 ハイデリヒは夢想する。
(それは…エドワードさんが敵わない相手なら、ボクに出し抜けるとは思えないけど)
 それはそれでオッケーだ。
『アルフォンス…逃げろ!』
『馬鹿っ!エドワードさんを置いてなんかいけるものか!』
 とか。健気に献身をアピールしたり。
 無事に助かった暁には、
『なんでそんな無茶をするんだ』
 と怒るエドワードさんに、
『…ごめんなさい』
 って謝りながら抱きしめて。
『でも、エドワードさん。ボクは貴方の居ない世界なんて耐えられない…!』
 なぁんて、劇的に愛を囁いてみたり!上手くいけば、そのままチューっと!! …ああ!ボクは幸せものだ、エドワードさん…っ!

「アルー。ウェス取ってー」
「はーい」
 いつもの発作を起こしたハイデリヒは、構わないほう楽ちんだ。
 最初はそれなりビビったものだが兄弟も、いい加減にもう慣れた。右から左に受け流す。
『…さらりと無視しないで下さいよう!』
 うわーんっ!
 ハイデリヒはエドワードの背中に縋ってイヤイヤをする。
 見ているアルフォンスは複雑だ。自分と同じこの顔で、駄々を捏ねるのは止めて欲しい。
(だけどねえ)
 エドワードさんはこんなの許してくれなかったからと、もの凄く幸せそうに兄に懐いているハイデリヒの姿を見るにつけ。生前の不幸っぷりが推察できて、どうも不憫になってしまう。
 頭が良くて背が高くて。誰もが認める好青年なのだハイデリヒは。
 これで女の趣味が悪くなければ、もっと楽しい人生だったろうに。
(……ま、いっか。兄さんもセクハラされているって気付いてないし)
 どうせ痛い目を見るのは兄さんだし。今日の夕飯はブイヤベースにしてくれるって言ってたし。
 胃袋で買収されたフリをして、アルフォンスはお小言をするのはやめておく。

 ところで。

「この子の名前、どうしようか。ゴーレムや鎧って呼ぶのも味気ないよね」
「ああ、もう付けてある」
 兄はよくぞ聞いてくれたと親指を立てる。
 あんまり自信満々なので、アルフォンスは用心に身構えた。
「…へえ、なあに?」
「生サンマ号」
「へ?」
 わんすもあぷりーず。
「生サンマ号!」

 聞き間違えじゃありませんか。
 ああ。
 これだから兄が自信ありげなときはイヤなのだ。
(兄さんってば、趣味だけじゃなくネーミングセンスも悪い)


 その正直な感想をぶつけずに隠しておいておいた、アルフォンスの勘は冴えていたとしか言いようがない。
 後日。愛犬の散歩中に出会った毅然とうつくしいその人に「生サンマ号の始動式はいつかしら?」と尋ねられたアルフォンスは兄の調子のよさの原因と、鎧の本当の名付け親だったかを知った。





タッカーさんちの看板鎧は、密かにゾウのサトちゃんやカーネルおじさんと並んで、商店街のアイドルだったことでしょう。

えっと。GS兄さん、弟さんはごく健全な青少年で、ウィンリイちゃんやリザさんマリアさんランファンにメイちゃん誰もが好きで気になるという多情さが(GSですしね!)あっても良いではないでしょうか。
お約束はクラスの男子でエロ本の回し読みとか。その後、兄弟の部屋を掃除に来たハイデさんはベッドの下の危険物に動揺してくれるといいと思います。





2006,5,12
拍手押し出しにつき再アップ。
あとがき上記であんなこと書いておいてGS兄弟、桃色行きにしてしまいましたよ…。
この時はまだ健全でした。兄弟の気の多さは変わってませんが。








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