GSエルリック極楽大作戦!(ペットショップ・タッカー編) 






「判りました」
 霊視ゴーグルを外したゴーストスイーパーは、クライアントに向かい合った。
「この家の霊障の原因はボガードです」
 それは新進気鋭・史上最年少GSの金看板に相応しい、自信に満ちた振る舞いだ。
 アルフォンスの兄は、きりりと真面目な態度を取れば本当に見栄えがする。
 語尾のキレのいい誠実な口調に、少年らしく快活な物腰。……言っちゃ難だが、毎晩フトンを蹴っ飛ばし、腹を出して寝ている人には見えない。
 営業中の兄は働きマンのスイッチが入っている。

(いつものことだけど、胡散くさ)
 親しい身内の特権で、アルフォンスはエドワードをこき下ろす。
 もちろんちゃんと内心で、だ。
 GSは、何といっても客商売。
 依頼人の心証というのは重要だ。
 アルフォンスは供された缶コーヒーに口をつけて、2重の意味で気色悪さに歪みそうになる表情を隠した。

 そう、今回の依頼人。
 ペットショップ・タッカーの主は、己の趣味と欲望のままに、一風変わったペットを取り扱っている。
 もちろん『一風変わった』とはいえ、オカルト的な生き物を売買しているわけではない。
 インコや犬猫フェレットたち。ごく僅かな『注文によるお取り寄せ』の動物たちもいるにはいるが、売り場面積の90パーセントを占めるのは、ぬらりと鱗が艶めかしい爬虫類の皆さまたちだ。
 アルフォンスもオオトカゲの1匹2匹程度屁でもないが、数が多いと背筋が寒い。
 店先に置かれている看板鎧に、光源を落としたシャンデリア。そんな中世欧州を思わせるショップの内装が、なんていうか…こう、雰囲気満点だ。
 違和感バリバリに置かれている愛くるしいネズミのケージは、ひょっとしなくても大型爬虫類のエサに一票。
 ……つまり、大きな生き物の気配がする店の奥の暗がりには、けして視線を向けてはいけないと第六感が騒ぎ立てる。

「ボガード…かい?」
 アルフォンスの内心を知らず。慣れない単語を耳にしたショウ・タッカー氏は、反芻するように問い返した。
 タッカーは兄弟とは道で会えば挨拶をする程度に親しいが、オカルトとは縁の遠い一般人だった。知らなくても無理はない。
 餅は餅屋。
 アルフォンスは簡単に説明する。
「ボガードはイングランドのヨークシャー地方が原産とされる妖精の一種です。もともと彼らはブラウニー(茶色さん)って親しまれる善良な妖精なんですけど、住み憑いている家の中で不幸があったり…そう、彼らが好意を抱いている人が亡くなったりすると、ヘソを曲げてボガードという性質の悪い妖精に転化するんです。心当たりはありませんか?」
 問われてタッカーは不精ヒゲをさすって考え込んだ。
「…妻はずいぶん前に死に別れているし。……最近ではグリーンイグアナのサマンサが29歳で大往生したぐらいで…」
 そこで、タッカーは言葉を途切れさせた。
「いや、半年前に錦蛇のジェシーの皮で三絃を作ったのが拙かったのか。それとも1年前にヒョウモントカゲモドキの幼生たちを育てるのに失敗したアレか……」
 なにやらブツブツ呟いている。
 生き物を扱っている商いを生業としているだけに、思い当たるフシが沢山ありそうだ。
「あ」
 タッカーは大人しく隣に座っている小さな娘の耳を塞いで、こっそり尋ねる。
「ええと、店の前に捨てられていた大量のカミツキガメを薬殺した件なら、元々ウチではアレを取り扱ってなかったし不条理だと主張したいんだけど…」

 ……。
 ダーティ?
 いや、いやいや。
 世の中は奇麗ごとだけではまかり通らない。
 兄弟だって人に仇成す悪霊を退治することで糧を得ている。噛み付き亀は獰猛な生き物であるし、繁殖力も強い。明快な解決策も提示せずに氏の判断を否定するのは、浅見がすぎるというものだ。
 このような件で発言するには、まだまだ兄弟も勉強不足。どころか身の回りのことだけで手一杯だ。

 エドワードは、ずれた話を元に戻した。
「基本的にボガードは屋敷に憑く妖精です。GSに依頼しなくても、引越しすれば縁は切れますが」
「そうか…いや、参ったな…」
 タッカー家は一階が店舗。2階を住居部分としている。
 犬や猫はブリーダーと直接契約をしており、注文が入る都度に取り寄せているのでまだ良かった。しかしある種の希少な動物は、大きさといい生態といい安易に動かすのが困難だ。引越しするのは難しい。
「嘘じゃないよ。ニーナ、見たもの。鼻の長い、ちっちゃな人」
 ニーナの『ちっちゃな人』発言に、瞬間的に足裏を浮かせかけた兄の右膝を、隣に座っていた弟が『仕事中!』と左手で押さえる。
「あ、ああ、そうだねニーナ」
 クローゼットに半日閉じ込められたばかりで、不安がる娘をタッカーは膝の上に抱き上げ背をさすってやる。
 どうもタッカーは鈍いタチで、家の中がおかしい、どうやらこれは霊瘴だと気付いたのは娘の方が先だった。
 おかげで随分と恐い目に合わせてしまった。
 すまないことをしたと思う。
 ニーナは物怖じしない子供だったが、今日ばかりはタッカーの傍にべったりで離れようとしない。
 ボガードの悪さもスープの中身が腐ったり、戸棚の皿が割られるほどなら目を瞑ろうが、家族や商品に被害があっては洒落にならなかった。
 タッカーは丸メガネの縁を冷酷に光らせる。
「その妖精を祓ってもらうには、幾らぐらい掛かるのかい?」
「はい、ちょっと待ってくださいね」
 アルフォンスは持ち込みのノートパソコンからGS協会のデータバンクにアクセスし、過去のデータを引き出した。
「遊園地や企業だと値段が跳ね上がりますけど……個人宅のボガード退治だと、おおまかに350万円からが相場みたいですね」
「350万…」
 出せない金額ではないが、すぐ支払うには苦しい値段だ。
 危険な稼業のGSは、傷害保険が利かないという。その先行手当分も料金に含まれているのだろうが、随分とお高い。
(なるほど。この子たちが先ず引越しを奨めるわけだ)
 タッカーも店を構えてなければ、そちらの方を考えた。
 エドワードは横からパソコン画面を操作する。
「アル。オカルトGメンじゃこの手の相談は取り扱ってなかったか?」
「西条さん所はハイジャックとか、大勢の命に関わる緊急性の高い事件で手一杯でしょ。この間も人手足りないって嘆いてたもの」
 自分のパソコンで警視庁にハッキングされる前に、アルフォンスは兄の手を叩き落とす。エドワードは渋い顔をしたが依頼人の手前文句は言わなかった。
 ご近所さんのよしみで相談を受けたとはいえ、GSとして立ち会ったならプロの態度を求められる。
 エドワードは襟を正した。
「タッカーさん、どうしましょう。 オレたちに依頼ってことでいいですか? 一応、妖精を祓った実績はまだないんで専門のGSがいいんなら紹介まわしますけど」
「……ええと…それは、いいのかな?」
 エドワードはタッカーの遠慮を正確に理解して頷いた。
「医者にかかる時でも行きつけの病院に不足があれば、他の病院に通うでしょう? そこで他院に通うのを嫌がる病院は、ろくなものじゃありません。その辺の倫理はGSも似たり寄ったりですので」
 年が若いということは、経歴が足りないということ。
 後数年のうちには依頼人に不安を覚えさせないGSになるのが当座の兄弟の目標だ。
「おや、自信があるんだね」
 万にひとつも失敗はないと。兄弟はそんな表情だ。
「「お任せください」」
 そして完璧なユニゾン。
 自分よりも幼い娘に年齢が近い少年たちの、自負は眩しいやら小憎たらしいやら。タッカーは複雑な気持ちを味わった。
 どの世界にも天才っているものだなあ。
 そう思ってしまうのは凡人の僻みか。
(まあ……頼もしくないと言ったら嘘にはなるか)
「じゃあ、お願いしようかな」
 タッカーは苦笑して頭を下げた。



 さて、一旦契約を結べば仕事は速い。
 依頼人との信用関係うにゃむにゃらは、まだまだ難あり山ありだけど。
 悪鬼退治はGSエルリックの独壇場だ。
 と、いうことで。

 せーの。
「Riddikulus!(リディクラス、馬鹿馬鹿しい!)」
 唱えた言葉は呪文というより景気付け。
 エドワードが振りかざした神通棍の一撃で、ボガードはきらりと輝くお星さまになった。

 まともな霊能者が見たら怒り出しそうな除跋の仕方だ。
 それはさておき。どっかで読んだ光景に、アルフォンスは突っ込まずにはいられない。
「兄さん最近、すっごく有名な英国の児童文学とか読んだでしょ?」
 一巻目で賢者の石とか出てくるヤツ。
 エドワードはアルフォンスの断定に、ああと頷く。
 弟のこの表情はアレだ。わかりやすくスネている。
「よし、わかった。次にボガード退治を依頼されたら、譲ってやるから」
「……髪を黒く染めて、額に傷も描いていい?」
 弟はもじもじ言い添える。
 冗談でやったハリー・○ッターだったが、幼かりし昔はヒーローごっこ遊びをよくしたものだ。
 CGや特撮の必要もなく似たようなことが出来る今、『やってみたい』誘惑はあった。
 つい悪ノリしてしまう。
「じゃあ、その時までに黒のケープでも作っておくか」
「あっ、あっ!それならボク、美神さんの『このゴーストスィーパー美神令子が極楽に逝かせてあげるわ!』ってヤツ一度でいいからやってみたい!」
 傲岸不遜に高笑いしてさ!
 ボディコン・ハイヒールはボク無理だけど、神通棍は得意だし!
 格好いいよね美神さん!
 なにせ物語のヒーローが、見得を切るのは様式美。血沸き肉踊る永遠の憧れだ。
 エドワードは少しばかり考える。
(でも美神さんの真似っこならヒーローじゃなくてヒールのような…)
 脱税も脅迫もお手の物。刑務所に入ってないのが不思議なほどで。
 間違っても正義の味方じゃないだろう。
 ……ああ、ダークヒーローならアリかもしれない。
 うん、確かに格好いいかも。

「バレたら恐いからこっそりなー」

 しかし恐い遊びほどハマるもの。
 その『美神さんごっこ』遊びは本人にバレて滅殺されるまでしばらく若手GSの間でブームになった。




2005,10,24

この世界のタッカーさんは錬金術師じゃありませんヨー。ニーナちゃんにアレキサンダーも元気です。はい。
そしてタッカーさん家の看板鎧は、除霊料金のカタに兄さんにお持ち帰りされてしまうと思いますです。








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