GSエルリック極楽大作戦!リポート4『除霊委員のお仕事』 






 少年少女の胃袋には、待ちに待った昼休み。

「「「おおっ!」」」
 エドワードが弁当箱の蓋を開けた途端に歓声が漏れた。

 お重は三段。
 一の重はぎっしり、おむすび。中の具は白ゴマを振った鮭と生姜に、梅おかか。あとは自家製・昆布の佃煮。脇に配された香の物は柴漬けキュウリと芥子茄子。
 二の重は彩りおかず。ハム巻きのアスパラに、カボチャのサラダ。蓮根と人参のキンピラ、玉子焼き。細かく刻んだパセリを散らしたケチャップ煮込みのハンバーグはポークビーンズをたっぷり添えて。
 三の重は食後のデザート。ドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキ。小腹が空いた時にいつでも抓めるように、きちんと個別包装と芸が細かい。

「これは、愛だね」
 しみじみとしたアルフォンスの感想に、ウィンリイは大きく頷いた。
「これは愛よ」
 ハンバーグに狙いを定め、横からひとつ掻っ攫う。
「うーん。ホッとする味ねえ」
 なんていうか、お袋の味?
 炒め玉葱にナツメグの香りが食欲を誘う。
「いい買い物したわね、エド」
 幼馴染みはけして小振りではないおにぎりを、がぶりと2口で食べ切っている。その脇腹をウィンリイは突っついた。
「……」
 ハイデリヒ周辺は何を言っても墓穴を掘りそうだ。その辺りに針の先ほどのツッコミも入れてほしくないエドワードは、黙秘権を行使している。
 代わりに応えたのはアルフォンスだ。
「それだけじゃないんだよー。もう家中ピッカピカ。ドイツのお人って家を大事にするって本当だね。フローリングの床に顔が映るんだよ、コレがまた」
 アイロンを丁寧に当てられたシャツを着たアルフォンスは、心なしパリッとした印象だ。
 ウィンリイはランチョンマットの端を噛み、口惜しさをアピールする。
「いやーん、羨ましい。わたしも尽くしてくれる可愛いお嫁さんが欲しいっ!」
「嫁じゃねえ!」
 淡い初恋を抱いたこともある少女に『妬ましいです』と詰られて、エドワードは机をひっくり返したくなった(…弁当が上に乗っているのでやらないが!)。
 そりゃあウィンリイだって学校の勉強はそこそこにオートメイルの修行に打ち込んでいる。1日が24時間じゃたりないのは、エルリック兄弟だけではないのだけれど……冗談めかしてはいるが、ウィンリイの目は結構マジだ。
 それを見取ってアルフォンスは、強引に笑談のほうへ持っていく。
「あはは、そうだよねえ。だってアルフォンスさんはお嫁さんじゃなくて、兄さんのお婿さんになりたいんだもの」
 ぐさり。手元が狂ったエドワードは、アスパラに箸を突き立てる。
 なんでこう、身内というのは容赦がないものか。
「アレはウチの所員だっ!アルだってアルフォンスのメシを食ってるだろ!?」
 ヨメでもムコでもねえ!
 エドワードは強く主張した。
 ことあるごとに言い聞かせていないと、あの幽霊にいつの間にか外堀を埋められてしまいそうで恐ろしい。
「だってボクは『将を射るなら』の当て馬だもの。…小姑って美味しい立場だよね?」
 まあ、兄さんが抵抗しているうちは、ボクも中立を守らせてもらうよ。アルフォンスさんのご飯、美味しいし。
 すっかり胃袋で懐柔されている弟に、エドワードはがっくり肩を落とす。
「あいつもオレも男じゃねえか…」
 確かにメシは上手いし、手先は器用。しかも労を惜しまない性格で、おっとり柔和で物腰たおやか。これで奴が女の子ならこちらからお願いしたいところだが、いかんせん同性ではエドワードの守備範囲の大外枠だ。
「ねえ、問題はそこでいいの? 幽霊なのはどうでもいいと思っているあたり、あんたたちだけど」
 ぽん。
「おお!そーか!」
 なるほどそれもあったなと手を打つなら兄が割れ鍋なら、対の弟は綴じ蓋だ。
「中原には幽霊と結婚する逸話が沢山あるし。珍しくはないんじゃない? ……ただ、子供を作っちゃうと結構悲劇っぽいカンジにはなるけど、まあ男同士だしねー。安全かなあって」
「ホント? 大らかなすぎるわ。でっかい大陸に生きている人たちは常識のスケールも一味違うわね…」
「うん。リンとかだったら詳しいんじゃないかな」

 そう。
『噂をすれば影』。
 霊能者の会話なら尚更だ。

 ドッドットドッドド!
 ブォン、ボボ!
 チリッと霊感に入った刺激と共に、改造バイクの爆音が中学の校庭に響き渡る。
「…あいつ、また連れてきやがったな」
「新学期になってもこないから、平和だと思ってたけど……久々派手だね」
 兄弟は、慌てて弁当の残りをかっこんだ。
 両手を合わせ『ご馳走さま!』。そのままスポーツバックを引っ掴み、窓から上靴のまま外に出た。
 普段なら注意を飛ばす先生も、緊急時なので目を瞑る。

「リン・ヤオー!貴様、学校にああああ、悪霊は持ち込み禁止ー!」
 ヨキ教師の怒鳴り声をバックに、ノーヘルのリンは大声を上げた。
「ゴメン!どいテー!追いつかれル!」
「ギャわー!」
 ちょっぴり勇気があったヨキ教師を軽く轢き。
 リンの背後を蠢き追い迫るのは、イモ蠱のような妖怪変化だ。

 …触覚と足がいっぱいあって気持ち悪い。
 うえ。
「大陸の呪術はちょっと苦手」
 主に見た目の問題で。
 アルフォンスは小さく舌を出す。
「キャー!たーすーけーテー!」
 バイクでのアクロバット走行もなんのその。渦中のリンには、まだまだ余力がありそうだ。
「……なあ。そろそろアレ、見捨ててもいいんじゃねえか?」
 兄は弟に提案するが、それは言わないお約束。
「リンはともかくランファンに怨まれるのは、イヤだなボク」
「だよなあ」
 話している間にスポーツバックから霊対ボウガン取り出し、組み立てる。
「リンー!避けろよ!」
 ざっと左膝を付き、ストッパーを外す。
 腰を落として狙いを定め、そして打つ!

 命中!
「…っしゃあ!」
 ボクン!
 蟲妖の頭部は半分消え去り、スプラッタな光景だ。
 うっかり窓の外を見ていた新一年生たちの教室は、阿鼻叫喚の嵐だろう。これで2年、3年となるといい加減慣れてくるものだが。
 しかしいくら慣れても近距離で見たいものではない。アルフォンスは切実に嘆く。
「ごはん食べたばっかりなのにー!」
 まだ食べている人たちはご愁傷さまだ。
「いいから早よ行け!」
 兄は怯む弟の尻を蹴飛した。
 仕方ない!
「兄さんのオニ!悪魔!」
 一言叫んで、神通棍を引き抜いた。その勢いでダッシュする。
 苦痛に暴れる蟲妖の触手を神通棍で叩き落とすと、いつもの連携の要領で背後の兄が霊対ボウガンの2射目を放つ。
 パアッ!
 矢先についた札の効果が発動し、それを援護にアルフォンスは妖怪に破魔札を貼り付ける。

 ビリヤードのキューのように構えた神通棍で一度、ざっと距離をとり。
「せいっ!」
 アルフォンスは貼った破魔札を貫いた。

 弾けるように閃光が広がる。
 ブシャア!
 すると破裂した妖怪の肉片がボタボタと、グラウンドの上に散乱した。
「ひー!」
 兄が放った2射目の札はアルフォンスの身を守る簡易結界だったので、潰れた中身は掛からなかったが……今夜はお肉を食べられない。大きく3歩後じさる。
 その間にエドワードは距離を詰めていた。
「吸引!」
 ホラーな状態になった肉塊に、吸引護符を掲げると。
 ずるずる、きゅっぽん。
 妖物が札の中に吸い込まれる。
「終りだ、終り!」
 すぐに火をつけ使った札を焚き上げたのは、お持ち帰りしたくないからだろう。
 えんがちょと、札を抓んでいる指先にその思考が見て取れた。

「イヤぁ、アリガトさン!助かったヨ!」
 調子よく拝んでくるクラスメイトを、エドワードは『いっぺん極楽にでも行ってくるか?』とチンピラ臭く睨み付けた。
「てめえ。…これで何回目だと思ってるんだ?」
「里帰りするたび親戚がしつこくッテー。参っちゃったヨ」
 大家の御曹司は、日々の生活が生き残りを掛けたサバイバルだ。
「遠くの親戚より近くの他人。アリガタいねぇ」
 リンは取り出したハンカチでほろりと涙を拭ってみせる。
 生きた人間が相手ならおよそ遅れを取るリンではないが、鬼(クィ)を差し向けられれば尻をからげて逃げ出すしかない。最後まで生き残れば自分の勝ちだ。リン的にスペシャリストに縋るのは、なんら恥ずかしいものではなかった。
 しかし頼られたほうはたまったものじゃない。
「それ、使い方が違うからリン。いい加減にしないとお金を取るよ?」
「おネガイ。出世払いでツケとイてv」
 うっふん飛ばしたウィンクに、兄弟はぶちりと切れた。
「ほほーう。いいんだなツケで。んなこと言うと月賦でキッチリ払ってもらうぞ?」
 どこからともなく算盤を取り出したアルフォンスは、ねがいましてはと計算し兄の言葉を補強する。
「えーっと今日の仕事が、ダンピング料金寸前友情設定で1800万円くらい?」
 あんまり安い料金で仕事を請合い、相場を荒らすと、鬼より恐い美神さんに説教をくらう。
『アンタは100円のダイヤを婚約指輪にしたいと思うの? 1000円のアルファメロに乗りたいかしら? 除霊料金は品質保証!一流のGSは、自分を安売りしないものよ!』
 そう叱られるのは一度で充分。逆らうのはおっかない。美女が怒ると夜叉になる。
 だからそれはリンへの嫌がらせじゃない(まあ、建前は)。
「ちょっとソレ、暴利!?」
 何なのですかその値段は!?
 そう聞かれたからにゃ、教えねばなるまい。
 料金の明細の説明もGS業務のひとつである。
「暴利じゃないよ。むしろ安いって、ウチは。何ていっても札は自家製で賄えるからね。一般GSは使用分は買い取りだから、経費だけでもその倍は軽くかかるし。…でも塵も積もれば山だよね。今日の除跋料金を含めて算出すれば……ええと、11億と…130万23円分のタダ働きをボクらはしていることになるのかな?」
 パチパチ算盤を弾いて、あら吃驚。
 そしたらもう、豪邸のひとつやふたつ、軽く買えちゃうねえ。
 にっこり微笑む友人の白い頬を見て、リンはエドワードに耳打ちをする。
「今日のアル、ズイブン厳シくないカ?」
「ああ、あいつ足が6本以上ある生き物は苦手だからなー。タコとイカ以外の」
 それは好きな人は少ないのでは?
「……呪いを粉砕するんジャなくテ、返すだけならもっと安くならない?」
「呪い返しは2倍で跳ね返るのが基本だぞ!あんな凶悪なの、返したら術師が死ぬか大怪我するじゃねえか!」
 今度はエドワードに『冗談じゃない!』と怒られた。
 …呪いを掛けられてる自分はどうでもいいのだろうか?
 聞いてみたくなったが、『うん』と答えられそうなので質問しない。
 しかし。
「人を呪わば穴2ツ。呪詛返しは正当防衛ヨ?」
「他人の喧嘩で人の生死に関わって溜まるか、このボケ!」
 ゴン!
 エドワードはリンの頭を一発殴る。

 そして、しばらく警戒して待ってみるが、反応はなし。
 どうやら今日もランファン&フー爺さんは置いてけぼりを食らったようだった。
 よく置き去りにされるお庭番だ。


「あー。作業は終了したのか、除霊委員?」
「もうっ。ヘンな役職つけないで下さいよ、ホーリング先生」
 ヘルメット被って待機していた、教師というよりプロレス選手がまだ『らしい』担任の教師のセリフに、アルフォンスはプンスカ抗議する。
「おう、そうか悪い。…っと、リン。無事だったか、いや良かった」
「…先生ぇっ!」
 学校大好き!来て良かった!
 人並みに、気遣いされたのなんて久しぶり!
 じーんと感激したリンは、目の前の逞しい身体に縋りつく。その首根っこをホーリング教師は掴まえた。
 教師の性で破天荒な問題児ほど、可愛く思えるもの……だとは言え。
「怪我がないのはなによりだが、学校に改造バイクで乗りつけるのは感心せんな。お前、ちょっくら叱られてこい。生徒指導のソラリス先生がお待ちかねだぞ」
 無免(15歳だ)で、ノーヘル。これで来るとはいい度胸だ。
 リンはどっと冷や汗を掻く。
「イヤー!堪忍シテー!」
 男子中学生に圧倒的な支持を集める妖艶な美人教師の正体は、『最強の矛』のコードネームを持つ暗黒街の殺し屋だ。
 実家の繋がりでその腕前を知っているリンは笑顔のまま顔を引き攣らせた。
「殺さレルー!」
 妖物に襲われても、学校まで辿り着けば(文句を垂れつつ)助けてもらえる。しかしこれから先は孤立無援。
 自分史で5指に入る大ピーンチだ!

「はっはっはっ。ナニを大げさな。ソラリス先生に折檻されたい野郎どもは多いぞ、生徒だけじゃなく教師にもな!」
 リンはホーリング教師の太い腕にドナドナと引きずられていく。
 細い瞳の奥が売られていく子牛のように潤んでいるのは気のせいだろう。たぶん。

「いいなあ、ソラリス先生ならボクも注意されたい」
 アルフォンスくん、駄目よ…とか。羨ましー。
 指を咥える弟に、兄は同意しつつも疑問を抱く。
「それにしちゃあリンの奴、なんか切羽詰ってなかったか…?」

 なんでだろうね?
 それは稼業の割りに平和な学行生活を送っているエルリック兄弟、永遠のヒミツだ。




2005,10,12

管理人はリンのことも大好きです。
しかし日本国内で彼を大活躍させると、銃刀法違反で掴まりますので(爆!)自粛のほうに。
あとソラリス先生には、咥え煙草の彼氏がいそうですヨ。





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