GSエルリック極楽大作戦!リポート3『生まれる前から愛してました!』編
GSエドワード・エルリックは、未だ自分の事務所を構えていない。
その理由は、至極単純。
『だってまだ中学生だし』
基本的に除霊の依頼は、手数料を払ってGS協会から斡旋してもらっている。
尻に殻をつけたヒヨッコとしては無難な路線の選択だろう。
でも、それにしては。
「最近、依頼が増えてないか……?」
本日の除霊の報告書を仕上げていたエドワードは、小さく欠伸を噛み殺した。
PM9時なら、中学生は宵の口。
しかし部活動に熱心な高校生並みの運動量をプラスして、霊能力をフルに使ったドンパチすれば、まったくもって話は別。睡魔は仲良いお友だちだ。
「前には1月に1件ぐらいだったのに。……今は週に3・4件?」
学生の、片手間稼業にしては多いよね。
アルフォンスはひふみと数えた領収書を、コピー機に掛けている間にパソコンを起こす。
『仕事は常にパーフェクト』に。
鼻っ柱の強さが人相に出ている兄は、誰にも負けたくないプライドのあるじ。それよか外面の良い弟も、実は内面、似たりよったりだ。
「でもオレ、そんなに斡旋料は払ってないぞ?」
「今は逆にこっちが払って貰っているよ。回ってくる依頼はGSエドワードにって指名が入っているもの」
居心地の良いソファーの上で作業をしていたら寝てしまうと、アルフォンスも兄に習ってカーペットに直に座りキーボードを打ち始めた。
「……このごろ並みのGS並みの仕事をしている気がする…」
言われて気付いた弟は、パソコンの中に落としてある過去の実績データを呼び出した。
今のところ失敗はなし。
依頼主の評価も、それなり良好。
「あ、普通どころか兄さんのGS免許。Aランクまで、あとちょっとだ」
兄は一瞬、元気になった。
「マジ? やったね!協会所蔵の文献をようやく漁れる!」
それを受け弟はポクポクと手を叩く。
「おめでとう兄さん。そのお祝いに、ボクは事務所プラス事務員と、家政婦さんと使える助手。そのどれかのひとつでも欲しい。人を雇うぐらいの仕事量はこなしているし、このままじゃ体がいくつあっても足りないよ」
「ああ、そうだな。オレも欲しい」
もともと気合の足りない母さんは、最近は兄弟の作った結界のなかで、すぴすぴと寝ていることが多い。
一番の懸念である父親に再会したら、速攻昇天しそうな勢いで悲しいが、結界を崩してもやっぱり成仏してしまうだろう。
そんな不安定な母さんが居るこの家に、オカルト知識がないものを入れることは出来ない。よって普通の家政婦さんを雇うのはペケ。
助手が欲しいって言っても成人がいないチームでは、他人さまを危険仕事に連れて行く責任を持てないので…やっぱりペケ。
「欲しいものラインナップ中、希望が持てそうなのは事務所と事務員?」
エドワードはうーんと伸びをする。
「事務員は普通のでいいから欲しいよな。そうしたら通ってもらうのにやっぱり事務所が必要かー」
事務員がいればこの霊力とは関係ない書類仕事から解放される。それだけでかなり楽になる。GSと学生と主夫の3足の草鞋はとんでもなく忙しかった。どれぐらい多忙かというと……マメで物欲の薄い兄弟が長年使っていた洗濯機を、全自動洗濯乾燥機に買い換えてしまったほどだ。
これで夜、汗まみれの体操服や学校指定のシャツを放り込んでおけば、多少シワになっても洗濯してある服を着られるのだ!…素晴らしい!
アイロン? 部屋干し? なにそれ。そんな、時間はない。
それでもキチンとしたい仕事着だけは、通学路のクリーニング屋に持ち込みだ。
ああ、錬金術師って万能ではない。
「明日にでも前に名刺を貰った土建屋さんたちに連絡を取ってみるよ」
「おー」
住まいのプロはハッキリ言ってお得意さま。
顔を繋げておいて良かったと思えるのはこんな時だ。
それで各方面に連絡をとったら『取り急ぎお願いします!』と、除霊の依頼をされちゃいました。
これも営業というのだろうか?
どこまで情報がまわったのやら。やってきましたデパートは、集客のためのイベント会場。
催事テーマは『ワイマール共和国の遺産』。
…………時代的には、なんだか地味?
正直な感想でそう思う。
なにせドイツ民族を題材にしたって、吸引力ある話題は山のようだ。
忘れちゃならない独裁者の悲劇や、偉大なるフランク王国。退廃とロマンの極致北欧神話。天上の音楽ベルリンフィルに、魅惑のマイセン。
ざらりと挙がるものだけでも数多い。
ワイマール共和国。ああ、そういう名前も聞いたことあるな。
へー…ドイツって、昔はそんな名前だったんだ。
普通の中学生なら、それぐらいの感覚だろう。
(…客なんて集められるのか?)
そんな疑問はすぐに霧散した。
「マイバッハ!…そっか、その頃もうこいつが市場に出てたんだ!」
展示会場のオープンスペースで、ひときわ目立つのは優美な車体。
かの国が名品自動車を世に送り出していく、その草分けとなったマイバッハ。そのロマンチズム溢れる重厚なボディは、見る人を惹きこむ流石の貫禄だ。
「うわあ、かっこいいー…」
兄弟も少年だからして車は気になる。
時代の最先端にも興味はあるが、クラシックカーは永遠の憧れ。
思わず車の周囲をぐるぐる回り、感嘆の息をつく。その素直な反応に、案内人も気を良くした。
「ワイマール共和国当時に起こった暴力的なインフレは、市民の生活を圧迫した反面、自国産の製品の競争力を著しく強めましたとされています。特に自動車はそうですが、他にも航空機や産業機械も優れたものが作られました。基礎物理学でゲッチンゲンが世界最高峰とされたのもこの時代です。そしてこの企画の目玉はなんと言っても、当時に作られたロケット・エンジンの実物公開だったわけですが……」
「ロケットには幽霊が憑いていると」
得意気に胸を張っていたイベント企画者は、そこでどっと血の涙を流す。
「倉庫に搬入してから、警備員やデパートの職員がもう7人も被害にあいました。このままじゃ公開することも出来ません!」
「7人。それは凶悪な」
エドワードの相槌に、ええ『凶悪』なんですと大きな頷きが返る。
「なんでも死に別れた恋人を探しているとかで、人を捕まえては惚気るんですよあの幽霊…」
被害者たちから調書を取れば、幽霊の名前は『アルフォンス・ハイデリヒ』。
その恋人の名前は『エドワード・エルリック』。金髪金目・白皙の肌の女性らしい。
……。
なるほど、道理でのご指名だ。
「オレたちに、そんな先祖がいたって話は聞いてないぞ?」
「ボクも知らない。まあ、話だけは聞いてみようよ」
他の霊能者にも一度お払いを頼んだそうなのだが、どうもその幽霊の霊格は非常識に高いらしい。
強引に祓うには命懸けになるとお断りされてしまったとか。
別段、命に関わる祟りをするタイプでもなし、搦め手で何とかなるなら御の字だろう。話だけならしてみましょうと、兄弟は了承した。
とはいってもナニが起きるか分からないのがこの商売。
倉庫の前で依頼主と別れ、兄弟は簡単に装備をチェックする。
今回は話し合いがメインだから、強力な武器は目立たぬ場所、しかしすぐ使えるように隠しておく。
「んじゃ。アル、行くぞ!」
「オーケー、兄さん!」
ガコン!
扉を開けると中は真っ暗。懐中電灯が闇を舐める。
「…電源」
を入れよう。
その言葉は最後まで言い切れなかった。
『生まれる前から愛してましたーっ!』
「ぐぎゃっ!」
エドワードは白い人影に押し倒される。
仕事中は警戒のアンテナを立てている。油断なんてもってのほかだ。それなのに、完全に出し抜かれた。
『会いたかった、会いたかった!エドワードさんっ!』
溺れる者が救命者に縋るように、狂おしく抱きしめられて…エドワードは目を見開いた。
いや、驚いたってものじゃない。
「アル…?」
思わず呟く。
闇にぼうっと浮かび上がった幽霊の姿は、アルフォンスに生き写しだった。
プラチナブロンドに青い瞳。青年はアルフォンスより年上で、見上げるほどに背が高い。
(……こりゃ本当に先祖かっ?)
父方の遺伝じゃないだろう。アレは何百年も生きている妖怪だ。
するとやっぱり、母方の系譜?
考えを巡らせていると、青年の手が胸に置かれた。
『あれ……エドワードさん、なんか小さ…』
NGワード発動!
思考する間もなく右手が動いた。
「ダレぁれが発育不良のポケットサイズかっ!」
ハイデリヒの身体が不自然に宙を舞って落ちてくる。
渾身の右ストレートを放ってから、エドワードはハッと我に返った。
…今、なんて言った!?
「いや、待て。お前の知ってるエドワードはもっと背が高いのか!? そうなんだなっ!!」
違うとは言わせない。先祖説が濃厚になった今、それが最も知りたい情報だ。
『え、…あ、はい』
殴り飛ばされた挙句に胸倉を掴まれ、ガクガク揺さぶられた幽霊は、素直にコクンと頷いた。
「…っ!」
エドワードの頭の中で天使のラッパが響き渡る。
「なあ、アル。オレ、背ぇ伸びるって!」
「いや、言ってないし」
とりあえず突っ込みだけは入れておいたが、自分そっくりの幽霊にアルフォンスは複雑な気分を味わった。
(それよか、兄さんと同じ顔の女の人って…)
兄が間違えられたぐらいなのだから確実に存在したのだろうが、一体どんな女性なのか。……いいや、顔だけならいいかもしれない。乱暴者の兄だがこれでも、ルックスだけは及第点だ。
しかし。
『エドワードさんたら、変わってないなあ』
相変わらずいい拳。
うっとりとした囁きが、アルフォンスの理論武装を突き崩す。呑気な幽霊がちょっと憎い。
エドワードはひとつ咳払いした。
「あー…。オレの名前は確かにエドワード・エルリックだけど、お前のエドワードじゃねえぜ?」
『ボクのエドワード!いい響きだね』
ハイデリヒは満足げに微笑んだ。
『……わかっているよ、エドワードさん。貴女がボクのものであったことなんて一度もなかった。ただ、ボクが貴女のものだっただけで』
痒っ!
ちゃっかりエドワードの右手を握ったハイデリヒはそう口説いてくる。
(ん? …手?)
確かに、握られている感触があった。
体温さえある。幽霊の癖に。
普通、幽霊がいる場所は気温が下がるものだ。常識を無視している。
(やっべー。本当に、コイツ霊格高いよ。あと200年くらい真面目に修行すれば、神格にでも成り上がるんじゃないか?)
今更だが。怒らせると厄介だから、穏便に行こう。
左の後ろ手でブロックサインをすると、弟はこくこく頷いた。
『エドワードさんがボクに会いに来てくれるとは思ってなかったよ。ボクが今どんなに嬉しいか、エドワードさんにはわからないだろうね』
「えーと。じゃあ、気分のいいところで成仏しとく?」
『会ったばっかりなのに?』
わざと膝を折り曲げて、うるうると見上げてくるのは…アレだ。
タッカーさん家のバカ犬・アレキサンダー。
力いっぱいに好意と愛嬌を振りまいてこられると、(たとえ新品の制服姿で地面に転がされれるという迷惑を被ってさえ)冷たくするのは気が引ける。
「アルフォンスさん。ボクたちも人に頼まれたので、そのロケットを占拠するのはやめてほしいんですが…」
『えー』
ロケットに未練がないのなら憑かないだろう。
「なにも只でとは言いません」
渋る幽霊にアルフォンスはどこぞテレビショッピングのように愛想を振り撒く。
「ロケットを受け渡してくれるなら、兄にホッペにチューぐらいのサービスはさせますよ!」
「…色仕掛けかよ!」
そりゃ穏便に行こうと指示はしたけど!
『乗った!』
ハイハイハイ!
幽霊は勢いよく手を挙げ主張する。
「おま…っ!実の兄を売ったなっ?」
微塵の躊躇もなくバッサリと!
弟は喚く兄の肩を押し出す。
「ほら、兄さんプロのGSでしょ? お客さんが待ってるよ?」
アルフォンスが言うところの『お客さん』。ハイデリヒは胸の前で手を組んだ乙女のポーズだ。
エドワードは顔を引き攣らせる。
……いや、だって!ちょっと待て!
「アルフォンス・ハイデリヒ。いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ!」
『なんですか、エドワードさん』
「オレは男だ」
地獄の沈黙が流れる。
『ええっ。だって昔は女性だったじゃないですか!そりゃあ周りに綺麗な女の人を侍らせてハーレム状態だったり、どんな男より雄々しかったけど!ボクなんて貴女のお父さまと一緒に貴女の着替えをうっかり覗いてしまった時とかは、鳩尾に拳入れられて、気絶したら半日冷たい床に放置されたりとか…………いえ!それに文句なんてありませんよ!? 一緒に覗いたエドワードさんのお父さまなんて半死半生にボコたれた挙句、イザール川に架かるルートヴィヒ大橋から雪の降る寒空の中、簀巻きにして吊るされてましたし!ボクには最大級、手加減してくれたことを知ってましたから!』
どんな女だ。
(あの師匠だって……もう少しは優しいぞ!?)
エドワードならそんなおっかない女は、半径10メートル以内に近寄りたくない。
「お前、よくそんな女と結婚したなあ」
呆れてしまう。
不躾な話、よくベッドインできたものだ。
『酷い…エドワードさん忘れちゃったんですか?』
兄弟が怯えながら感心すると、ハイデリヒは恨めしい目付きになった。
そして爆弾発言。
『エドワードさんったら、キスどころか…手もろくに握らせてくれなかったじゃないですか……』
え。
じゃあ、なんで似てたりするの?
ちなみに後で確かめたエルリック家系図に『エドワード』という名前の女も『ハイデリヒ』の姓を持つ男もいなかった。
よって真実は闇の中だ。
『ところでボク、行くところがないんで雇って下さい』
先輩幽霊だった人に尋ねたら、幽霊の雇用賃金の相場は日給30円だと聞きました。
自縛していた住処を出て、家まで憑いてきたハイデリヒはそう宣う。
なんかこのまま取り憑かれそうだなあとは予測していたが、雇用という言葉は意外だった。
ハイデリヒは自分の長所をアピールする。
『生前ロケット製作に携わっていました。数字の強さは自信があります』
兄弟は顔を見合わせた。
これはひょっとして、拾い物かもしれない。
オカルトにも強い(なにせ幽霊だ)待望の事務員候補。
「「他に特技・技能は?」」
兄弟の質問がユニゾンする。
『ええと2重帳簿や、闇市の主催。横流しの手腕は完璧だと、みんなから良く褒められました』
えへんぷい。
ハイデリヒは胸を張った。
いやそれは犯罪だから!
戦前の生まれの人はおっとり爽やかな笑顔で、生きるのに(死んでいるけど)色々逞しいようだった。
2005,10,9
死んでいるのに、あっかるいハイデリヒさんを書こうとしたら妙にセクハラ仕様になってしまいました。
でもセクハラはGSの作風なので、このまま行かせて頂きましょう!
横島くんよりは上品かつ要領よく立ち回らせたいものですが。